6日目
「ふぃー......飴美味し」
「良かったです」
......小雨が降っているのに、不思議と寂しくはなかった。
4月某日に手紙を彼女に出して、5月に会って、そこから......ずっと不安に囚われていたような気がする。
おまけに、毎年訪れる"梅雨"という季節による連日の雨が、ぽっかりと
「......んふふ、ふふ」
カラン、コップに入った熱湯の中で踊る小さい砂糖玉が、場の空気を乱さぬように小さく音を立てた。袋の中の飴達は、その様子を見て何を思っただろうか。
彼女の笑い声は、満足と少しの不満の混ざった比較的ささやかなものであった。
......と、色々考えているうちに、砂糖玉はすっかり溶け入ったようだ。熱湯を適温にすべく水を少し注いで、彼女の目の前にある小さな白い机の上に、そっと優しく置いてやった。
「次はもうできましたけど......どうしますか?」
「んー......いる。でももうそれで最後にするよ。多すぎると看護師さんに怒られちゃうからね」
「分かりました。飴はこの棚に入れておきますからね」
「うん。ありがと」
ベッド脇の棚の一番下の段を開き、飴の入った袋にしっかり封をしてからしまった。
ポタ、ポタ、ポタ......窓の外ですっかり緑色の桜の枝から、雨の雫がゆっくりと落ちていく。
数ヶ月前とは違い、どこか疲れたように元気がない様子の彼女。看護師さんいわく、5月のあの日からご飯はしっかり食べるし建物内を歩き回ることも増えたらしいが......
......不安が募る。嫌だ、嫌だ嫌だ......
僕はそっと、寂寥感を口の中で噛み潰した。
「......ふーむ」
「どうしましたか?」
「......いや、なんでもないよ」
そうですか......と返すと、彼女はニット帽を被ったまま、白磁のベッドに寝転がった。
「......それ、可愛いですね」
ニット帽を指さしながらそう言うと、彼女は驚いたように目を見開きつつ、
「......ははっ、でしょ?この間、暇だったから看護師さんに教えて貰って、自分で作ったんだよ。......にししっ」
嬉しそうに目を細めて笑いながらそう言った。
「上手にできていますよ」
「ありがとっ。......ふふ。君に褒められるとほわほわしちゃうのは、私がまだ元気な証拠かな。......うわっち、やっちった......」
言葉を紡ぎつつ空になったコップを置いて、彼女は次のコップに手を伸ばそうとした。でも、手はコップを掠めただけで、ぱたり......と倒れて中の砂糖水がぱしゃりと机に広がってしまった。
「......あ、僕も拭きますよ」
「いいよ、このくらい自分でやるさ」
「僕がやりますよ。......て、シーツまで汚れちゃってますね......僕、看護師さん呼んできます」
自分でやりたい様子の彼女だが、多分無理だろう。そう考えて机の下を見やると、シーツにまで砂糖水は付着してしまっていた。
彼女に言って、パタパタパタとスリッパで歩く音を耳にしつつ、看護師さんを探しに部屋を後にした。
「......もう、約束は守ってくれたけどさ......」
......君の遠ざかっていく足音を聞きながら、ふと込み上げてくる寂しさの念を紛らわすために、少し、不満を口にしてみる。
「......やっぱり遅いよ。私......口の中でころころってやりたかったのに」
水に溶かしたら、飴にこもってる君の優しさが、薄くなっちゃうんだよ。もう体中の色々がすっかり鈍っちゃってる私には、薄まった優しさは染み込むまでに時間がかかるよ。
「......でも、これができてるだけいいのかな」
......味気ない日々の
「......甘じょっぱい、なんでだろうね」
......ほんの少し塩っぺで、甘いの。
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