第4話 初仕事……?

「それではお嬢様、本日はこれにて失礼します」

「はい。錦戸さん、お疲れ様でした」


 夏斗を迎え入れ案内するというのが今日の仕事だった錦戸は、無事にその仕事を終えて帰っていった。

 ただ彼女はこの後、他の場所で警備の仕事があるため、仕事終わりの一杯はまだまだ先の話なのだが。

 ひとまず錦戸を玄関まで見送った夏斗と澪は、ドアの前でそろってふぅっと息を吐く。

 それから先に口を開いたのは、澪の方だった。


「それで、これからどうしましょうか?」

「うーん、バイトとして雇ってもらったわけだから、何か仕事があればやるけど」


 今こうしている間も、4000円の時給が発生しているのだ。

 夏斗としては、当然何かをしなくちゃいけないという気にかられる。

 しかし澪は、しばらく頬に手を当てて考えた後、淡々と言った。


「そうですね……。今日は、掃除も洗濯もその他もろもろの家事も終わってしまいました。夕食にはまだまだ早い時間ですし、特に今は仕事らしい仕事がありませんね」

「そっかぁ……」

「ちなみに夏斗くん、家事は得意ですか?」

「得意だよ。逆に苦手だったら、この条件に応募できないって」

「そうですよね。ではお料理も?」

「うん、好きだよ」

「では早速、今日の夜ご飯を作っていただいてもいいですか? 共同生活ということで、私もお手伝いしますので」

「もちろん。少しでも働かせて。あと……」

「どうしました?」

「敬語になってる」

「あっ」


 夏斗が指摘すると、澪はしまったというように口に手を当てた。

 表情はほとんど変わらないので、その動作がなければまるで感情が読み取れない。

 ポーカー最強だろうななどと、全くもってどうでもいいことを夏斗は考えついた。


「ごめん……。まだ、慣れなくて」

「いいよ、無理しなくて。少しずつ、ね」

「うん。少しずつ」


 澪は小さく頷いて、くるりと踵を返す。

 そして家の中の方へと歩き始めた。

 夏斗もその隣を進む。

 階段を上りながら、澪はふと両手を合わせて言った。


「そうだ。ひとつ良い仕事がある」

「おっ、何? 何でもやるよ?」

「いくつか買いに行きたいものがあるの。付き添ってくれる?」

「もちろん」


“お嬢様と執事が買い物……。さしずめ、荷物持ちと言ったところかな。”


 楽観的に考えながら、夏斗は階段を上り切る。

 右手にあるのが先ほど面接のために案内された部屋だが、澪は左手に向かおうとしていた。


「こっちに私の部屋があるの。準備をしてくるから、夏斗も用意ができたら玄関に集合して」

「分かった」


 澪は背筋をビシッと伸ばし、美しい姿勢で廊下を歩いて行く。

 その後姿を見届けてから、夏斗は先ほどの部屋に戻った。

 そして財布やスマホが入ったカバンを取り、再び階段を降りて玄関へ向かう。

 そこでしばらくの間、用意を整える澪を待つのだった。




 ※ ※ ※ ※




「あのー、澪さん」

「どうしたの?」


 澪が行きたいと言った店の中で、夏斗は戸惑いながら澪に声を掛ける。

 しかし彼女はいつも通り、平然と無表情を貫いていた。


「新しいベッドと枕が欲しいから、超高級寝具店に来た。ここまではいいんだけど」

「うん」

「どうして俺がベッドに寝っ転がらされているんでしょうか?」


 夏斗は今、ふっかふかのベッドの上であおむけになって横たわっている。

 といっても、もちろん展示用のもので、シーツの上からさらにカバーが施されたものだ。

 そしてベッドのすぐ横に、澪がすらりと立っている。


「だって、夏斗くんのベッドだから。夏斗くんが寝やすいものじゃないと、意味がないでしょ?」

「買いたいものって、俺のベッドなの……?」

「そう。だって、私のベッドはついこの間に新調したばかりだし」

「でも俺、夏休み限定なんだよ? ベッドを買うにしても、こんな高いところじゃなくても……」

「そうだけど、もしかしたら夏休みが終わってからも使うかもしれないし……」

「え?」

「ううん。何でもない」


 澪は静かに首を横に振る。

 仰向けになっている夏斗からは、その頬がほんのり赤らんでいるのが見えない。


「それで、寝心地はどう?」

「すごく良いよ。気持ち良い」

「じゃあ、これにしようか」


 数十万はする代物なのだが、澪は即決してさっさと店員にカードを渡してしまった。

 黒光りするカードの上限はいくらなんだろうとか、そもそも高校生がクレジットカード持てるんだっけとか、いろいろな疑問が夏斗の頭に浮かぶ。

 ただそれを聞くのがちょっと怖くて、夏斗は清算が済むのをじっと眺めていた。


「何というか……ありがとう」

「ううん。働きやすい環境を構築するのは、雇用主の大事な役目だから」


 明らかにやり過ぎな気もするが、もうお金を支払ってしまっている。

 夏斗はありがたく頂くことにしつつも、改めてすごいところの執事になってしまったと体を震わせた。


「私も少し寝てみようかな」


 澪はそう言うと、靴を脱いでベッドの上にあがる。

 そしてさっきまで夏斗が寝ていた場所に、ゆっくりと横たわった。


“あっ……夏斗くんの温もりが残ってる……。まるで包まれてるみたい……。”


 完全にベッドに体を委ねると、澪はゆっくり目を閉じる。


“いつかこんなベッドの上で、本物の夏斗の温もりに包まれちゃったりして……なんてね。”


 夏斗としては、まさか澪がこんなことを考えているなどと全く想像もつかない。

 なぜならこんなことを考えている時も、彼女は無表情を保っているのである。

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