出会いは光を失ってから
泡沫 知希(うたかた ともき)
少女は
「『泣きたきゃ泣けばいい。助けてくれる奴がいるだろう。だが、それが許されているのは太陽の光を当たることが許されている人間だけだ。』それくらいなんとなく知っている。そうでしょ?」
「よく知ってたな。そうだ、正解だ。」
「だけど、今の私が交渉するというのは賢くないと言いたいのでしょ?」
「分かっているのに…。なぜこんなことをしているんだ?」
男は少女に対して冷たい視線を送り、口にくわえた煙草を取る手首には、影とは違った模様が見える。側には鍛えられた体躯を持つ男たちがいて、男自身に合った質感のあるスーツを着ている。この部屋で一番偉いことが伺える。
少女は両手に震えている男の子と女の子と手を強く握りしめ、グズグズと泣く二人に声をかける姿は、心優しい女神であった。しかし、時折男を見る目は力強い意志を宿し、手負いの狼のようであった。
「お前たちを殺すことはすぐにできるが…」
「しないでしょ」
吐き捨てるように少女は言葉を遮った。少女の近くにいた一人の男が
「おい、お前!ボスの言葉を」
「いい。気にするな」
ボスはスッと手を挙げて、男を止める。
「ですが…」
「合図があるまで待て。指示は守れよ」
「分かりました」
男は元の位置に戻る。ボスは指先で机をコツンと響かせると、ボス以外の全員が少女たちに拳銃を向けた。ボスは少女を見て
「なぜそう言える?」
少女は周りの手下たちに向けられた拳銃なんか気にせずに、はっきりとした声で続けた。
「だってすぐに殺さなかったから。あなた達みたいな人なら、処理ができる人脈もあるし、私たちみたいな親や親族がいない子どもの処理なんてすぐ出来るはずなのにしなかった。それは殺せない理由があるからでしょ?」
少女の首を傾げてボスを見る姿は一見すれば子どもであるはずだが、周りが一歩足を引いてしまいそうな圧を感じる。ボスは緩く上がる口角を隠せないまま
「…臓器売買を考えているとしたら?」
「それもない」
「なぜ断言できる」
「それを私が言う必要は?」
「無いな」
「なら、この向けられている拳銃を降ろしてもらえますか?弟と妹が怖がってるの。…おじさん」
ボスはタバコを取ろうとしていたが、石のように固まった。少女を見る目を細めて
「……私はまだ20代後半だが」
「何とぼけてるの?ほぼ確信しましたよ。叔父さん」
ボスの瞳に映る少女は不敵な笑みを浮かべているのでした。
ボスは大きな息を吐き、
「勘違いじゃないか?」
「それは無いと思いますよ。似ています」
「誰にだ?」
「それこそ心当たりがあるのでは?」
「生憎、人と関わることが多すぎてな」
「ある時までは一番長く一緒にいたのでしょ?」
「…どうだったかな」
「はぐらかすのも構わないですけど、今日は与えられた部屋で休むので」
少女は黒に囲まれているのも気にせずに、弟と妹の手を引いた。ボスに背を向けて、正面の扉に足を進める。しかし、一部の男たちが少女と扉の間に来る。
「どいて?部屋に戻るから」
「ボス!どういたしますか?」
「いい。部屋に帰してやれ。後、見張っておけよ」
「分かりました。おい、さっきの見張りがそのまま見張れ」
「「はっ」」
少女は小さい背中ながらも、周りの男たちが心が震えるような化け物を飼っていた。弟と妹には天使が優しく包み込むような顔をしながら。
ボスはスッと胸ポケットからタバコを取り出して、薄紅色の潤う口元で加えたまま
「なぁ、あいつは家の跡取りにふさわしくなるな…」
「そのようだな。あいつとは違う…」
ボスと言われた男の左の扉から、ボスと同じ男が入ってくる。髪型も服装も、タバコを持つ姿も同じだ。違いはネクタイの色しかない。椅子に座るボスの近くでもう1人のボスは机に腰を下ろしながら、顔を近づけて
「ちゃんと俺たちと同じものを持っていた」
「弟と妹にはあいつと同じように無かったな」
「楽しみだな」
「あぁ…。楽しみだ」
目を細めて、口を手で隠すようにタバコを持つ。子どもが内緒ごとを話すように見えるだろう。手の隙間から見えた口元は、ここを地獄に変えてしまった。
出会いは光を失ってから 泡沫 知希(うたかた ともき) @towa1012
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