第7話 飯テロステーキと問題発生
「よし……」
しっかり肉に味がなじんだところで、夏斗はフライパンを用意した。
フライパンを温めつつ、冷蔵庫の中から固形の牛脂を取り出す。
程よく温度が上がっると、夏斗はまず牛脂を投入した。
じゅう~という音と共に、牛脂がじわじわと溶けだす。
これも肉と同じように良い牛の脂を使っているようで、すでにこれだけでご飯が食べられそうな良い香りが漂ってきた。
溶けた牛脂をフライパンの表面にまんべんなく広げたら、いよいよ高級肉の出番だ。
「よいしょっと」
夏斗は肉をトングで掴み、2枚ともフライパンに乗せた。
じゅううう! っと、食欲をそそる焼き音がする。
“まずは表面くまなく焼いて肉汁と旨味を閉じ込める。ばあちゃんの言っていた通りに……。”
ばあちゃんに教わった焼き方を、忠実に再現して夏斗は肉を焼いていく。
その様子を、サラダなどの準備を手際よく終わらせた澪が見守っていた。
肉の全ての面に焼き色がつくように、まずはひっくり返しながら表面を焼いていく。
それができたら、少し火を弱めて今度はじんわり火を通していくのだ。
「澪、焼き加減は?」
「ミディアムレアで」
「OK、任せて」
レアすぎず、かつ火を通し過ぎてもいけない絶妙な焼き加減を、夏斗は慎重に見極める。
“プレッシャーがやべえ……。”
ただ自分で買ってきた安いスーパーの肉を焼いているんじゃない。
どう考えても夏斗では手が届かないような高級肉を、しかも澪に見守られながら焼いているのだ。
絶対に失敗できないという重圧の中で、夏斗はここだと肉をフライパンから上げた。
そして、あらかじめ出しておいたアルミホイルの上に乗せてくるむ。
まだ肉の状態はレアに近いが、これからアルミホイルの中でじっくり熱を入れてミディアムレアに持っていくのだ。
“あとはソースだな。”
表面を焼き固めたとはいえ、フライパンには溢れ出てしまった肉汁と脂が残っている。
これを利用しない手はない。
「醤油、取ってもらってもいいか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
フライパンに醤油を注ぐと、それはそれは香ばしい香りが立ち昇った。
焦がさないように注意しながら適度に煮詰め、ソースは別添の器に入れる。
そしてアルミホイルから肉を取り出し、丸皿に盛りつける。
付け合わせの焼き野菜も添えれば、本日の夕食のメニューがすべて完成した。
「美味しそう」
「澪が作ったやつも美味しそうだな」
ダイニングテーブルを挟んで向かい合い、2人で食べる前からお互いの料理を褒め合う。
テーブルには夏斗の焼いた肉に加えて、サラダとパン、スープが並んだ。
洋食の夕飯だ。
2人は手を合わせると、両手を合わせて声をそろえた。
「いただきます」
「いただきます」
“誰かと食卓を囲むのなんて、いつぶりだろう。”
そんなことを考えながら、澪は夏斗が焼いた肉を上品に切り分けて口に運んだ。
かみしめた瞬間、肉汁がじゅわっとあふれ出る。
それを追いかけるようにして脂の甘味、醤油の香ばしさが口の中を満たした。
「美味しい……」
「良かったぁ……」
澪に褒められて、夏斗はほっと胸をなでおろす。
そして自分でも肉を口にすると、あまりの旨さにひっくり返りそうになった。
“こんな美味い肉、食べたことないぞ……。”
続いて夏斗は、澪が作った料理にも手を付ける。
どれも彩り豊かで、華やかな見た目をしていた。
「美味しっ……」
スープを口にした夏斗から、思わずそんな呟きが漏れ出る。
それを聞いて、澪は一、二度軽く頷いた。
“やった……! 夏斗くんのお口にあった……!”
相変わらず表情には出ないが、その内心での喜びは相当なものである。
互いの料理を褒め合って気持ちよく進む夕食の中で、夏斗はふと感情を言葉にした。
「楽しいな……」
「え?」
「ああ、いや、高校に入ってひとり暮らし始めてからは、ずっとご飯もひとりだったからさ。だから澪とこうやって食卓囲んで、お互いの料理を食べられるのって楽しいなって」
「そうだね、私も」
「ほんと?」
「うん」
「良かった」
“きっと、言葉の半分も伝わってないんだろうな……。”
楽しい半面で、澪はちょっとがっかりしたような寂しいような気持ちに襲われる。
思っていることも、感じたことも、なかなか表情や言葉に出せない。
どこか淡々として平坦に見えてしまう。
階段での一件以来、夏斗には少し積極的な内容の会話ができているのだが、それでもまだまだ口調や表情には全く乏しかった。
「あ、ごめんなさい。電話が……」
「出ていいよ」
澪のスマホに着信。
夏斗の了承を得て電話に出ると、それは今日の午後に訪れた高級寝具店からのものだった。
「どうなさいましたか?」
「霜乃木様、大変申し訳ございません。こちらに不手際がございまして、本日ご購入いただいた商品を、本日中にお届けすることが難しくなってしまいました。本当に申し訳ございません」
「なるほど。それで、いつなら届くのでしょうか?」
「はい。明日の夕方までには、必ずお届けいたします」
「分かりました。それで結構です」
「ありがとうございます。誠に申し訳ございませんでした」
「いえ。お待ちしています。失礼します」
“なるほど。今日中にベッドが来ない……夏斗くんが寝る場所がない……つまり……”
澪はスマホを置くと、はたから見たらまるで平静に見える態度で言った。
「夏斗くん、今日は私のベッドで一緒に寝るよ」
「ぶふっ……!」
思わず肉をのどに詰まらせかける夏斗であった。
※ ※ あとがき ※ ※
いつもお読みいただきありがとうございます!
あとがきでちょっとした告知なんですが、息抜きで書いた連載とテイストの少し異なる短編を投稿しました!
タイトルは『元カノと同窓会を抜け出した。』です!
3000字ちょっとのサクッと読める作品なので、もしよろしければチェックしてみてください!
引き続きこちらの作品もよろしくお願いします!
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