手記についての論考依頼

猫科狸

内容



元琉○大学アジア文化学科講師民譚研究家・作家 伊敷来礼二について


行方不明者の遺物である手記についての論考依頼


※情報保護、特定を避ける為一部改変あり※手記内容一部引用


なれる


ここら一帯は猫が多い。庭に食べ物を置いてると、翌日には無くなっている。庭に猫が来てくれたんだ、と嬉しかった。毎日置いているのだが、猫はまだ警戒しているのか、食べている瞬間を見たことがない。慣れて姿を現すまでは焦らず待とうと思っていた。この前仕事中に家の前を通ったら、庭に『こけし』がいた。次の日から食べ物を置くのは止めにした。      

      1997年 〇〇県〇〇市にて


のこす


出勤途中にあるアパートの駐車場に、鳥の死骸があった。翌週は、猫の死骸、その次は犬。一度見かねて処理しようとしたのだが、アパートの住民から「これがないと困る。そのままにしてて」と咎められた。何が困るのかは聞けていない。


   〇◯県〇〇市 メゾン〇〇駐車場にて


つき匂


〇〇方面行きのバスで後ろから三番目の席は、仕事帰りの男性が乗り込むと必ず女性用香水の匂いがする。一度だけ、この香水の匂いがした時「良い匂い」と呟いた。その後三日ほど、匂いが染み付いて離れることは無かった。ちなみに女性がこの席で同じセリフを言うと腐臭がするらしい。現在もこのバスは運行している。


    〇〇市〜〇〇◯行き 〇〇バスにて


おもし


〇〇県の国道にあるトンネルで後向きに歩いていたら身体がドンドンと重くなっていった。立っていることさえ辛くなる。這いつくばりそうになるが、地面に平伏して何かが起こったらたまったもんじゃあない。中腰になり必死に堪えていると「前にすすめよ」と声がした。そうか、それが良いと前に進むと、すっと身体が軽くなる。お礼を言おうと辺りを見渡すが誰もいない。そもそもなんで後ろ向きで歩いてたんだろう、と疑問に思いトンネルの壁を見ると(後ろ向き注意)と書かれていた。


  2011年 国道◯◯号線〇〇トンネル内


簡単な


〇〇市のオカルト好きが話していた方法。夜、できるだけ灯りの無い所へ車で向かう。何処でもよいので塀を探し、塀に向かって5m程前に車を停める。車のライトを3回点滅させる。堀の上に人の顔が見えたら成功である。簡単に怪異と出会う方法だが、堀の上でなく車の前に見えた場合には要注意。注意したところで、だけども。


         1999年 九州地方にて


んどゅる


ふと目を覚ますと、いつも窓から誰か覗いているんです。カーテンを閉めていても覗かれていることが分かる。感じるんです。でも恐ろしさはありません。部屋というものは安心の塊なので、心配することはないと何故か確信があるんです。なのでそのまま寝てしまう。いつものように目が覚めて覗かれている事に気が付いたとき。コンコン。窓を叩かれて少し驚きました。

「いつでも入れるぞ」

脳内に不安が広がって。何故盲信的に部屋は安心だと感じていたのだろう。窓一枚しか隔てていないのに。ということは部屋どころか――


2014年比◯井病院精神科入院男性談話記録


例一


私がね、バリバリ働いてた頃なんですけどね。当時は働くことでしか私のアイデンティティは保てなかった訳ですよ。身を粉にしてね。プライベートなんて無かったですよ。勿論。お金を稼ぎたかったとかそんな理由では無いんです。認められるといいますか、必要とされることが嬉しかったんですね。とっても。まぁ今考えれば会社として「私」個人を必要としている訳では無かったのでしょうけど。兎に角毎日必死に働いていたんですよ。でね、そんな毎日の中、唯一ゆっくりできるのが、タバコの時間だったんです。会社の喫煙所で缶コーヒーを飲みながら4.5分一服するだけなんですけど。


夜中の二時くらいですかね。眠気覚ましの一服をしようと喫煙所に行ったんです。喫煙所に得たいの知れないものが居たとか、化け物がいたとかなんてのはありませんよ。もちろん誰も居ません。一人です。でね。タバコに火をつけるんですよ。私はタバコの一口目が凄く好きでね。胸一杯に吸い込む訳です。で、暫くぼーっとしながら吸ってたんですが、何か違和感を覚えたんです。タバコが、減ってないんですよ。あれ?ってタバコを見直すと、火がついてないんです。いや、絶対に吸い込んでるわけですよ。煙を。だってさっきまで吸ってたんだもの。疲れてんのかなーって、今度はしっかりと火をつけたのを確認して、また吸い込んだんです。しばらく味わって、ふとタバコを見ると減ってないんです。火もついてない。いや流石におかしいと思って。ぼーっとしすぎて吸い終わった後に無意識で新しいタバコ取り出してんじゃないかって思いました。それで灰皿見るんですが、何の形跡もないんです。此処まできたら意地ですよね。絶対に吸い終えてやるって。何回も何回も同じ事を繰り返してて。

「コラ!いつまでやってんだ!」

上司が喫煙所に怒鳴り込むまでずっと繰り返してました。時計を見たら喫煙所に来てから二時間くらい奮闘してたみたいです。とりあえず仕事に戻りましたよ。その後何回か喫煙所に行ったんですが、もう普通にタバコは吸えました。


んで、明け方、仕事も一段落して、一旦家に帰ろうってなったんです。カバンを持って会社から出たんですけど、カバンが無いんです。あれっ?て思いながらデスクまで戻って確認したらカバンが置いてあるんです。嫌な予感がしましてね。しっかりとカバンを手に持ったことを確認して、会社を出るまでしっかりと見ながら、もう視線を逸らさずにいたわけです。絶対に。会社を出てカバンを確認したら、しっかりと手に握られていました。そりゃそうですよね、私が持ってるんですから。ただ、変なことがあったからちょっと不安だったんです。ホッとして駅に向かおうとしたら、ありませんでした。カバンが。怖いとかそんなの事より苛つきましてね。こっちは早く帰りたいのになんだってんだと。疲れてんだと。苛つきながら会社を見上げたら、窓から誰かがこっちを見てるんです。よく見ると、それは私でした。私自身。

あ、持ち帰れてないんだって。


翌月には会社を辞めました。身体も精神も限界なのかなって。今は小さな会社でゆっくりのんびり働いてます。


 2016年 〇〇県〇〇◯市 〇〇第一ビル


例二


えーっと。まぁ広く九州地方の話としましょう。私の同級生が体験した話。私も当時通っていた高校。地元では有名な「出る」と言われている学校だったんですよ。怪談話や奇妙な話をあげると枚挙に暇がない。校舎は小さな山の谷間にあり、正門から校舎までの道が長い坂になっていました。でね、この高校の近くには川があるんです。川っていってもほんっとに小さな川。この川は、正門を抜け、校舎に向かう坂の途中にある橋を渡って、道に沿って進んでいった丘陸の麓にありました。道は整備されておらず、転落防止のロープが張られているだけ。山の中なんで周りは木に囲まれており真夏でもなんだかジメッとして嫌な感じでしたね。ある夏の日。友人、Aとしましょう。ここからはAが話してくれた事、そのまま話します。私の憶測とか付け足しとかは全くしてませんからね。


あの日暑くてさ。めちゃくちゃ疲れてたんだよね。校舎を出てから正門まで伸びる坂を上ることを考えると物凄く嫌になる。ふと、坂の途中にある橋を渡ると大通りまでの近道になると誰かが話していた事を思い出したんだよ。そこから帰ろうって。坂を上り、橋を渡る。日差しはまだ照りつけてたんだけど、橋を渡ると一気に周りが冷え込む様な気がしたんだ。蝉の音に囲まれながら進んでいくと、川に行き着いた。分かるだろ?あの川。そこでさ、何となく、本当に何となく、川を覗き込んで少しぼーっとしてたんだ。暑さにもやられてたんだと思う。ふと気が付いたら、先程まで五月蝿いくらいに鳴いていた蝉の声が聞こえない。校舎から聞こえていた吹奏楽の音、道を走る車の音、全てが消え、水の音しか聞こえない。少し怖くなってさ。すぐにこの場を立ち去ろうとしたんだよ。でもすぐに足が止まった。先に見える道に何か赤いモノがあるんだ。草木に囲まれたこの場所で、その赤は物凄く異質に見えた。めちゃめちゃ怖くて。でも帰るにはこの道進まなきゃならないし、ゆっくり進んだったんだ。で、恐る恐る確認してみると、だたの赤い布なんだ。気持ち悪っておもって。布の横を早足で駆け抜けた時


にちゃ


ねっとりとした音がして、つい振り向いた。振り向いた先にさ、赤い布を纏った荒れた髪の女性が立ってた。


「ねえ」


脳内に甲高い声が響いた瞬間、全力で走ったよ。一気に大通りまで駆け上って、バス停前のベンチに飛び込んだ。気が付いたら、さっきまで消えていた蝉の声、周りの音が戻ってきてたんだ。ちょっと落ち着いて、振り向いたらさ。さっきの場所で立ったまま赤い女性がこっちを見てるんだよ。そのまま家まで止まらずに走って帰ったよ。


どうです?本当に体験した話だそうです。後日、Aが先輩にこの話をすると「一人で川覗き込む事は駄目だ」と教えられたそうです。あれは何だったのかと聞いてみたんですが、先輩は何も教えてはくれなかったそうで。因みにAは、この話私にした後「赤い女を見たと他人へ話してはいけない」という噂が存在している事を知ったらしくて。それを伝えるとAは不安そうに笑って「何かあったら宜しくな」って言ってました。その川は勿論今もありますよ。川を覗くなって看板立ってますけど。


    2016年 〇〇県〇〇工業高校近辺


この手記も何代目だろう。今まで数々の奇妙で奇怪な談を探し回ってきた。多少の脚色、妄想、憶測が入っていないことは否めない。それでも語る当人にとっては途轍も無い出来事に遭遇したと記憶に刷り込まれている。これは紛れもない事実であり、空想、妄想の類で終わらせることは出来ない。果たしてこの世には説明のつかない色々な話が多くある。こんなにも遭遇している人が多い中、全くと言ってよいほど怪異と無縁の人もいる。違いは何なのだろう。気付いていないのか。忘れているのか。所謂、霊感が無いから、というのは説得力に欠ける。それしか経験の無い人もいる。幽霊など見た事も感じた事も無い人も多数いる。勿論、ただの勘違いという事もある。見間違い。シミを人の顔に見間違える等。私達の脳で視ている物なんて信用ならないのである。正直、嘘かどうかは語り手を信じるしかない。自身の体験じゃないんだから。それでも、本当だと話してくれている。私が信じなければ、嘘だといえば、怪異なんて無い、と終わらすことは簡単である。


綺談における疑問と予測


疑問なのは、何故体験者と非体験者で分かれるのか。その違いは何なのか。そこに尽きる。これさえ分かれば、私も怪異に出会うことができる可能性がある。意図的に遭遇する方法等星の数ほど聞いたのだが、実際に試して成功した事はない。あるのならわざわざ全国を回って手記に記す事もない。


             ※手記より抜粋※個人情報保護の為一部改変を加えています           


―――以上が、手記の内容です。細かいところは省いていたり、あえて公開はしていません。

今回の報告につきましては、上記手記の内容と、手記の持ち主である伊敷来先生についての報告となりますので、ご理解お願い致します。

伊敷来先生なのですが、行方不明になる前にこの手記を記していたとの事です。

しかし、筆者が手記について調べていると疑惑が浮かんできました。

「そもそもこの手記は先生のものなのでしょうか」

所持していたので勝手にそう思っていましたが、この手記には持ち主であろう先生の名前は記されていません。そして手記に挟まれていた写真。



先生の写真と似てはいるのですが、違うのではないかとの意見が出ています。以下、手記にSDカードが挟まれており、その中に残されていた音声データを公開します。


以下 音声データより


(雑音)あなた、霊とかそういうの信じてないでしょ?分かりますよ。自分で体験してないから、信じたくても心からは信じられないんでしょ?まあ良いんです。えーとね、これはあくまで私の意見ですよ?考え方の一つだと思ってくださいね。(しばらく雑音)皆、霊感とか、第六感とか、そんな類の特殊能力といいますか、特別な人しか持っていない力がある、なんて思ってますでしょ。あれね、私は違うと思うんです。みんな、持ってるんですよ。分かりやすく言うなればやはり「霊感」ですか。それ。それって、特別じゃないんです。砕いて言えば、皆さん霊を見る力、関わる力は産まれながら備えてるんですよ。訓練なんて必要ありません。だって、皆んな特別な訓練なんてしなくても、今皆んな存在しているし、あなたも生きているでしょ?ということは皆さん備えている訳ですよ。産まれた時からお腹が空くように、眠くなるように、感じる為の準備は出来ているわけです。ただ、人には色々な機能が備わってきていますよね。進化ともいいます。人間が誕生した時から、体型も脳も全て変わってきているんです。私はね、やっぱり「霊感」といわれるようなモノ。それってね、人にとって不都合な事もあると思うんです。だからさ、あなたもわたしも、ラジオの電源を消すようにね、スイッチを持ってるんだと思っています。それはね――(雑音)(音声が乱れ、恐らく男性だと思われる別の声に切り替わる)


えー、(雑音)聞こえます?良いです?話しますよ?えーとね、バイクで走るのが趣味なんです。遠出はしなくても楽しいもんですよ。風を全身で感じながら、のんびり愛車と一体になって走るんですよ。もう最高。で、夜なんですけど愛車に跨ってあてもなくのんびり流してたんですね。街中を走ってて、信号で止まった時なんですが。前に止まってる車のバックドア、あれを開ける所に何かシミのようなものが見えるんです。多分何時もなら全然気にしない様な、ほんの小さな違和感。それが何故か気になってしまいまして、大体ゴミだったり、虫だったり、何かしら大した事ないものなんですけど。その時すーっと頭の中にあっ、これ人の手だって浮かんだんです。いや、手だったら見てすぐに分かりますよ。でもね、その見えるものは別に手の形してるわけでもないし、ただのシミなんです。だけど、物凄く怖くなってきて。全身震えて、バイクが動かせないくらいに。手だ、手が見えるって頭の中でグルグル回っちゃって。でね、おかしいもんで、本当にそのシミが、人の手になってるんです。もう、明らかに分かるくらい。更には、モゾモゾ動き出してる。


もうここで限界が来まして。震える身体に鞭打って、一旦道から逸れて端に移動して心を落ち着かせました。このままだったら事故起こしそうだったし。あれは、見間違いだって考えようとしてもダメなんですよ。何と言うか、必死に言い聞かせるんだけど、本能が認めないっていうか。で、どうにか落ち着いてバイクに跨って。その日はもう帰ろうと家に向かったんです。ここからヤバいんですけど、(雑音)車のバックドアだったりナンバープレートのところに、手が見えるんです。もうはっきりと。しかも、目に入る車全てに手があるんです。頭抱えちゃいましてね。それでも何とか家に帰れたんです。(雑音)あれから、バイクに乗っていなくても、見えちゃうんですよ。手。多分あれ、私が見えてること気付いてるんでしょうね。たまに手招きしてくるんです。恐らくなんですが、私の脳は完全にそれを認識しちゃったんでしょう。今までもずっと、あれは存在してて、私も、あなたもそれを見てたはずなんです。目では見てるはずなんです。ただ、理解できてなかったんでしょうね。私は怖いんです。手が見えるからとかじゃなく。いつ、見えちゃうのか、他にも気付いてしまうんじゃないかって、怖いんです。これ以上気付くなら、私はもう正気を保つ自信はありません。その時は、また愛車に跨がっちゃうんでしょうね。(以降音声が切り替わり、雑音と、どこかを歩いている音)


以上が、音声データの内容。


声の人物は発見されておらず、詳細も分かっていないのですが、先生は恐らくこの音声の録音以降に行方不明になった可能性が高いとの事です。

手記を調べたら何か手掛かりになると思いましたが、私には理解ができません。


どなたか情報頂ける方は、下記連絡先まで宜しくお願い致します。


行方不明者情報提供相談窓口 電話 (■■■)■■■-■■■■


文責・依頼者 猫科狸


※この記事・文書を閲覧後、如何なる事象が起きようとも責任は持ちません。 

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