悪い噂のあの子と一緒に帰宅する話
仲島 鏡也
第1話 花を見に行こう
学校の授業がすべて終わった。ホームルームも終わって、クラスのみんなはそれぞれ部活に行く準備をしている。
部活に情熱を持っている者はおらず、サボりたいだの面倒くさいなどの声が多く聞こえる。だったら辞めればいいのにと涼真は思う。だけど仕方ないとも思う。高校のしきたりで生徒は必ずいずれかの部活に所属しないといけないからだ。つまり誰も部活という呪縛からは逃げられない。部活には行きたくなくても参加して、活動にえっちらおっちらと専念しなければならないのだ。
——この保持涼真を除いては、だが。
涼真は帰り支度を終える。昇降口に向かう。下駄箱で靴に履き替えて、そのまま帰路につこうとする。
「一緒に帰ろうぜ涼真くん」
声をかけられる。
声のかけられた方を向く。声の主は、ゆるいくせっ毛の黒髪が肩に触れており、目つきは鋭く、黒いマスクをあごにひっかけて、制服の上にパーカーを羽織っている。壁に体重をあずけて、小さめのリュックサックをだらしなく手に持っている。
そういえば、もう一人部活の呪縛から逃れている人物がいた。
「どうせ暇でしょ?」
それが彼女、碧川翠だ。翠はにやりと笑いこちらにたったと近づいてくる。
彼女はこの学校で唯一の帰宅部である。ちなみに涼真はただの無所属だ。決して帰宅部ではない。
「さあ、帰宅部の活動開始だね」
彼女は、帰宅部は立派な部活動であり、涼真を部員だと勝手に決めつけて帰り道についてくる。
「ふっ、なにか裏があるに決まっている」
「ん?」
翠が小首をかしげる。
彼女は裏でこの学校を牛耳っていると噂のある生徒だ。先生を脅し、特別待遇を受けて現在は帰宅部として活動しているとの噂もある。高校生活という青春の一ページを踏みにじってまで彼女が放課後にしていることは、きっと口には出せないような悪いことに違いない。そして彼女は涼真を同じ道に誘い、堕落させようとしてくる悪魔に違いないのだ。
「碧川翠。今日こそ貴様の鼻を明かしてやるぞ!」
「花? きれいだよねえ。よし、今日は花を見に行こ」
ん?
「いい場所を知ってるんだよね。じゃあ、レッツゴー」
彼女が校門を指さして、そのまま駆けていく。こちら振り向き、早く早くと手をこまねいている。涼真は慌てて彼女の後ろをついていく。
「ま、待って」
「遅いぞー」
彼女がいたずらっぽく笑っている。
あれ? なんでこうなった?
▽▽▽
連れてこられたのは公園だった。ただの公園じゃなくて、入場料が必要な立派な公園だった。別に入場料を払わない公園が立派じゃないとかそういう話じゃないけど、それでも入るのにお金が必要かそうでないなら整備とか設備が違う気がする。いや、それは主観の話であって、実際にはそんなことはないのかもしれない。だけど主観も一般論に基づいた意見になっているはずで、って誰に言い訳してるんだこれ?
「またなんか難しいこと考えてる?」
翠の顔が近い。まつ毛が長いのがよくわかる。こいつは距離感がバグってる。最初の頃はドギマギさせられたが、今はもう慣れたものだ。
「顔赤いよ?」
全然慣れてなかった!
「それよりも何の花を見るのさ。危ない薬の原材料になるやつとか?」
「逆にそんな花あるの?」
知らない。
「今日はね、藤を見ようかなって。すごいよ。きれいすぎて、見たら感動して口が開いたまんまになるから」
「そんな馬鹿な」
と言いながら歩いていると、遠目に藤の花が見えてくる。鮮やかな紫が天井から垂れ下がっている。さらに近づいていく。天井は藤棚と呼ばれるものらしく、そこから藤の花が降りていて手を伸ばせば届く距離にある。よく見てみると、ただの紫色じゃなくて青色にも近い紫だ。たまに花びらが降ってくる。その様子を眺めた。花びらが地面に落ちていく。地面は花びらが敷き詰められている。まるで絨毯のようだ。
「ほら、涼真くん。口開いてたよ」
横を見ると、猫のような目を細めた翠がいる。慌てて口を閉じる。翠はそんな様子を面白がって笑っている。
「俺じゃなくて花を見なよ」
「だってこっちの方が面白いし」
他にも花はいっぱいあるんだよ、と翠に手を引かれる。
周囲に満ちている甘い香りは藤の花だろうか、それとも——
まあ、帰宅部も悪くないかなと、涼真は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます