第二章 ディストピアからの脱出 第三話 思いのほか楽しい仮想世界

さて、アインズ・ウール・ゴウンへの合流がほぼ決まったのをいいことに、音改は一つ全力で遊ぶことにした。


それは手にした浮島を全力で改装しつくすことだ。


「どうせ手放すならお金かけるのももったいなくない?」

「とはいえ、この手のものってどこまでできるかやってみたくない」

「そういえば、この手のデザイン系とか好きよね」


美由が納得する傍ら、音改は前世にゲームで街を作っていたことを思い出し懐かしさをかみしめる。


「じゃあ、まずギルドホーム云々以前にギルドをつくりましょう」


そういうと美由はギルド設立申請のスクロールを使い、必要事項を入力しだす。ギルドマスターを美由本人。そしてメンバーに音改を追加する。そして立ち上げ後、ギルドホームの設定をはじめるのだった。


さて二人が改造しようとしているギルドホーム系ダンジョンは地上部が五百平米程度の浮島で、倒した敵も地上部にいた数体の天使と、地下一階の悪魔だけで入手できたほど簡単なものであった。そのためNPC制作可能ポイントも0。二百万近く課金すれば最大百八十ポイントまで増やせるようだが、このゲームのメインユーザー層の所得を考えれば、ほぼありえない価格設定である。


「ねえ……。さすがにユーザーの平均所得考えてボリ過ぎじゃない?」

「当初の仕様だと城以下のギルドホームにはNPC制作権限ナシだったよ。NPC一〇レべルぐらいなら、ガチャを少し我慢すればすぐに作れる。そうすれば外装需要とかAI需要がね」

「ああ。だからクリエイターがユグドラシル用コンテンツ登録して売買できるようにしたのね」

「すこしでもかっこいい外装、綺麗な外装がほしい。でも、自分では作れないという要望への対応とクリエイターへの還元だね。公式で足りないところ補えるのも悪くはない」


こんな風に最初は音改につきあっているだけという風にしていた美由だが……。


「外周のアーチにつる系植物とか配置してるけど、元のアーチ部分そっけなくない? もっとデザインの作りこみと朽ちた雰囲気を、例えばこんなの……」

「建物だけど、あなたの案もいいけど、イタリアのベッラ島の資料持ってきたのだけど……」

「全体的にまとまりがないのと細部の作りこみが足りないのよね。あと建物の中の整合性をとりたいから、専門のデザイナーに依頼して……ああどうせなら二、三社にコンペのほうがいいわね」

「NPCは庭園に配置した大きな木をドライアドにして、庭師兼防衛時の妨害専用設定で‥‥」

「屋敷の中にはレベル一〇〇の天使メイドを、どうせならこんな服の方が好きでしょ?」


といった風に、気が付けば美由がどんどん作り込んでいくのであった。よくよく考えればギルド登録も率先してギルドマスターに自分を設定していたあたりから、さもあらん。


一千万円以上のコストが掛かっているのだが、二人の収入を考えれば問題ない範囲というのだから、ディストピアにおける市民と運営側の格差なのだろう。


美由と音改のギルドハウスを作り始めて約二ヵ月。ついに完成したためナインズ・オウン・ゴールの面々にもお披露目をすることとなった。


 地上二〇〇〇メートルに浮かぶ小島。外周を円柱状の配置されたローマンアーチはところどころ朽ちた石材のようなで外見でアクセントとしてツタ系の植物がより長い年月を風雨にさらされたようにも見える。しかしアーチの向こうには雲海が広がり、ここが地上ではないことをより印象付けさせる。


「ギルドハウスってここまでできるんですね……」

「これ……いったいどれだけの労力かけたのよ。もしかしてリアルマネーも突っ込んでない?」


 真ん中に配置された広場と一本の大樹。それを中心に、生垣や花壇、を配置した洋風の庭園。そしてイギリス様式の洋館。建物の外観は音改が前世の記憶からアイディアとして引っ張りだし、国に残されていたデータベースから復刻した旧古川庭園の洋館である。もちろん内部デザインは残しつつも異世界にいっても住みやすいようにという思いで一級建築士にデザインさせたキメラ的建物だったりする。


「防衛力皆無とはいわないけど、ほとんど無いよね」


 ただし外観優先のため、罠らしい罠は庭園に集中しており、せいぜい普通に歩いてはたどり着けない宝物庫と元ボスベアを改装した地下の闘技場のみ。


 賛否両論。というより、女性陣にはデザインで大うけ。一部の男性陣にも作りこみで評価を得るも、確かにすごいけど防衛力の低さはこれでいいのか? と疑問という感じだった。


「でも、これ本当に売却しちゃうんですか? 出来がいいだけに勿体ないですね」


モモンガがもったいないと声をあげると、まわりからも賛同の声がぼちぼちあがる。たしかにいろいろ問題の多いギルドホームだけど、見た目の出来はすばらしいのだ。


「でも、一ギルド、一ギルドホームなので」

「ですよね……」


 実際、美由と音改はクランに合流予定である。そしてクラン・ナインズ・オウン・ゴールも二十人を超え、そろそろギルドホームをどうしようかみたいな話もちらほら出ている。


しかし、美由はこのままここをギルドホームにどうか? と言うのだが、クランメンバーの感覚でいえば、


――新婚夫婦の家に居候する友人ご一行様


といった感じなのだ。


空気を読めないにもほどがある。


そんな風にみんなで悩んでいると、ウルベルト・アレイン・オードルが何かのURLをチャットに送ってくる。美由と音改にもフレンドチャット経由で共有されると、そこには公式イベントのお知らせが記載されていた。


「ああ、一周年イベントの告知ページの……なるほど」

「第一回ギルドホーム・ワールドコンペティション?」


どうせ手放すなら、最後の思い出にこれに出してはどうか? という提案であった。よくよく見れば、コンペ開催期間中のギルドホームは非戦闘領域設定・主要都市からの転移門設置となるため観光もできるようだ。


「いいですね。ここまで作りこんだギルドハウスなんて見たことありませんよ」

「どうせ最後なら派手に優勝めざしましょう」


と、こんな風にギルドホーム・ワールドコンペティションへの参加が決まり、終わり次第手放してクラン合流と話が決まったのだが……。


***


「えー。ナインズ・オウン・ゴールみなさまの応援をいただきなんと第一回ギルドホーム・ワールドコンペティションの大賞を受賞することができました!」

「「「おおおお」」」


空中庭園の真ん中の広場に立食形式のパーティー会場を設置し、雰囲気を出しての発表となった。運営側審査員だけでなくユーザー投票でここに集まったメンバーも投票していたため、喜びもひとしおであった。もちろん一周年イベンドはこれだけではなく、ギルド・クラン単位での討伐競争などもあり、なかなかの順位を確保して良い報酬をゲットしたのはいうまでもない。また個人ではたっち・みーが、PVP大会に参加しいいところまでいっていた。数年以内にきっと原作通りワールド・チャンピオンになるだろう。


「では、ここに運営からいただいた大賞の目録を発表します。まあそろそろ公式サイトにも同文章が公開されるとおもいますが……」


 美由が運営からもらったスクロールを、空中投影の魔法で上空に表示した。内容の要約はこうだ。


1,  セスルームニル空中庭園は、第一回ギルドホーム・ワールドコンペティションにて大賞を受賞。


2,  受賞を記念して記念碑を贈呈。記念碑は設置型アーティファクト(施設自動修復金額枠が増大。このギルド規模であれば実質一日で全回復)。これは大賞となったギルドハウスに設置されたることが前提もののため、本ギルドハウス外への設置、譲渡不可。


3,  大賞を受賞したギルドハウスは公式CMや今後のキャンペーンに映像などを利用する。あわせてプライベート設定された場所以外は、一般プレイヤーによる観光可能となる。その対価として拒否の申請がされるまで、イベント期間に設置した観光用転移門の代わりともなるワールドアイテム 世界転移門を設置し非戦闘空域設定とする。なお、本契約はキャラクター名 美由のアカウントおよびギルドハウスに紐づく契約となり、ギルドハウスを譲渡するなどした場合は本契約も自動的に破棄されるものとする。



「「「ワールドアイテムきたあああ」」」


庭の真ん中に設置された巨大な転移門のようなオブジェクト。説明を読むと、使用者は直接触れることで世界の壁を飛び越え、望む世界への扉を開くことができるとあった。


「ゲートの魔法と同じでは?」

「たとえばゲートって距離の制限とかあるだろ。制限の記載もなく、仕様の書きっぷりから距離関係なく触れさえすればワールド間の制限も無視して望むところに転移門つくれるってことじゃないか?」

「さすがワールドアイテム」


しかし、受賞した美由は押し黙っていることに、音改は声をかけるのだった。


「美由、どうした」

「ええ、多分私はたっちさんのクランに入ることができませんね」

「え?」


 美由の言葉に、音改だけでなく、周りのメンバーも気が付いたのだった。


「おのれ糞運営!」

「微妙に斜め上なんだ糞運営」


 モモンガをはじめ複数名が罵声を飛ばす。ギルドマスターは変更不可。ギルドハウスも譲渡したらワールドアイテムを含む特典の多くは失われる。先ほどまでのお祝いムードはどこかえ消えてしまい、運営の斜め上のお節介にいらだちを募らせるのだった。


「すまなかった」


 そんな中、ウルベルトが申し訳なさそうに謝罪をのべる。ウルベルトとしては良かれと提案したことが、まさかこんなことになるとはおもわなかったからだ。


「いえいえ。いい思い出になったのは事実ですし、すべては運営のせいですから」

「まあ、音改だけでもクランに合流してください。一緒に行動できないわけではありませんし、ある意味パブリックになったおかげで、特定の部屋を私が設定したプレイヤー以外入れないといった設定ができるようです。うまくつかえば安全な倉庫のような運用もできるでしょう。なによりそちらのクランがギルドになれば、またギルドハウスを作る楽しみが……次はぜひ大規模ギルドハウスをぜひ」


 ギルドハウス作りに嵌った美由の一言を聞いて、ナインズ・オウン・ゴールも、もやもやはあるものの、まあいいかとなったのは言うまでもない。


 なにより音改と美由はフレンドチャットを利用して、計画のためにもと言われ音改は納得したのだ。


 なんとも微妙な最後となったが、美由の提案により、音改は当初予定通りにナインズ・オウン・ゴールに合流することとなった。


もちろん美由もナインズ・オウン・ゴールのメンバーと一緒に狩りにいったり、遊んだりして準クランメンバーのような立ち位置となるのだった。

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