歌を忘れても

Canarie

第1話

明は、ベルリンに来て数日後、再来週から通う大学の学生課に行って寮の鍵を受け取った。


「ええと、、これが鍵で、相部屋なんですよね。同じ器楽専攻の学生で同い年だとか。」


明は、留学を決めた半年前からは勉強していたものの、相変わらず苦手なドイツ語で辿々しく話す。学生課の職員だけあって留学生の辿々しいドイツ語には慣れている様子だが、ドイツ人は日本人と比べて表情が無愛想だ。学生課の職員もサービスの笑顔などは皆無で、アジア人と比べて鼻が高く彫りが深いのも相まってなんだか怖く、おどおどしてしまう。


3ヶ月前の入試の際にも渡航はしたのだが、別に明が望んで留学先をドイツにしたわけではなく、恩師に勧められて受験したため、ドイツに愛着もなければ、ドイツ語にもドイツ人の表情にも全く慣れない。



「はい。同室は、音楽学部器楽科フルート専攻の学生で、同じ2年生。ミカエル•シュルツさんです。、、少々無口な点もありますが、音楽学部の特待生ですし、色々知っているかと。

あ、来ました。彼です。では、寮や大学の案内は彼にお任せいたします。良い午後を。」


中年女性の事務員は、淡々と説明すると明の後ろの学生を見て完全に丸投げし、踵を返す。


「あっ!?ちょっと、、あの、、」


「貴方がアキラですか?

日本からの、アキラ•ナカモトさん?

、、私はご紹介もありましたが、ミカエル•シュルツ。フルート専攻、出身はフランクフルトです。

同室とのことでよろしく。」


明が事務員が消えるのに動揺していると、後ろの学生が一歩近づいてきたので振り返る。

明より7センチ以上背が高くすらっとしているが、ドイツ人としては平均よりは若干小さめで、身体つきもヒョロリと痩せている。全体的に色素が薄く、ドイツでも珍しいプラチナブロンドが目立つ。切れ長の目はアイスブルーで、鋭く氷を思わせるが、冷たいと言うよりは怜悧という印象だ。シャープな印象の顔立ちがそれを余計に引き立てる。何より、氷のような険のある瞳がこちらを見透かすようで気後れしてしまう。明は接し難そうなミカエルの雰囲気に余計に不安になる。


「、、うん。俺がアキラ。中本明。

あんまりドイツ語得意じゃなくて話すの遅いと思うけど。宜しくね。出身は東京。」


明は、ミカエルの差し出してきた、白く、明よりは大きい手を軽く握り、握手する。ミカエルはしっかりと握ってきてまっすぐに明の瞳を見たが、にこりともしないので上手くやれるか不安は増した。


「、、英語もできますので。英語にしますか。

私はどちらでも構いません。ただ、それだけドイツ語が苦手だと授業で困るかもね。」


ミカエルがいきなり英語で話し出して、驚いているとかなりの直球でドイツ語ができないのを指摘され、先に歩くミカエルについていきながら片手で頭を掻きながら再度ドイツ語で話かける。


「いや、実をいうとどっちもあんまできないし。勉強のためにドイツ語でお願い。」


こちらの歩幅が小さいことも気にせずに、つかつかと速く歩くミカエルはやはり接し難い。でも、一方で、事務員と比しても聞き取りやすいようにはっきりとゆっくりと話してくれているのも分かり、意外と気を遣ってもらっているのを感じた。



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