第13話

 その翌日

 里莉がおでこに湿布を貼ってパート練習に臨んだのは言うまでもない。

 二日連続の二日酔いで、ふらふらする手つきでフルートをふくものだから、心なしかフルートの音も震えているように聞こえる。

 「有川さん。ビブラートが上手にできてるじゃない。」

 上原さんに褒めて貰ったのだが、ひょっとして皮肉かと思い、冷や汗が出る。

 またしても、トロンボーンパートの沙羅がニヤニヤ笑っている。

 でも、お昼前には、気分もすっかり良くなり、昼食の時間を迎えた。


 しかし、復活していくと、それと同時にやはり藤井さんのことが気になりだす。

 「あ~あ、今頃藤井さん何してるんだろうなぁ~。」

 ひょっとすると、カウンセリング中で若い綺麗な女性としっとりとお話をしているかも知れない。あの、イケメンで癒やしオーラの塊のような藤井さんだったら、女性のクライアントも沢山いるだろうし。カウンセリングを重ねていくうちに・・・

 何て、考えると何だかソワソワする。カウンセリングは基本、相談者と二人きりで密室で行うだろうからと、更に妄想は肥大化し、メラメラと炎のような得体の知れない球体が胸の中で暴れて手が付けられなくなるのだ。

 自分の中に、制御できないこんな感情が隠されていたなんて信じられない。


 部屋の隅で食事にも行かず固まっていると沙羅が来た。

 「そんなこと絶対に無いよね。沙羅。」

 「え、何?」

 「だから、その、つまり藤井さんと、可愛いクライアントさんがさ・・・」

 「う~ん。さすがにそれは無いと思うよ。藤井さんだって仕事なんだからその辺はわきまえてるよ。しかも奥さんと子どもさんもいるんでしょ。」

 「なんだけどね・・・。」

 かなりしょんぼりした様子なのだろう。見かねた沙羅が気を遣って、ドリンク剤を買ってきてくれた。

 「さあ。これでも飲んで元気だして!」

 「ありがとう。沙羅。」

 「さすがに、ビールというわけにはいかないけどね!」

 どうでも良いことだが、このドリンク剤は、色も泡の立ち方も何となくビールに似ている。瓶の色もそっくり!


 ヨタヨタしながらではあるが、何とか平静を保って昼食会場に行く。何だか、この合宿は「藤井さん」と「酒」の繰り返しのようになってしまった。肝心のフルートは悲しいことに、ちっとも上達した感じがしない。

 でも、周りの人の中にも案外、知らないところで恋の駆け引きをしたりで、おかしなテンションになっている人も実はいるかも知れないのだ。何といったて、学生の合宿なのだ。若い男女がこの狭いペンションの中で芋の煮っ転がしのように混じり合っているんだから、何もないと考える方が不自然だろう。まあ、私はその煮っ転がしの鍋から、何処かにはじかれて、一人転がっているような感じなのだが・・・。


 食事を食べた後、昼からの練習が始まる前、部長の藤野さんから演奏する曲の発表があった。

 「今度の定期演奏会で演奏する曲の追加で『カバレリア・スルティカーナ間奏曲』をしてみたいと思います。」

 「カバレリア?」

 「ルスティカーナ??」

 「カンソウキョク??」

 何だかよく分からないが、難しそうな曲名である。 

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