弩・フュメ

蒼天 隼輝

楽観的な俺が好きな物の為に酷い目に遭った話

(マゴォオオオオオ!!)


 ……頭の中にちょっと音量のある奇声が流れていったが、口から出なくて良かった。本当に良かった。

 開幕初手。右頬からは厚みのある張り手、左から遠隔射撃を喰らった。その2発だけだというのに俺には悲しいくらいに効果覿面こうかてきめんで、もう5秒で体力ゲージ7割くらい持っていかれている。早い。早すぎるわそんなん。即死RTA的に速いでもいいわ。いやどうでもいいか。とにかくそんな生き急ぎチャレンジがサプライズで始まるなんて聞いてないから、構えもクソもないんだぞこっちは。

 一瞬ぐらつく頭をバレないように首で支える。多少筋肉あってありがとう、首。ちょっと後頭部から変な水音聞こえたけど。その間に待機時間が終わり、行き先が示された。俺は新たに差し込まれる弾幕に耐えながら、出来る限り平静を装いそちらに向かう。露骨に俺の状況がバレてしまうような立ち回りは、俺はもちろん誰にとっても全く理がない。不意打ちの張り手は結構キツく時間差でじわじわと体に効いてきたが、まだ始まってもいないのにダウンしている場合ではないのだ。

 何とか所定の位置に体を落ち着けて息を吐く。今回は、随分と厄介な戦いになりそうだな……


**********


 ……そんな始まりから15分後。さて現状はどうか?聞いて驚け、逃げ場が完全になくなった。嘘だろ喉元過ぎれば何とやらじゃないのか。

 最初の関門を過ぎたその奥にも、難所がそそり立っていた。まず距離が1ステップ分空いているとはいえ、右隣から常に狙われている。いや、喰らっている。現在進行形で。スリップダメージあるじゃねえかこの場所。そしてさらに奥の老紳士の手元には、随分口径のデカい得物もチラ見えする。やけに装填がスマートだな、玄人か。あと普通に似合うな。

 心の拠り所は、唯一平和な正面と左だけだ。体がとりあえずそっちを向いておけとしきりに警告するので、右側には悪いが、俺は目当てのものを探すふりをして左側を凝視していた。


(……あー、その、あの右角の物陰のすこーし見えてるあのカーキ色……あとちょっと金色の反射か。聞いたやつ、あれか?いや、もう少し……せめて、見えるようにずらして……もらえると…………)


 四苦八苦する俺が左に体を伸ばしたその刹那、仮初の均衡きんこうは破られる。左手奥、視線の先にいた黒ずくめの男の手には、いつの間にか古のアーティファクトが握られていた。マジか、現物、それも動いている現役を見るとは……。ちなみに俺は着実に逃げ場がなくなっているので、感嘆している場合ではない。男がゆったりとした所作でアーティファクトを構え……

 あろうことか、こちらに向かって一直線に発射した。こちらなので、つまり……俺に向かって、だ。


(オゴアアアアア!!なーんで特に何もしてないいたいけな若者に向けて打っちゃうかな!?かすったわ!当たり判定的には堂々のアウトだわ!!範囲設定絶対バグってんじゃないの!?!?)


 まあーちょっとは距離あるよ?右よりは断然距離あるんだよ。だけどさあ!!他に方向あるじゃんお兄さん!?!?!?

 一応物理的に無言は貫いているが、精神では既に意味無し逆ギレズンドコカーニバルが開催されている。マスクがなければ即死だった。表情筋的な意味で。どういう感情で顔が動いたのか正直わかってはないのだが。どんな顔をしているかわかっていないので、目元にまで歪みが到達していない事を祈るばかりである。

 スリップダメージに体が反応し始めたので、それとなく応急処置を遂行する。好きでやっているわけではないが、やらねば俺が持たんのだ。処置がいらないほど俺がダメージを無効化できれば……と何度思ったかわからない。

 ただ状況は刻一刻と悪化している。ほぼ完全に取り囲まれたせいで、牽制けんせいすら弾幕が厚すぎて視界が白み始めていた。一度退避するか?いや多少は何とかなるだろう、とにかく要件は済まさないといけ…………あー、すみま



”……シュボッ”



(ホギャアァ〜〜〜!!そんなタイミングよく合わせてくる事ってある〜〜~~〜!?!?)


 内容は上記に全部集約されているが、個人的に状況があまりにあんまりだったので、内心のズンドコカーニバルが止まらない。いいぜ、暴れな。口から出なきゃ俺が許す。存分にステップを踏め。

 ……というかそれは禁じ手だわ、流石に無理だわ、向いた瞬間なのもそうだけど真正面は反則だってえっちょっと待ってそもそもカウンターは流石に不味くない?いや良いんだよ?良いんだよどこならOKどこはダメって特に明確なルールがあるとは思えないし?だからと言って即死コンボ決めてくるのは違うと俺は思うんだよな。こちとら実質的に1次元よ?一応後ろに下がれる分の奥行きはあるとはいえ、下がれば「お前人間としてどうなんだよ詰めろよクソが」と言わんばかりの冷たい視線を浴びるんだぜ?ちょっと言い過ぎの節はある、あるが場所によるけどヤバいところはマジでやばいんだってあっやべステップが脇道に逸れた。

 っだあああああ!!とにかく!そこで!あんまり!推奨されなさそうな場所で!やるのは色々とどうかと思う!!


 まさかのタイミングに応急処置が間に合わず、もろに喰らった結果スッと右半分の視界がエラーを起こす。勘弁してくれ、そっち利き目でかつ俺ガチャ目なんだよ。見えるっちゃ見えるが約2.0から0.9の視界、結構歪むんだわ。

 ふと気がつけば、ジタバタしているのはその通りなので右隣からの見知らぬお姉さんの横目が若干痛い。奥の老紳士はどうも内心以外の俺の全てを悟ったのか、もはや眼差しが生暖かい。


 ……はっはっは。さあ笑えよ、この空間で俺1人だけが苦しんでいる様を。

 笑えよ、なあ……!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る