第一部

ずっといっしょで、ずっとなかよし

はしれ はしれ




 走る。


 走る、走る走るはしる。

 教室を飛び出し、宵闇に翳る廊下を。

 見えない亡霊ばかりの暗がりを掻き分け、階段を飛び降りるような転げ落ちるような勢いで、背後なぞ振り返りもせずに、走る。

 喉の奥を震わせている身体の内側から込み上げてくるものが叫喚なのか、果たして堪えきれぬ笑い声なのか。確かめたくも固く結んだ唇が邪魔をする。

 逃げるために走っているのではないと分かっていた――だって、どこへ逃げるというのだ? たったひとつを除いて、逃げるような場所なんてどこにもないのに――ただ、沸き立つような興奮に突き動かされ、じっとしていられなかっただけだ。

 

 校舎と校舎を結ぶ宙に浮かんだ真っ直ぐな渡り廊下は、薄暮のなかで、両脇にずらりと並んだ窓ガラスを、連なる鏡に変えている。次々と沢山のニセモノの姿を映し出しては、駆け抜けるたびに後ろで消えるそれは、まるで鏡の迷路のようだ。

 どれでもひとつを選んで蹴破ればニセモノは姿を消し、迷路から抜け出せる気がした。

 確かめたいと思うのに、赤く染まった上履きバレエシューズの足は踊り出したあとは止まる術を知らないとでも言いたげに動き続け、忽ちに鏡に模した窓ガラスは遠ざかる。

 

 走る、走る走る走る走るはしる。

 非常灯に照らされ緑色をした廊下を踏み越え、怪物の腸のような階段を飛び越え、澱んだ空気を掻き分けて。

 

 薄青に沈む昇降口が見えた。

 途端、どこまでも止まることのないと思われた足は、斧で切り離すこともなく、立ち止まるのだった。

 両足は、ガクガクと揺れる地面の上で危なげにバランスをとっている。

 肩で息をしながら、金気臭いベタつく両手を、ぎこちなく開いたり閉じたりしてみれば、右手の隣り合う中指と薬指、左手の人差し指と中指が、ぺたとくっついたまま離れない。無理矢理に手のひらを開き、剥がそうと試みたものの、ちょっとやそっとでは離れないし、小刻みに震える指では力を入れたくても入りやしなかった。

 なるほど血糊、とはよく言ったものだと変に感心していると突然、


 『こんなことして何になるの』


と、言う泣きそうな声が聞こえた。

 まったくその通り。

 ベタベタする真っ赤に染まった靴では、もう遠くへなんて行けやしない。

 そもそも何をしたって、何もしなくたって、どうにもならないし、僕はどこにも行けないのだから――



 

 ねえ、アサヒ。

 僕がもっと早くこうすれば良かったんだ。


 

 




 

 




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