エテルネル
三田見多
出会いは
俺は人間が嫌いだ。
俺が生まれたのはとある人間の国だった。
そこでは人として生まれたにも関わらず、人として扱われることはなかった。罵声を言われ、暴力を振るわれ、人としての尊厳なんてものは何一つ残りもしないほどに人間たちに奪われた。
そんな扱いを人間たちから受ける中で、俺は人間であることを自らの意志でやめた。
他人を下に見下すことで自信を持とうとする考えも、暴力を振るい弱いことがばれない様に強者を偽ろうとする弱者にも、平和のための生贄を善とした虚像ばかりの人間の心も、何もかもをあいつらとは別の世界に生きようと決めた。
それでも、何かできるほどの力も、権力も俺にはなかった。
一方的にやられる毎日を変えようとすればするほど、振るわれる拳は強く、向けられる目線は憐みの目線ばかりが増えていくだけだった。
『何か文句でもあるのか。』
『汚れた存在の癖に生意気なんだよ。』
『本当に醜い姿だわ。』
挙句の果てには拳だけでは飽き足らず、刃物まで持ち出す奴もいた。
刃物で切られた傷口からは血が出る。場合によっては死ぬ可能性だってあった。
だが、俺は人間ではない。だから、例え殺してしまったとしても罪には問われない。人間が死ぬのではなく、汚れ切った人間もどきが壊れるだけだ。と訳の分からない戯言を言い出した奴がいた。
そして、暴力は刃物や尖った石へ、投げられた罵声は歓喜の歓声へ、向けられる目線は見世物を見て楽しんでいる目にかわった。
『いいぞ、もっとやれ。』
『おい、早く立てよ。この人間もどきが。』
『あら、少しはましな姿になったんじゃなくて。』
あぁ。
俺は、俺には誰もいない。
家族や友達、救いの手を差し出してくれる人や理解者も、俺と同じ扱いを受ける同類すらいない。
俺は世界に嫌われている。この世界に生まれるべきではなかった。こんな仕打ちを受けるなら、そもそも生まれてきたくはなかった。
体は痛みに慣れていた。
拳で殴られて痣ができようが、刃物で切り傷ができようが、どんな罵声どんな目線を向けられようが、体はその痛みに慣れることができた。
だが、心だけが、どうしようとも慣れなかった。
やがて、少年は壊れた。
決して、殺されはしないが生きさせてもくれなかった。
へたしたら地獄の方が、まだましかもしれないと思えるような生き地獄。
朝が来れば、抵抗できないように手足は縛られながら見世物の舞台に出せれ、夜が来るまでいたぶられる。陽が落ち、夜になれば家畜が暮らすような場所に投げ込まれ、食べれるのかどうかも分からない物を与えられ、食べる。
毎日これの繰り返し、拒否権も無ければそれをする心すらも、少年にはもう存在していなかった。
そんなある日のことだ。
いつものように見世物にされた夜、一人の人間が少年に声をかけた。
『大丈夫ですか。』
かけれる声に少年は何一つ反応を見せない。
『なぜ、そんなに傷だらけなのですか。』
人間は少年の扱いの事を知らないように話を進める。
『何か答えてくれませんか。』
話す言葉に返答がないので、人間も少し不満そうだった。
『あなた本当に生きているのですか。』
何度投げかけられても少年が言葉を発することはない。なんせ、少年は壊れてしまったから、人間が生きているのかと質問する理由も分からなくもない。
『これにも返事なしですか、なら勝手にしますからね。』
そういって人間は自分の手を少年に向け、何かを始めた。
人間が向けた手の先には少年の体にできた切り傷があった。それが、少しの時間を置いてから、みるみると塞いでいった。
それは、とても、現実の事の様には思えない出来事で、もちろん説明もできない。不思議な力だった。
『これで、全部ですね。』
それから人間はその不思議な力で少年の体中の傷を治した。
『私はあなたを助けました。生きているなら返事をください。』
「なにを…した。」
壊れたはずの少年が言葉を発した。
これには質問をしていた人間も少し驚いたような表情を見せた。
『生きていたんですね。なら治してよかったです。』
初めて触れる人間の優しさなのかもしれない。
今までなら、ひどい仕打ちばかりを人間たちから受ける日々だった少年には新鮮な感覚でもあり、今更な感覚でもあった。
「あんたは...なに...ものなんだ。」
何日、何か月ぶりに話す言葉は少し違和感がある話し方だった。
『なにもの...私にもわかりません。逆に知りたいですね。』
人間はそう言って取り繕ったようなぎこちない笑顔をその表情に浮かべた。
何者なのか分からない。そう言われてから少しの沈黙が続いた。
「あんたは、人間か。」
沈黙の時間が経ち、俺から話し始めた。その頃には発する言葉の違和感も取れていた。
『私は、人間に見えますか。』
瞳に映る目の前の者は完全に人間の女の子ぐらいの形をしていて、多分年も同い年ぐらいだろう。それなのにいかにも私は人間ではないかの様な言い方。
「見える。でも、違うんだろ。」
『えぇ。多分ですが、私は人間ではないのでしょうね。』
「なら、あんたは何なんだ。」
『人間に憧れる、化け物ですかね。』
彼女の表情は笑っていた。でも、彼女が見せた瞳には悲しく、あきらめたような瞳が映っていた。
俺のよく知っている瞳だ。毎日のように見ていたその瞳を俺は誰よりも知っているつもりだ。
『あなたの名前を聞いても。』
「名前か…。」
そういえば、自分の名前を俺は覚えてもいなかった。
あったのだろうが、呼ばれることなんて来ることもなかったから、いつの間にか忘れてしまっていた。
『もしかして、わからないんですか。』
「あぁ、今まで呼ばれることも、使うこともなかったからな。」
『私と同じですね…。』
同じ。
本当にそうなのか。
俺はあったはずの名前を忘れてしまっていたが、彼女はどちらかと言えば忘れたではなく、そもそもなかったのではないだろうかと思った。
自分でもどうしてそう思うのかは分からないが、俺の感がそう言っていた。
「俺とあんたは本当に一緒なのか。」
俺がこの問いをぼそっと吐き出すと、彼女は…
『違いますよ。あなたと私は人間とそれに憧れる化け物なんですから。』
やはりという気持ちと同時に俺は少し、がっかりとした気持ちもした。
そして、彼女は言葉を続ける。
『あなたは何があっても人間である。対して私は、なろうと思っても人間にはなれない。だから、あなたと私は同じではない。』
「じゃあ、あんたは本当に人間じゃないんだな。」
『残念ながらね。』
彼女は笑っていいのけた。
なぜ、そこまでして人間なりたいのかは俺には理解ができない。俺はもう知ってしまった人間の醜さを、非道さを嫌と言うほどにこの身に沁みついている。
白色に黒色を足せば灰色になる。
だが、黒色を足しすぎるとできる色は灰色ではなく、黒色になる。
だから、少年はもう灰色にはなれない。人間が持つ純粋さの白に、憎しみや怒り、憎悪や嫌悪といった純粋さとは裏腹な、黒い部分が多すぎた。
だったら、俺は、永遠に黒色のままに、人間を嫌うことを選ぼう。少年は改めて思いなおす。
人間を嫌うことを、恨むことを、憎むことを、例えその果てに永遠の孤独が待っていようが、世界から嫌われようが俺はそれを望む。
「クロ、俺はクロだ。」
『何ですか、突然。』
「名前だ、俺の名前。」
『クロ。それがあなたの名前なのですね。』
「ああ、これが俺の名前だ。」
『なら、私はシロですかね。』
「別にお前まで、今つけなくてもいいだろ。」
『いいんですよ。どうせ私は人間たちとは関われないのですから。名前何てものを勝手に決めても誰にも迷惑など掛からないのですから。』
彼女はそういってもう一度自分の名前を繰り返し言った。『シロ、シロ、シロ』と、何度も嬉しそうに繰り返した。
これが俺たちの出会いだ。
人間に生まれ、人間を嫌うクロと
化け物として生まれ、人間に憧れるシロ。
そんな世界から嫌われているような境遇に生まれた二人の出会いだった。
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