第13話
秋雨が鬱陶しい朝、教室の扉を開けた瞬間、晴彦はいつもと何かが違うと違和感を感じた。晴彦はクラスでは友達のいない存在であった。その為に彼が登校して教室に入っても興味を持つ人はおらず、クラスメイトは誰も晴彦の方を見る人はいなかった。
しかし、この日は違った。教室に入ると皆の視線が晴彦に集まる。予想外の視線に混乱しつつ、晴彦は自分の席へ向かった。
<どうしてみんなが俺を見ているんだろう?>
晴彦の動きと共にクラスメイトの視線が追従してきて晴彦は怖くなった。しかし、席に着くと、いつものように美玲が優しい笑顔で挨拶してくれたので晴彦も少し落ち着く事が出来た。
「おはよー。晴彦!」
「美玲の笑顔は本当に心が癒されるなー。」
「えへへっ。嬉しい事言ってくれるね。晴彦また後でね!」
美玲の笑顔が一時的に晴彦を癒したが、彼女が自分の席に戻ると、違和感はさらに増した。晴彦の耳に周囲の男子生徒達からのささやき声が聞こえてきたのだ。
「あいつ、美玲ちゃんを脅して話しかけてくる様にしてるらしいぞ。」
「この前は無理矢理お弁当を作らせたんだって。」
「中学時代から美玲ちゃんに酷い事をしてたらしい。」
「優一さんが注意して止めさせたらしいけど、ここに来てまた美玲ちゃんに付きまとってるらしい。」
ネガティブなささやきの数々に、晴彦は恐怖で血の気が引くような感覚を覚えハッとなった。
<この雰囲気、あの時と同じだ!>
晴彦は中学時代にいじめられた時の教室の空気との共通点を感じ取った。そして、その声の中に“優一”という名前を聞きつけ、咄嗟に優一の方を見た。
優一も晴彦の方を見ていた。そして、晴彦を見る優一の目には憎しみが深く宿っていた。その目は、晴彦が過去のトラウマにより身が凍るような恐怖を感じ、身動き一つ取れなくなる様子を見て、得意げに微笑んでいた。
優一の表情を見て、晴彦は状況の原因を理解した。中学時代と同じ陰湿ないじめが再開されたのだ。晴彦は足元が崩れていく思いがした。
「チョウ・シ・ニ・ノ・ル・ナ・ヨ!」
優一は声に出さずにゆっくりと口パクで晴彦を脅した。もちろん周囲の人間にそういった悪魔の表情は見せない様に徹底されていた。優一の無言の脅しに、晴彦は震え、涙が出そうになった。
晴彦は後悔の念にかられた。美玲との会話する様になった時点で、優一が再び彼をいじめるだろうと気づいていたはずだった。晴彦は早く嘘がつけない事象と鏡の関係性を調べ、嘘がつけない状況を解決しないといけなかった。そして、再び自分の気持ちを偽って美玲との距離をとる必要があったのだ。しかし、晴彦は本音では待ち望んでいた美玲との時間の心地よさについ後回しにしていたのだ。
中学の時もそうだった。美玲と晴彦の間で格差が生じ、周囲の嫉妬の視線を感じていたのに、美玲が何も気にしない様子に甘え、いじめられるまで嫉妬の視線を放置してしまった。
晴彦は今まで辛い事があるとつい現実逃避をして目を背けてしまっていた。今思えば子供のころから何かと世話をしてくれる美玲に甘えていたのかも知れない。
<俺って本当に何の成長もしてないな・・・>
晴彦は自己嫌悪に打ちのめされた。その時、晴彦は中学時代のいじめと、今回のいじめの違いに気が付き顔を青くした。優一は、中学時代のいじめの時、美玲に絶対に気づかれない様に細心の注意を払っていた。しかし、今回美玲もいる場所でいじめが始まったいう事は、優一が美玲を巻き込む事に躊躇しないと言うことだ。だからこそ、晴彦は今回のいじめが中学時代よりも遥かに厳しいものになるのではないかと恐怖を感じた。
晴彦はそっと美玲を見た。幸いな事に美玲は晴彦の様子に気が付く事なく近くの席の友達と談笑していた。美玲が彼の異変に気付かなかったことで、彼はホッとした。
「美玲を絶対に巻き込ませない!」
晴彦は友達と笑いあっている美玲の顔を見つめ、小さく呟きながら決意を固めた。どんなに恐怖で震えようと、涙が出そうでもその思いは一貫しているのだった。
晴彦はいじめられる彼と美玲が仲良くする事で、美玲までいじめの対象になる事を何よりも恐れているのだ。
<その為にも何とか嘘がつけない状態を解決して、美玲との距離をとらないと!>
いじめの恐怖に取り込まれた晴彦は、自分が美玲から距離を取るために嘘をつくことが、現実からの逃避であることに気づいていなかった。また、美玲を守っているつもりが、そんな事をしたら美玲が悲しむ事にも考えが及んでいなかった。恐怖が彼の視野を狭め、晴彦は本当にやるべきことや美玲の感情を見失ってしまっていた。中学時代に優一が植え付けたトラウマは恐怖を増幅させ確実に晴彦の行動を狂わせていた。
その時、窓の外では秋雨がいつの間にか豪雨に変わり、彼の心情を暗く映し出していた。天気予報によると嵐が近づいているらしい。
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