忘れ物の多い喫茶店

尺一

第1話 始まりのナポリタン

『忘れ物の多い喫茶店』


季節は冬、1年で最も寒い時期だ。そんな日に俺は喫茶店に来ている。

 

「あぁ……やっぱりこの店は落ち着くな…」

 

俺はカウンター席に座りながらそう呟いた、まるで現実逃避をするように。

なぜ俺がこんなにも憂鬱なのかと言うと、それは今目の前で厨房内をうろつくじいちゃんの姿にある。

つい数時間前に葬儀が終わったばかりだというのに、死んだはずのじいちゃんが普通に歩き回っているのだ。

しかもその様子から察するに本人にはこの現象が当たり前かのように見える。

一体どうなっているんだ? そもそもあの神様の言ってることもまだ理解できないし……。

 

「よし!大丈夫そうだな。」

 

じいちゃんは冷蔵庫の食材を確認して満足したのかこちらへ戻ってきた。

そして俺の前に立ち止まったかと思うと、いきなり頭を鷲掴みにして無理やり目線を合わせてきた。

 

「ちょっ!?痛いっ!」

 

突然の行動に抗議しようとしたが、じいちゃんの目を見て思わず言葉を飲み込んでしまった。

なぜならば、そこには先ほどまでの優しい表情ではなく真剣そのものの顔があったからだ。

 

「じゃぁ今から入るぞ。」

「え?」

 

じいちゃんの言葉の意味がわからず戸惑う。

そもそもなぜこうなったかと言うと、話は数日前に遡るーー




 俺は坂本歩夢、どこにでも居る普通の20代会社員だ。

仕事終わりで疲れた身体を風呂で癒やし、テレビを見ながら携帯を触っていたところ、父親からの着信が入った。

電話の内容は至ってシンプルだった。

 

『じいちゃんが死んだ。』

 

ただそれだけである。

最初は何かの悪い冗談だと思い笑っていたが、父親の声色からそれが嘘ではないことがわかってしまった。

結局詳しい事情を聞くために実家に向かうことになり、葬儀に参列することになったのだ……。


じいちゃんは喫茶店を経営しており、地元のお客さんにも愛されてる人だったらしい。

そのため葬儀には親族以外にも多くの人が訪れた。

 

「………」

 

俺はただ無言で遺影を見つめていた。

写真の中のじいちゃんはとても楽しそうな笑顔を浮かべている。

相談したいことも、謝りたいことも…

しかしそれも全て叶わない願いとなってしまったのだ。

そう思うと自然と涙が出てきた。

すると横にいた母親がハンカチを差し出してきた。

 

「はいこれ使ってね。」

「ありがとう」

「いいのよ。私だって悲しいもの……。」

 

母親はそう言い、親族の人たちと話し始めた。

しばらく時間が経ち落ち着きを取り戻した頃、母親が話しかけてきた。

 

「ねぇ歩夢、ちょっといい?」

「ん?何?」

「実はおじいちゃんが歩夢にって預かっているものがあるの。」

「俺に?」

 

なんだろう? 遺品整理の時に見つかったもので俺宛てのものは無かったはずだけど。

疑問に思いつつも母親について行くことにした。

案内されたのはじいちゃんの家、2階の物置部屋だった。

中に入るとホコリっぽく薄暗い空間が広がっていた。

中央のテーブルの上に見覚えのない箱が置かれていることに気付く。


「お母さん、あれのこと?」

「うん、あれを歩夢にって書いてあってね…」

 

箱の上には一枚の紙が置いてあった。

そこにはこう綴られている。

 

『歩夢へ、これはお前が持っておくべきものだから渡しておく。捨ててくれても構わないが任せる。』

 

そう書かれていた。

 

「俺が持っておくべきもの?」

 

ますます意味がわからなくなった。

 

「じゃぁ私はこの後の準備があるから戻るわね。」

「わかった。」

 

 俺は箱に近づき恐る恐る蓋を開ける。中には数枚の写真とネックレス、鍵が入っていた。

写真を手に取り眺めると懐かしさが込み上げてくる。それは小さい頃よく喫茶店に訪れた際に毎回撮っていた家族の写真だった。

 

「あぁ……こんなところにあったのか。」

 

少しだけ嬉しさを感じたものの、この写真を見る度にじいちゃんの死を思い出してしまうため複雑な気持ちになる。

そんなことを考えながら写真を見ていくと最後の1枚だけ見覚えのないものだった。

そこには若い時のじいちゃんと女性、そして恐らく俺であろう赤ん坊を抱っこしている姿が写っている。

女性は微笑んでいるのに対してじいちゃんは困ったような顔をしていた。

 

「なんだこれ?…もしかしておばあちゃんか?」

 

俺の記憶では会ったことがない人だ。

おばあちゃんは俺がまだ小さい時に病気で亡くなったと聞いている。

 

「……なんか不思議な感じだな。」

 

写真を元に戻そうとした時、ふとその写真の背景が気になった。

 

「この背景……どこかで見たことがある気がするんだけどなぁ」

 

思い出そうと記憶を探る。

確か喫茶店の裏手の方でこんな景色を見たことがあったはず……

写真に写る赤ん坊の背後に神社で見るような小さな祠。

祠は記憶にないが間違いない、この場所は喫茶店の裏手にあるはずだ。

でも何でわざわざこんな場所で写真なんて撮ったんだろう?

 

「…まぁいっか。」

 

考えていても仕方がないと思い、ネックレスと鍵を見ることにする。

まずはネックレスだが特に変わったところはないようだ。

次に鍵を見てみる。

 

「何の鍵だ?」

 ネックレスもそうだが鍵も結構古いものだ。

そしてその形に見覚えがあった。

 

「これってもしかして……」

 

喫茶店の裏手にでる扉、いつもそこにネックレスと一緒に鍵も掛けてあった気がする…ということはつまり……。

 

(これ全部喫茶店に置いてあった物だよな?)

 

何でこれを俺に?

じいちゃんの考えが全く読めず困惑してしまう。

 

(…あれ?でも確か最後の喫茶店の手伝いの日に何か裏手の事でじいちゃん話してた気が…。)

 

確かあの時………



 

 

「…今日で最後か。」

 

じいちゃんは慣れた手つきで厨房の片付けをしている。

俺はその様子をカウンター席に座って眺めていた。

 

「しょうがないだろ、明日引っ越しで東京行くんだから。」

「寂しくなるな…」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。」

 

俺は高校卒業後、東京で一人暮らしを始めることになっていた。

 

「それに調理師免許だったり色々な料理を学ぶ為に専門学校にも通うつもりだし。」

「そうか……」

「……じいちゃん?」

 

じいちゃんは何かを考え込むように黙り込む。

 

「歩夢。」

「ん?」

「お前に話した事あったか?裏手の事。」

「いや?知らないよ。」

 

「そうか……。実はあそこは神様が出てくるぞ。」

「.........はぁ?」

 

突然の事に思わず声が出てしまう。

 

「何の冗談だよ。」

「冗談じゃない。」

 

じいちゃんの目を見ると真剣そのものの表情をしていた。

 

「わしには見えんが、家内は見えていた。」

「それじゃ神様じゃなくて幽霊なんじゃないの?」

 

俺の言葉にじいちゃんが微笑むように笑う。

 

「幽霊…確かにそれも間違ってないな!」

 

笑いながら話すじいちゃんに呆れてしまう。

 

「もういいって。なんで急にそんなこと言い出したんだよ。」

「前にも聞いたがあの裏手に出る扉、歩夢にはどう見えてる?」

「そりゃただの古びたドアだけど……」

「それだけか?」

 

じいちゃんの真剣な眼差しに戸惑ってしまう。

 

「えっと……後は……」

「後は?」

 

俺はじいちゃんの後ろにあるドアを見ながら答える。

 

「……後はあれだろ、何でか鍵穴が2つあるじゃん。」

 

小さい頃から疑問だったがその扉には取手の下にある鍵穴以外にもなぜか中央にも鍵穴がある。

 

「…やっぱりそうか。」

「何が?」

「お前にはそう見えているってことだ。」

「はぁ?どういうこと?」

「わしには見えん、普通に鍵穴は一つだけだ。」

「……まじ?」

「あぁ。」

 

冗談かと思ったがじいちゃんの顔を見る限り嘘をついているとは思えない。

 

「まぁいきなりこんな事言われても信じられないだろうな、わしもそうだった。」

 

昔を懐かしむような目をしながらじいちゃんが語り始める。

 

「一応教えておく、あの扉に掛かっているネックレスを首にかけ、あの鍵穴に鍵を挿せば神様がいる裏手にいける。」

「......はぁ、鍵穴は分かったけど鍵は?」

「わしが持ってる。」

 

ポケットから古ぼけた鍵を取り出し見せてきた。

 

「一応わしが持っておく、何かあったら歩夢に渡す。」

 

じいちゃんの見た事ない真剣な顔を見て少しだけ不安になる。

 

「……わかったよ。」

「それで良い。」

 

満足そうな顔をすると片付けに戻った。

 

「後言い忘れていたがお供物は忘れずにな、持っていかないと顔を出さんらしい。」

「何だよそれ?」

「神様もタダじゃ助けてくれないってことだ……」



 


確かあの時こんな話をしていたはずだ。

神様とかあの時は正直冗談半分で聞いていたがまさか本当にいるのか?

俺は箱の中に入っていた鍵とネックレスを手に取りじっと見つめる。

このネックレスと鍵を使ってあの扉を開けると……

本当に神様が出てくるのか?

 

「うーん……」

 

考えれば考えるほど意味がわからなくなる。

でも嘘であろうとじいちゃんが俺にこれを渡したってことは何か意味があるはず。

とりあえず今は考えても仕方がないと思いネックレスと鍵を仕舞う。

再度写真を手に取り眺めていると母さんが俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

「歩夢ー!ちょっと手伝ってほしいんだけど。」

「あぁ、今行くよ。」

 

写真も仕舞い、部屋を出る。

そして母さんの元へ向かう途中、ふと思う。

もし仮に今生きていたら謝りたかった。

嘘をついてしまった事を。

 

「じいちゃん……」

 

最後に呟いた言葉は誰にも聞かれる事なく消えていった。



 

葬儀も終わり親戚一同が帰った後、じいちゃんの家で家族3人で久しぶりに会話をしていた。

 

「じいちゃんがあんな事になるなんてね……」

 

母さんがお茶を飲みながらしんみりした様子で言う。

 

「本当だな。」

 

父さんは疲れたのか

ソファーで横になりながらテレビを見ているがどこか寂しそうだ。

 

「でも一番ショックなのは歩夢でしょ?」

「……うん。」

 

本当は悲しくて泣いてしまいたい気持ちだが泣けない理由があった。

 

「大丈夫か?」

 

心配そうにこちらの様子を伺ってくる。

 

「うん、大丈夫だよ。」

 

そう言って無理矢理笑顔を作る。

 

「お姉ちゃんは時間空いたらこっちに帰ってくるって。」

「そうか。」

 

姉ちゃんはフランスで働いている為、日本にいない事が多い。

 

「…あのさ、喫茶店の鍵もらってもいい?」

「それはいいけど何に使うの?」

「ちょっと見ておきたいなって思ってさ。」

「そっか。」

 

納得してくれたようでそれ以上何も言わなかった。

 

「じゃあ渡しておくわよ、後今日は泊まるの?」

「明日も休みだから泊まるよ。」

「そう、じゃあお風呂入ってきなさい。」

「わかった。」

 

着替えを持って脱衣所に行き服を脱ぐ。

 

(じいちゃん……)

 

未だ実感が湧かず悲しいというより混乱している自分がいる。

シャワーを浴び終わった後、ゆっくりするよりか早く喫茶店に行こうと思い急いで支度をする。

 

「こんな時間にどこか出るの?」

 

玄関で母さんが不思議そうな顔で聞いてきた。

 

「あぁ、ちょっと散歩してくるよ。」

「暗くなってきたんだから気をつけなよ。」

「わかってるって。」

 

靴を履いてドアノブに手をかける。

 

「それじゃ行ってくるよ。」

「行ってらっしゃい。」



 

外に出るとまだ日が落ちていないせいかそこまで暗く感じない。

そのまま駅の方面へ歩いていくと段々辺りは人通りが多く商店街の明かりがどこか心地よく感じた。

しばらく歩いていると子供の時から何度も通っていたおじいちゃんが経営している喫茶店が見えた。

 

「……」

 

小さい頃はよくここに来て遊んでいた記憶がある。

鍵を開け店の中に入ると薄暗い店内には昔のままの雰囲気でコーヒーなどの匂いが鼻腔を刺激する。

カウンター席に座って外を眺めているとじいちゃんがいつも座っていた椅子が目に入る。

俺はゆっくりとその椅子に座り目を閉じた。

じいちゃんは昔から俺にとって憧れの存在だった。

俺が困っている時は必ず助けてくれて、俺が悩んでいる時は相談に乗ってくれた。

 

「……っ」

 

思い出すだけで涙が出そうになるが必死に堪える。

持ってきたネックレスと鍵を手に取り握り締める。

 

「……開けてみるか。」

 

いざ開けようと例の扉に近づくがお供物を用意していないことに気がつく。

 

「あー、……どうしよう……」

 

店内を見渡すと冷蔵庫が目に入った。

 

(何か入ってるかも……)

 

中を開けると牛乳や卵など色々と入っておりその中には恐らくお客さまからの貰い物であろう果物の詰め合わせもあった。

 

(ごめんじいちゃん……使わせてもらうね。)

 

心の中で謝りつつ苺やゼリーを拝借して扉の前に立つ。

首にネックレスをかけ真ん中の鍵穴に鍵を挿し込み回すとカチャッと音が鳴った。

恐る恐る扉を開けるとそこには……特に変わり映えしない、いつもの裏手。

しかし見た事もない林の中に続くように奥へと続く道があった。

 

(……こんな道あったか?)

 

よくここでじいちゃんがタバコを吸っていたりゴミを置いたりしていたがこんな道があった覚えはない。

少し不安になるが好奇心の赴くまま進んでいくと森の奥の方に写真で見た小さな祠が見えた。

 

「あれだよな……」

 

俺は足早に祠に向かう。

近づくにつれその全貌が明らかになっていく。

 

「これ……」

 

思わず声が漏れてしまう。

目の前にあったのは想像していたよりも遥かに小さく、そしてボロかった。

正直この中に神様がいると言われても信じられないくらいだ。

だがやはり写真で見た通り、確かにこの祠は存在していたのだ。

 

「……とりあえずお供物をするか。」

 

果物とゼリーをお供えした後、一応両手を合わせておく。

 

(……これでいいんだよな?)

 

疑問に思いながらも感謝の気持ちは忘れずに祠を見続ける。

特に何も起きわけなく、時間が過ぎる。

すると急に祠がガタガタと揺れ始める。

 

「うわぁ!」

 

驚きすぎて尻餅をついてしまった。

 

「な、なんだ?」

 

動揺しながらも立ち上がりもう一度祠を見ると、今度は勢い良く扉が開いた。

 

「久しぶりの飯じゃーー!」

「!?」

 

祠の中から出てきたのは女性?だった。

見た目は神社で見る巫女服のような格好をしている。

そこだけを見れば特に驚くほどの事ではないが頭に耳が生えており、狐のような尻尾がある。

 

「ん?」

 

目が合うとその女性はこちらに向かってきた。

 

「……ほうほうよく似ておる。」

 

まじまじと見つめられるが何が起きているのか全くわからない。

 

「えっと、あの…」

 

戸惑いながらなんとか言葉を発する。

 

「お主名前はなんと言うんじゃ?」

 

狐の耳が生えた女性からの質問に戸惑ってしまう。

 

「あ、歩夢です。坂本歩夢です……」

「歩夢か、いい名前じゃのう。」

 

そう言って微笑む彼女を見てドキッとする。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

何故名前を褒められたのか分からず曖昧な返事をしてしまう。

 

「それで、今日は何用でわしをここに呼んだ?」

 

彼女は先程とは打って変わって真剣な表情になる。

 

「何って言われましても……」

 

ほぼほぼ好奇心で来たため理由がない。

 

「……ふむ、まぁよい。」

 

そういうと女性は俺がお供えした苺やゼリーをバクバクと食べ始めた。

 

「うん!美味しいのじゃ!!」

 

とても幸せそうな顔をしながら次々と口に運んでいく。

その姿はまるで子供のようだ。

しばらく眺めていると満足そうな顔になり、一息ついた後口を開いた。

 

「まじまじとこちらを見おって、言いたいことがあれば言わんか。」

 

どうやら見すぎていたらしい。

 

「す、すみません……」

 

謝ると彼女は笑い出した。

 

「冗談じゃよ、そんなに畏まるでない。」

 

その笑顔はとても美しく見えた。

 

「……そろそろ本題に入ろうかの、ここまで来たということは誰から教えられてここに来たのじゃ?」

 

彼女の雰囲気が変わった気がする。

今までは子供のように無邪気だったが今はどこか威厳を感じる。

俺はゆっくりと深呼吸をして答えた。

 

「はい、祖父であるじいちゃん、龍馬さんから聞きました。」

 

それを聞いた途端、彼女の目が大きく開かれた。

 

「龍馬?何じゃ昭恵から教わったのではないのか?」

 

昭恵とは俺のばあちゃんの名前である。

 

「えっと正確には昭恵おばあちゃんが龍馬じいちゃんに教えて、それで俺にって感じですね。」

 

俺が答えると少し考えるような仕草をした。

 

「なるほど……随分と見なくなったが2人は?」

「………2人とも亡くなりました。」

「……そうか。」

「はい。」

 

それからしばらくの間沈黙が続く。

女性は頭の中で何か探っているのかずっと考え込んでいる。

 

「おっ!おったおった!」

 

急に大声を出し手を叩く。

先ほどの沈黙が嘘かのように感じる。

 

「どうしました?」

「いや、すまんすまん。久しぶりに人間と話せたのじゃ嬉しくなってしまっての。」

「そうなんですか。」

「うむ、さてどうしたもんかの〜」

 

また悩み出す女性。

 

「えっと……何かあったんですか?」

「ん?あぁ、これからお主に起こることをどう説明したものかと思っての。」

「えっ……」

「心配せんでも大丈夫じゃ、悪いようにはしないぞ。」

 

少し不安になる、ただでさえ今目の前で起こっていることが理解できていないのにさらに不安要素が増えるなんて勘弁してほしい。

 

「ん?いいのか?それならわしは楽だがの。」

 

女性は俺ではない誰かと会話するかのように独り言を言い始めた。

 

「ではそれで頼む、いや〜久しぶりに違う甘いものを食べれて満足じゃ!」

 

一体何をしているんだ……

疑問が浮かぶ中、女性が話しかけてきた。

 

「よし、これで問題ないな。」

「あの……何がですか?」

「気にしなくて良い、ではパパッと呼ぶとするかの。」

 

そういうと女性は両手を合わせ目を閉じた。

すると突然風が吹き始め、女性の髪がなびく。

 

(なんだこれ?)

 

その光景に見惚れていると、急に視界が光に包まれる。

突然の眩い光に目を閉じてしまう。

しばらくして光が収まったと思い目を開けるとそこには女性だけではなく、1人の男性が立っていた。

その男性は間違いなく死んだはずのじいちゃんだった。

 

「いやー、こっち目線でくることになるとはな…」

「じ、じいちゃん!?」

「なんだ?」

「なんで!?どうして!?」

 

混乱してうまく言葉が出てこない。

 

「落ち着け歩夢。」

「落ち着いてられるわけないだろ!?」

 

感情が昂りすぎて自分でも訳がわからない。

 

「まぁ慣れてないうちはこうだよな、とりあえず歩きながら説明するぞ。」

 

そう言ってじいちゃんは俺に着いて来いと言わんばかりに先に歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 

慌ててついていく。

 

「おーい、そこの若いの歩夢じゃったか?」

 

後ろから先程の女性の声が聞こえてくる。

 

「えっ、あっはい!」

 

振り返りながら返事をする。

 

「今度来る時は甘いものではなく酒を持ってくるんじゃぞ!!」

 

手を振りながら笑顔で叫ぶ彼女に軽く会釈をして再び前を向く。こちらの事など気にする様子もなく歩くじいちゃんの元へ急ぎ足で向かって行った。


 


「じいちゃん、これはどういうことなのか教えてくれないか?」

 

歩きながら俺はじいちゃんに問いかけた。

 

「まぁ簡単に言うとあの神様は死んでしまった人を少しの間だけこの世に呼ぶことができるんだよ。」

 

「はぁ……」

 

正直まだ信じられないが現にじいちゃんがいる以上信じるしかないだろう。

 

「ちなみに何でじいちゃんが呼ばれたんだ?」

「呼んだのはお前だよ歩夢。」

「俺が?」

 

あの祠でじいちゃんを生き返らせてくれ〜なんて頼んでないはずだ。

 

「…まぁとりあえず店に戻るぞ。」

「あぁ。」

 

俺はじいちゃんの後について行った。



 

そして時間は今に戻る。

目の前で少し半透明な姿のじいちゃんが厨房内をうろうろしている姿はやはり違和感がある。

夢なら早く覚めてほしいところだ…

 

「じいちゃんさっきから何してんだ?」

 

俺が質問するとこちらを見て答えた。

 

「何って見りゃわかるだろ?食材の確認してんだよ。」

「いやそれは見れば分かるけど……」

 

何故今それをしているのかを聞いたんだが…...

 

「まさかじいちゃん……」

「おう!料理作るぜ!」

 

やっぱりか……

 

「でもじいちゃんもう死んでいるし、フライパンとか握れんの?」

「霊体だから触れないぞ、頑張って見れば少しは動くだろうがな。」

 

そんなポルターガイスト幽霊嫌すぎる。

 

「だから今から歩夢の中に入るぞ。」

 

はい?

 

「いや、いきなり言われても困るんだけど……」

「大丈夫大丈夫、家内もやってたし特に害は無かったから。」

「はぁ……ってかばあちゃんもやったのかよ!?」

 

初耳である。

 

「じゃあ行くぞ〜」

 

じいちゃんは俺めがけて一直線に向かってくる。

 

「えっ……本当にやるの?」

「おらっ!!!」

 

じいちゃんが俺の胸にダイブしてきた。

その衝撃で椅子に座っているにも関わらず後ろに倒れてしまった。

背中に痛みを感じつつ起き上がると目の前に自分の手が見えた。

でも何か可笑しい、まるで自分ではない何かが体を動かしているみたいだ。

 

「うわぁ!なんだこれ!?」

「おお!成功だな!」

 

じいちゃんが嬉しそうにしている。

 

「成功したな!....じゃないよ!どうなってんだこれ!?」

「まあまあその内慣れるって。」

「慣れるか!」

「とりあえず準備するぞ!」

「おい無視すんな!」

 

こうして2人で初めての共同作業が始まったのであった。

 

「よし、とりあえずこんなもんか?」

「そうだね…」

 

勝手に動く体に戸惑いながらも何とか材料を並べる。

テーブルの上にはパスタ、トマト、玉ねぎ、ピーマン、ソーセージ、ケチャップや調味料、油等が並んでいる。

 

「ナポリタンでも作るのか?」

「正解、歩夢の好物だしな。」

 

確かに俺は昔からナポリタンが好きだった。

小さい頃じいちゃんがよく作ってくれたっけ。

 

「懐かしいな……」

「小さい頃は暇さえあればうちに来て食ってただろ。」

 

じいちゃんの家に行く度にナポリタンを作ってもらっていた。

じいちゃんの作ったナポリタンは絶品で何回もおかわりした記憶もある。

 

「それじゃあ早速作り始めるぞ。」

 

そう言ってじいちゃんは俺の体を使いエプロンを身に着け、調理に取り掛かる。

無駄のない動きで食材をカットし始めると…..

 

「……………」

 

じいちゃんの手が止まり、しばらく沈黙が流れる。

 

「なぁ歩夢。」

「なんだよ?」

「お前が作れ。」

「はっ?」

 

突然何を言っているんだこの人は……

 

「いや、じいちゃんしか作ったことないだろうちのナポリタンは。」

「調理師免許とって飲食店で働いてるんだろ?気が変わった、レシピ教えるから作ってくれ。」

「急に言われても……」

「別に普通に作ればいいだけだ。」

「わかったよ……」

 

じいちゃんの圧に押され渋々納得する。

じいちゃんが俺の体から出た瞬間、体の感覚が戻ってきたため、軽く肩を回し食材に向き合う。

 

(ふぅ、やるか………)



 

「上にレシピがあるから参考にしてくれ。」

 

じいちゃんが上を指すように手を動かし、俺の視界に映るようにしてくれる。

その指先を見ると棚の上にクリアファイルがあり、その中には手書きでたくさんのレシピ集があった。

 

「凄い量だな……」

「全部ばあちゃんの手作りだぞ。」

「マジかよ……」

 

驚きつつもクリアファイルに手を伸ばす。

 

「確か一番右のファイルがうちのメニューのレシピだ。」

 

言われた通り一番右側のページを開く。

そこにはナポリタンの作り方が書かれていた。

 

「よし、頑張るかな!」

 

俺は意気込みを入れ、いざ調理を開始した。

まずは麺を茹でるため鍋に水を入れる。

その間に具材の準備だ。

 

(じいちゃんに見られながらだと緊張するな……)

 

じいちゃんにバレないように深呼吸をして心を落ち着かせる。

そして俺は自分を鼓舞し調理に取り掛かった……



 

辺りはトマトのいい香りが漂っている。

 

「そろそろか……」

 

茹で上がったパスタの水分を切り、フライパンに乗せる。

ジュワーッという音と共に更に食欲を刺激する匂いが部屋中に充満していく。

緊張しながらもパスタとソースを絡めていく。そして皿に移し、仕上げのパセリをふりかける。

 

「よし、完成!」

 

目の前には完成したナポリタンがある。

 

「上出来。」

 

後ろから声をかけられ振り向く。

するとじいちゃんが納得したような表情をしていた。

 

「レシピ通りで無駄なく出来たな。」

「まぁな。」

 

じいちゃんに褒められるなんていつぶりだろうか?

 

「さて冷めないうちに食うぞ。」

「おう。」

 

俺は席につき手を合わせる。

 

「いただきます。」

 

フォークを手に取り、ナポリタンを口に運ぶ。

口の中に懐かしい味が広がる。

 

「美味い……!!」

 

俺は思わず感動してしまった。自分で作った料理だが、

じいちゃんのナポリタンを食べたのはもう数年前で忘れかけていたが、その味は昔と変わらず絶品だった。

 

「うん、やっぱりじいちゃんの料理は最高だな!」

 

じいちゃんも満足そうにしている。

その後俺は無言のまま黙々と食べ続ける。

目の前に座るじいちゃんは黙々と食べている俺を嬉しそうに見つめていた。

そんなじいちゃんを見てると恥ずかしくなり、誤魔化すために話しかける。

 

「それにしても何で急に俺に作らせようと思ったんだ?」

「まあ、たまには孫の成長した姿を見たかったってのもあるが、本当は違う理由もある。」

「何だよそれ?」

「あの神様にも言われたが、わしは元々成仏する予定だった。」

「え?」

「でも何故か今こうしてここにいる。」

「えっと……」

「あの祠で呼ばれる前にあの神様に言われた、歩夢が呼んでいるとな。」

「……....」

「それで呼ばれて来てみれば、何とも酷い顔した孫が目の前にいてな」

「じいちゃん……」

「…わしを呼んだ理由は何だ?話してみろ。」

 

......俺は正直に全てを話すことにした。

嘘をついてしまったこと、謝りたいことを。

 

「実は……」

 

決心したはずが、言葉が詰まる。

それでもじいちゃんは優しく微笑みただ待っている。

 

「……ごめんなさい。」

 

何とか言葉を絞り出す。

 

「東京行ってちゃんと調理師免許は取った、その後レストランとか色々な飲食店に就職したんだけど...…」

 

そこでまた言葉が出なくなる。

 

「……だけど?」

「……....辞めたんだ。」

「そうか。」

「怒らないのか?」

「別にお前の人生だからな。」

 

じいちゃんの優しさに涙が出る。

 

「料理すること自体はすっごい楽しいんだ、けど職場の人間関係とか上手くいかなくて……」

「ほぅ。」

「仕込みとかは全然良いんだけどなかなか料理の勉強とか将来のための貯金とかもなかなか出来なくて…」

「……」

「このままじゃ駄目だってわかってる、わかってるけど怖くて逃げちゃったんだよ……情けないよな、俺……」

 

気付けば泣いていた。

今までずっと我慢していた気持ちが溢れ出し止まらなかった。

 

「……別に逃げたって良いだろ。」

「え?」

 

予想外の返答に驚いてしまう。

 

「誰しもが成功できるわけじゃない、むしろ失敗する方が普通だ。」

「……」

「俺なんて元々料理はてんでだめだったぞ。」

「じいちゃんが?」

「この店は家内が1人で切り盛りしていたお店だ。」

 

初めて聞く話に驚きを隠せない。

 

「元々普通のサラリーマンで土日や休日このお店に通うのが唯一の楽しみだった。」

「じいちゃんって元々サラリーマンだったんだ…」

「ああ、それで通ってるうちに家内が料理を作っている姿に惚れてな。」

「へぇー。」

「プロポーズしたら即OK貰えてそのままゴールインだ。」

「早すぎないか!?」

「一々お前にどんなデートしたとか話すかバカたれ!」

「痛いっ!」

 

頭を叩かれる。

 

「それでわしも料理できるようになれば家内の負担が減らせると思って必死になって練習したんだ。」

「じいちゃん凄いな……」

「免許も取って、無事家内にも料理の腕を認められてわしも料理人になったんだ。」

「そうなんだ……」

「まぁ、最初は失敗続きで上手くいかない事もたくさんあったが、何とかなるさ精神で頑張ったよ。」

「そっか……」

「だから大丈夫、焦らなくてもいい。」

「うん……」

 

じいちゃんの優しさが身に染みる。

俺はじいちゃんの目を真っ直ぐ見て答える。

 

「ありがとう、じいちゃん。」

「おう、頑張れよ。」

 

そう言ってじいちゃんは笑っていた。

 

「後合格だから歩夢。」

「……....はい?」

 

何の合格なのか理解できず聞き返す。

するとじいちゃんはニヤリと笑い、

 

「だから内の喫茶店継ぐならいいぞ。」

 

その一言で一気に現実に引き戻される。

 

「いやいや!無理だろ!」

「わしの時もそうだった、家内にナポリタン作って美味しかったら合格だったぞ。」

「マジか……てかナポリタンくらい作れるわ!」

 

思わず突っ込んでしまった。

 

「……本当にいいのか?」

「ああ、それにお前は昔から料理が好きだろう?」

「うん。」

「継ぐも継がないも歩夢の自由だ。」

「……………」

 

その後、俺達は他愛もない話をして過ごした。

俺の進路についてだが、まだはっきり決めてはいないが、 もし継ぐことになった時は全力で取り組もうと思う。

そんなことを考えながら俺はパスタを口に運んだ。

 

「さて、じゃあそろそろ行くかな。」

 

じいちゃんは立ち上がりにっこり笑う。

 

「もう?」

「ああ、わしは成仏しないといけないからな。」

「……そうか。」

「もう大丈夫か?」

 

こちらを見つめる目は優しげだった。

 

「ああ、大丈夫だよ。」

 

俺は笑顔で答えた。

 

「………あのさ!」

 

俺も立ち上がり、じいちゃんに向き合う。

 

「ん?」

「やっぱりこの店継いでいいかな?俺このお店好きなんだ!大好きな場所だし、じいちゃんみたいに料理うまくないけど、いつかじいちゃんみたいな料理上手になるのが今の目標なんだ!!」

 

勢いよく喋りすぎて息切れする。

じいちゃんは黙ったまま何も言わなかった。

 

「……駄目か?」

 

不安になり聞いてみると、 じいちゃんは微笑み、

 

「お前がそうしたいんならそうすれば良い。」

 

そう言った。

 

「本当?」

「ああ。」

「……」

 

安心してその場に座り込む。

 

「死人に許可を求めるとは変な孫だな。」

「うるせぇ!」

「はっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」

 

久しぶりにじいちゃんの大爆笑を聞いた気がした。

 

「あ、そうだもしまたあの祠に行くなら営業時間終わりに行け。」

「えっなんで?」

「忘れ物をとりに来る客は営業時間終わりに来るからな。」

「はあ?意味わかんねぇよ?」

「今回は歩夢が忘れ物を取りに来た客だったからな。」

「はぁ……」

「まぁそのうち嫌でも慣れる。」

 

今回の件と言い、色々とわからない事だらけだ。

 

「まぁとりあえず営業時間終わりに祠に行けばいいんだろ。」

「毎回じゃない、勝手に呼ばれるように行くから大丈夫だ。」

「ええ……」

 

何だそれは……。

 

「まぁ頑張れよ。」

「ああ。」

 

じいちゃんは満足そうな顔をしていた。

 

「そろそろ行く、全く家内に会う前にこんなことになるなんてな……」

 

そう言い残し、光に包まれ消えていった。

 

「……ありがとうじいちゃん。」

 

誰もいない店内で静かに呟いた。



 

俺は急いで戸締りをし店を出る。

店を継ぐと決めた以上、やらなきゃいけないことはたくさんある、俺はやるしかない。

まず今勤めている会社を辞めて、相続の準備をしないと、それで色々落ち着いたらお礼を言いにあの祠に行ってみよう。

今後やるべきことを考えながら今一度店を見る。

店の看板と名前に目をやると歩夢はどこか納得したかのように、小さく笑みを浮かべた。

 

(あー、店の名前の由来はもしかしたら……)

 

じいちゃんの喫茶店の扉や看板には小さく可愛らしい狐のキャラクターが、そしてお店の名前は『忘れ物』と書かれていた。

 

(喫茶『忘れ物』って変な名前だよなーって思ってたけどもしかすると……)

 

そう思うと笑ってしまう。

歩夢は走りながらじいちゃんの家に帰る。

まるで何かを取り戻したかのような表情をしていた。



 

商店街を走り抜ける若い男、その口元は少し赤くなっていた。


 


―――ーーーーーーーーーーーーーーーーー

じいちゃんの喫茶店を継いだ歩夢は早速忙しい日々を送っていた……

お礼を言いに祠に赴くとあるお願いをされる………

「あの〜すみません………」

「あ!大丈夫ですよ入って!」

次回

『忘れたくない ケチャップチャーハン』

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