別世界の食卓から〜平社員の買ったり飲んだり〜

行徳のり君

一章 妖精と僕

第1話 異世界に 移動して 妖精と会う 前

 中年の下り坂に差し掛かった独身サラリーマン。それが僕だ。

 そんな僕は、ひょんなことから、いすゞ自動車の旧車を手に入れた。

 エンスー趣味というより工作好き、ゴミ屋敷の主である僕は喜んだ。

 工房と自慢してるがぼろいガレージで、旧車のエンジンを弄っている時である。

 僕はキャブレター調整をミスってホーンを壊し、スパナを落とした。

 その衝撃で支えが外れ、僕は落下するボンネットに強かに頭を打ち付けた。

 

――小さな小鬼をその時僕は見た気がした。


 幸いにも軽症であったのだが、それから不思議な体験をするようになった。

 具体的には空腹で車を弄る時である。


――当初は混乱し、精神科にも駆け込んだ。


 だが人間とは学習する動物である。

 何度か繰り返せば慣れ、そのうちソレが普通となった。

 そして僕は幸か不幸か天涯孤独。

 かつ好奇心は旺盛な性質である。

 そんなにしないうちに、僕はこの現象を楽しむようになっていた。


――車が、恐らくアニメやゲームで言うテレポート地点だと気づいたのは何時の頃だったか。


 不動車を直そうとするたび、異世界にぶっ飛ばされてはビビっていたのも懐かしい。今では僕は数種のルールを覚えて楽しんでいた。


①転移場所はランダムだが、危険な場所には送られない

②転移するときに持っていけない物がある

③言葉はヒトなら通じる、そして転移場所では飯が食える


 特に③が重要であった。

 この手のことってフィクションだと相互通行可能で一か所が多い。

 だが、僕の場合は飯が食える場所限定である。

 理由は知らない。


……世界を救うとか、問題解決しろじゃないので僕は油断していたのだろう。


 そんな休日のある日、僕は妖精を拾った。



 地方都市の荒廃する郊外に僕の家はある。

 当初僕は彼女を妖精ではなく、デカい蛾だと思った。

 朝だから残っていたのだろうか?

「……でっかい蛾? 蝶?」

 思わず呟くほどの大きさだ。

 赤ん坊の顔程ある、サイケなガラの蛾である。

 心無い輩がスプレー缶で塗ったのだろうかと思っていると、彼女は動いた。

「蛾じゃない!」

 小さな声だが人間の言葉に思えた。

 はて何が言ったのだと思っていると、ふわりと浮かんだ蛾。


――否、人型の何かである。


「私が見えるんでしょ?」

 精巧な人形かと思った。

 すらりと長い手足の小さな女性である。

 不思議な色合いのズボンとシャツ、羽を出すためだろうか。シャツの背中は大きくえぐれている。

「見えてる。うん、妖精か」

 どっかの世界で見かけたことがある。

「そう。って! 何流してるのよ!」

「いやだって」僕は言葉を選んだ「今更だし」

 オッサンは心に棚を作ったり、意図的な無視が得意になる生き物である。

 それでも妖精は不思議だけれども。

「む、貴方を見込んで話しかけたのに!」

 そう言う妖精。

 僕はしばらく考えてから彼女に言った。

「立ち話もなんだ。お茶でも出すから話を聞こう」



 僕は他は駄目でも、キッチンと洗濯機周りは整理整頓を心掛けている。

 一人暮らし当初の失敗を僕は大いに反省したからだ。

 そんなキッチンのテーブルの上に、妖精はスマホの空箱を椅子とテーブルにして座っていた。中々にファンシーな光景で、かわいいもの好きの中年ならフィギュアで真似出来そうだなとつまらないことを思う。

「……小さなコップがなくてね」

 ガチャガチャのコップでパックの紅茶を出すと、彼女は気が利いてると思ったのかウンウンと頷く。テーブルクロス代わりのハンカチも気に入ったらしい。

「それで、人間。アンタ名前は?」

 僕は珍名である苗字と、ごく普通の名前を告げる。

「じゃあコーね」

「即座にあだ名で呼ぶのはどうかと思う」

「いいじゃない。で、コーにお願いがあるの」

「お願い?」

 妖精からの頼み事だ。その前に僕は彼女の名前を聞いた。

「内容によってはやぶさかじゃない。が、その前に君も名乗ってくれよ。妖精って呼ぶのも変じゃないか?」

 そう言われたからか、彼女は名乗るのだが――聞き取れない。

 不思議なこともあるのだなと思うと、彼女は言う。

「よくあることだわ」

 ふーんと思いながらも、不便だなと思う。

「モルフォでいいから」

 突っ込もうと思ったものの、僕は黙って続きを促した。

「じゃあモルフォ、君は僕に何をお願いしたいんだ?」

 彼女は僕を見上げて言った。

「お買い物、それからお料理」

 

……おやまあ、変な頼みである。


 というか考えると日本で妖精と言うのも変な話だ。

 妖精はウラル山脈の西側の存在ではなかろうか?

「ダメ?」

 モルフォが困った顔をするので、僕は答える。

「ダメじゃない。ないんだが、分からなくてね」

 疑問は聞けるときに聞くに限る。

「僕である必要があるのかい?」

 モルフォはじーっと僕を見た。

「なんだよ」僕は彼女に責められている気になった「変な事じゃないぞ」

「大ありよ」

 そうモルフォは言う。

「世界を越える秘儀を何度も試みて、それでいて変質しない」

 大げさな物言いに、僕は苦笑いした。

「好奇心の結果だよ」

「それでもだわ」

 彼女は僕に頭を下げた。

「そんな貴方なら、きっとお買い物もお料理も出来ると思うの」

 何だか話が大きくなった気がする。

「で、僕は何を買って何を料理すればいい?」

 モルフォは答えた。

「世界と不死鳥の卵料理」

 スケールのデカい話だなと、僕は気が遠くなった。

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