第2話 私が冒険に?
顔を上げたキーアンの目が、私の目を捉える。私は広場につながる小さな橋の前で立ち尽くした。
1か月の間、どこに行っていたの。おばさん、悲しんでたのよ。一緒にいる二人は誰?
言うべきこと、聞くべきことが多すぎて、とっさに言葉が出ない。思わず名前を呼んでしまったが、そもそも話すこと自体がしばらくぶりなのだ。
キーアンは少し見ない間に、顔つきの精悍さが少し増したようだった。
普通のシャツとズボンの上に皮の胸当てと腰巻をつけ、腰には鞘に納められた長い剣を携えている。
キーアンが私に何かを言おうと口を開く。
その時、村の女性たちと話していた女の子がこちらを向いて、目を輝かせながら、さらさらとポニーテールを揺らして突進してきた。
「ロナ!ロナだよね!??会いたかったー!!」
反応できないままにいきなり抱き着かれ、目を白黒させる。
黒髪の女の子はパワフルだが背が小さく、私の鎖骨に女の子の頬骨が当たったようでジンジンと痛んだ。
「おい、ロナが困ってるだろ」
キーアンが広場から呆れたように声をかけた。
女の子はハッとしたように私から体を離したが、両手は肩に回したままなので相変わらず距離が近い。
「いきなりごめんね、ロナ。私、カエデって言うの!
どうしてもロナに会いたくて……」
そう言って、カエデは大きく透き通った琥珀色の瞳をキラキラさせ、見上げるように私の瞳をのぞき込んだ。
背は小さいが、少し年上のようにも見える。前で合わせるタイプの赤い羽織の下の黒い服は首を覆っているものの、なぜか胸元がひし形に開いており、そこから白い谷間が少し覗いている。
これが全くの初対面だと思う。こんなに魅力的で強気な女の子なら、一度会ったら忘れているはずはない。しかし奇妙なことに、カエデは私のことを
知っているようなのだ。
「あの、私、どこかであなたにお会いしたことがあるでしょうか……」
「お前は馴れ馴れしすぎんだよ、ロナちゃん怖がってんじゃねーか」
レンガ色の髪をした男の子が橋を渡り、やってきて、カエデの首根っこをつかんで私から引っぺがした。いや、あなたのことも知らないんですけど…。
「アックスひどーい!近くでロナちゃんの
存在と匂いを満喫してたのに!」
「うわ、きっも」
アックスと呼ばれた男性は、かなり角度をつけて見上げないといけないほどに背が高かった。
この村の男の子は小さい頃から農業の手伝いをして育つため、ガタイのよい男性に見慣れているつもりだ。それでもアックスはひときわ背が高いと感じる。年の頃は、キーアンと同じくらいだろうか。体もよく鍛えているようで、羽織った緑色の丈の短いシャツから覗くさらし越しに、胸筋の隆起が良く分かる。下はダボっとしたズボンを履いて、さながら大工やとび職のような風貌だ。
しかし、背中に背負った、明らかに木を倒す目的とは思えない大きな斧が、普通の職業人からは遠い存在としてアックスを印象付けている。
「カエデがロナちゃんロナちゃんうるさくてさ。知らん女がいきなり来て気持ち悪いよな、分かる」
「なによ!」
「話すと長いし、あんまり人に聞かれたい話でもないんだが……」
アックスは言葉を切り、周りを見やるそぶりをした。無視されたカエデは憮然とした顔だ。
気づけば、初めにカエデが話しかけていた女性たちはさらに人を連れてきて遠巻きに見ており、村の若い女の子たちも騒がしさにつられて集まってきたようだった。
「ここは目立ちすぎる。村の入り口の方に戻って、厩舎のあたりで話そうか」
キーアンも歩み寄ってきて、少し抑えた声で私たちに言った。
「えー、厩舎とか臭いじゃん。
待ちに待ったせっかくの対面なのに、ロマン無いなー」
「なんだよ、どうでもいいだろ」
ぶーたれるカエデを、キーアンが諫める。
私たちが広場を横切り、家がある方とは反対の、農地や厩舎がある方向へ歩き出しても、周りの人たちは遠巻きに見ているだけで、付いてくることはなかった。
アックスは後ろをしきりに気にしていたが、しばらく歩いて足元の石畳があぜ道になり、右も左も見渡す限り緑の牧草地となった頃には安心したようだ。
10メートルほど先に、厩舎が見えてきた。
「あの、話って……?」
私は振り向いて、一番後ろを歩いていたアックスに話しかけた。キーアンとカエデは、私の前を歩いている。
「そうだなー……どっから話したらいいか……」
アックスが顎に手を当てて思案しているところで、急に右手を握られ、私は驚いて振り返り、立ち止まった。
「じゃあ私が!単刀直入に言うね。私たちと一緒に冒険に行かない?」
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