第12話 アーミィベア

「そういえばこの山、アーミィベアがいるってよ」

「うそ、あのA級討伐対象の? 出くわしたらどうしよう」

「大丈夫さ、発見されたのはこの山の反対側だ。こっちには奴らが嫌う薬草が群生してるから、近寄ってこないよ」


 和気藹々と薬草を採集する若い男女。彼らは王都のギルドから派遣されたDランク冒険者のパーティである。

 モンスターの討伐依頼が多い冒険者ギルドの中でも、EからDランクの依頼はもちろん危険度が低く、強いモンスターと出くわすようなこともほとんどない。彼らのように薬草の採集や、魔法に使う素材集め、盗賊避けの護衛などが主な依頼になる。


軍隊熊アーミィベアって、実際強いんだよね。図鑑で見たことあるけど、小さくてふわふわしてそうで、ちょっと可愛かった気がするけど」

「見た目だけはね。一体ずつはそれほど脅威じゃないんだけど、奴らは必ず群れで行動するし、あり得ないくらい統率が取れているから、半端な人数じゃ太刀打ちできないんだってさ」

「そうそう、とにかく獲物の追い詰め方がえげつない。奴らは近づくとゲロを吐いてマーキングしてくるんだけど、これがとてつもなく臭いんだって。で、その臭いを辿ってどこまででも追いかけてくる。体力も無尽蔵だし、火の中だろうが水の中だろうが構わず飛び込んで追いかけてくるんだ」

「恐ろしすぎるんだけど」


 冒険者の少女がぶるぶると肩を震わせる。


「昔戦ったことがあるAランク冒険者に話を聞いた事があるけど、二度と出会いたくないモンスターがオークとアーミィベアだってさ」

「オークって、関係なくない?」

「いや、アーミィベアのゲロくらい臭いし、あと醜いから二度と近づきたくないんだって」


 わはは、と三人の冒険者は賑やかに笑った。

 その瞬間、ズンと地面が揺らいだ。

 三人は肩を跳ねさせて、不安そうに周囲の様子を窺う。

 山の木々がわさわさと動いて、奥の方で枝が折れるような音が鳴っている。なにか恐ろしいものが近づいている予感を感じながら、三人とも生唾を飲んで音の方を凝視した。

 そして、ついに姿を現す。


 ――それはまさしく怪物の行進だった。


 荒々しく木々をなぎ倒し、泥のような黒い血をまき散らす、巨大で醜悪なモンスター。バオォォ、と轟音を鳴らしながら、それは弱く儚い人間の前に現れた。


「でたあぁあぁああああ!」


 ギャアギャアと悲鳴を上げながら、狂乱して山を駆け下りていく三人。集めた薬草を放り投げ、命が一番大事なんだと主張するように、全てをかなぐり捨てるように全力で走っていく。

 その日から、あの山にはアーミィベアと並ぶ怪物が棲んでいると話題になり、より一層近づく者がいなくなった。


     ▽


「おい、顔覚えたからなてめえら! 好き勝手言いやがって、あんなクソ熊のゲロと一緒にすんな!」


 額の汗、いや血とゲロを拭う。

 なるほど軍隊熊アーミィベアね、よく言ったもんだわ。つまり軍隊アリの熊版みたいなものだったのか。

 巣に獲物を持ち帰るために手段を選ばず、一体一体がたとえ無駄死にしても追いかけてくる。統率が取れているように見えるのは、あの数で動いているのにどいつもこいつも自分の保身を考えていないからだ。


 崖で身体を張って橋渡しになった熊は、数分も持たずに底へ落ちていった。なのにまったく気にする事なく、新たに橋になる熊が現れる。そういう生態なのだ。


「女王みたいの倒せば止まんのか? 巣はどこにあるんだよ、クソ」


 一体ずつは大したことないとは言うが、それはA級討伐対象のモンスターとしては、という意味だ。一体一体ちゃんとそこそこ強くてウザい。


「ちっ、追いつかれたか」


 木々の間から一体飛び出してくる。

 すると続けざまに、大量のアーミィベアが雪崩のように転び出てきた。

 くそ、さっきより増えてやがるな。


「――んん?」


 ワラワラと群がる熊の中に違和感を見つける。

 ほぼすべての個体が黒っぽい茶色をしているのだが、一番最後尾に若干赤っぽい茶色が見える気がする。


「なんだ? っ、まさか、っ、おい」


 襲いかかってくるのを棍棒で潰しながらよく目を凝らすが、やはりそこだけ少し明るい。


「おいおい、あれか? あれが女王か! 女王だよな!」


 その瞬間、赤茶の熊と目が合った気がした。

 女王らしきそいつが吠えると、より一層苛烈に攻撃を仕掛けてくる。


 あいつだ、間違いない。

 あいつが熊たちに命令を出している。

 俺が女王の存在に気がついたのがわかったのだろう。殺せ殺せと、焦って指示を出しているのだ。

 つまりこいつらにとって、あいつが仕留められると困るということだ。


「そういうことだな、てめぇら」


 俺は棍棒を担いで中腰に構える。

 足に意識を溜めて、全身の筋肉を前へ進む事にだけ集中させる。


 ――縮地、という技があるらしい。

 かつて住んでいた日本の武士たちが、戦いの際に使っていた歩法だ。

 一撃必殺の日本刀と対峙する場合、間合いをとてもシビアに捉えなければならない。間合いの外から一瞬で懐に入り、勢いそのままに斬りつける。それが武士たちが編み出した技であり、ひとつの解答だった。


 話に聞いただけで再現できるわけがないのはわかっているが、それはあくまで研ぎ澄まされた技という意味だろう。

 今の俺には、人並み外れた怪力が備わっている。


 剣を振るえば大地を砕き、腕を振るえば木々をなぎ倒し、地面を蹴れば空を跳ぶ。

 オークの身体に宿った膂力は、話に聞いただけの動きを再現するに至った。

 さっきまではもらい物のフルプレートの鎧が邪魔だったのだが、熊にズタボロにされたし、もはや関係はない。 


 ――これはただの突進だ。

 だがその速さは、エルドラ曰く音を置いていく。


音越豚頭おとごえ


 イメージは一発の弾丸。

 撃鉄に打たれ、火薬が爆ぜる勢いでただまっすぐに跳んでいく。

 障害はすべて打ち抜く。ただ標的を打ち抜く目的を達する為に、すべてを捨てて到達する。


 そして見事、赤茶の眉間を打ち抜いた。


 振り下ろした棍棒の先で、アーミィベアの頭蓋は跡形もなく潰れてしまった。

 ふっと息を吐いてついて振り返れば、俺が通った道はぽっかりと開いていて、弾き飛ばされた熊たちが両脇で固まっている。

 逃げるような気配はなく、放心したように止まってしまっていた。


「当たりか。じゃ、終わりかな」


 ホッと一息つく。

 深く息を吸ったら、ゲロの臭いで咽せた。


__________________________


 

オルクスは転生前にアニメやらゲームやらで得た武道の知識で、あれやこれやと技を編み出している。

そのほとんどが無茶苦茶な力業で、ときどきマジで追い詰められるとそれを使う。


次回『商業ギルド』



 

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