第02匙 明治創業、牛肉塊つついてみれば文明開化の味がする:松屋精肉店(C02)
「散切り頭(ざんぎりあたま)を叩いてみれば文明開化の音がする」
これは、明治時代の初期に流行した、長い〈都々逸(どどいつ)〉の中でも、最も有名な箇所である。
「散切り頭」とは、江戸時代の髪型の象徴であった〈ちょんまげ〉を切り落とした、西洋風の髪型の呼び名である。
すなわち、この都々逸では、「散切り頭」を、明治時代における〈文明化〉、いわゆる〈西欧化〉の象徴とみなしているのだ。
かくの如く、日本は、明治維新以後、様々な面で西欧化を推し進めていった。
それは、食文化においても同様であった。
つまり、西欧人に比べて、日本人は明らかに体格において劣っているのだから、身体を大きく、頑健にするために、先ずは食生活から改善してゆこう、という発想に至るのは、もっともな話であろう。
その代表的なものの一つが肉食の解禁なのだ。
歴史的に、日本では、六世紀頃に伝来した仏教思想の影響で、七世紀の〈天武天皇年間〉には早くも、〈肉食禁止令〉が発布され、少なくとも、〈表向き〉は肉食をしてこなかった。
そういった次第で、明治時代以前の日本人一般は、牛肉を食べる習慣がなかったのである。
やがて、明治五年に、天皇陛下が牛肉を食し、その事が報道された事を契機に、町中では牛鍋屋が開業していった。ちなみに、この頃の牛肉の食べ方は、肉を煮るものであって、肉を焼くようになるのは、第二次世界大戦以後の事だそうだ。
さて、明治時代に牛鍋屋があった、という事は、当然、そこに肉を卸す業者もまた存在する分けで、初代「松井茂吉」氏が明治時代に開業した店も、元は、そうした肉卸店の一つであった。やがて、店は業務形態を、〈肉の卸店〉から〈精肉店〉に変え、さらに時は流れ、令和四年十月二十六日に、百年以上の歴史を持ち、牛肉を知り尽くした「松屋精肉店」の五代目が、末広町駅から徒歩圏内の、〈上野エリア〉に開業したのが、「ハンバーグ専門店 松屋精肉店」で、そんな、明治時代にまで遡る事ができる、古いルーツを持つ店が、今回の「スタンプラリー23」に初参加した次第なのである。
思うに、中央通りと交差している蔵前橋通りを横断すると、そこは、秋葉原というよりも、もはや〈上野〉という印象なのだが、今回の「スタンプラリー23」にも、そんな〈上野エリア〉に位置している店が何店か存在している。
その〈上野エリア〉は、いわば、神田カレー街における最北地なのだが、「松屋精肉店」は、その最北の〈上野エリア〉の中でも、最北端に位置している。
さて、「ハンバーグ専門店 松屋精肉店」が、今回の「スタンプラリー23」で提供しているカレー・メニューは、「塩麹のポタージュカレー」と「肉屋のインディアンカレー」の二つである。
今年のカレー・ガイドブックによると、老舗の精肉店が運営している店なので、「100%国産の牛肉を使用し、ひとつひとつ手ごねで仕上げたハンバーグが自慢」であるのは当然として、後者の「肉屋のインディアンカレー」は、「チャツネがもたらす甘味とコク、スパイスの刺激と肉の旨味」が「三味一体となった」「ハンバーグと相性抜群!やみつき甘辛カレー」と紹介されており、書き手は、このインディアン・カレーの方を注文する事にしたのであった。
やがて提供された皿は、予想よりも大きく、その大皿の表面をカレーの海が満たし、その海に、島のような米が浮かび、そして、その米島の上に、山のようなハンバーグが置かれている、そんな三層構造になっていた。
喩えてみると、ハンバーグが活火山で、噴火したマグマがカレーで、そのマグマ・カレーが、米と皿の上をを覆っているような感じになっているのだ。
書き手は、まず、皿表面のカレーの味を確認した。
インディアン・カレーと銘打たれているので、最初は甘く、徐々に辛くなってゆくか、と思いきや、いきなりガツンとした辛さが舌を刺したのだ。
ガイドブックにあった「辛党集合!!」の文句に違わぬ辛さであった。
そして、カレーとライスをある程度食べ進めてから、書き手は、満を持して、最上部のハンバーグに匙を入れた。
ちなみに、この匙、お玉のような形状になっている、ちょっと変わった感じのスプーンである。
そのスプーンを肉に当てると、ハンバーグだから当然なのかもしれないが、肉塊は簡単に崩れて、中から肉汁が溢れ出てきた。
『ミスター味っ子』世代にとって、肉汁とは、美味い肉の象徴である。
それから、まず、ハンバーグを単独で数切れ味わってから、書き手は、肉汁溢れるハンバーグと辛いカレーを一緒に口に運んだ。
なるほど確かに、「カレーとの相性抜群のハンバーグ」、そのウリ文句通りの、明治時代ルーツの老舗の精肉店の牛肉を使ったハンバーグ・カレーであった。
〈訪問データ〉
ハンバーグ専門店 松屋精肉店:上野エリア
C02
八月一日・火・二十一四時
肉屋のインディアンカレー:一一八〇円(クレカ)
『北斗の拳』カード:No.06「レイ」
〈参考資料〉
「ハンバーグ専門店 松屋精肉店」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2023』、六十七ページ。
〈WEB〉
「洋食ルーツストーリー」、『Plenus米食文化研究所』、二〇二三年八月四日閲覧。
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