第13話
「そこでなにしてるの」
幼い声に、二人ははっと振り返る。……五人の子供たちが倉庫の外に立ちふさがるように立っている。気づかれた。子供たちの目は、暗く濁っている。
「あそこから飛び降りた……?」
「なんで逃げるの……」
「見ちゃったんだ……」
見ちゃった。その言葉を皮切りに、ゆら、と一人の少年がこちらに向かってくる。シャウラたちを閉じ込めた一番年長の彼だ。その手には、──大きな一振りの包丁。
「アレス!」
「はい」
「あ、あああああ!!!!」
シャウラに向かって、包丁を持った少年が突進する。そこにアレスが割って入り、素早く拘束する。子供の手から奪った包丁をアレスが掴み直し、子供たちに向ける。さすがに他の四人の子供たちが怯んだのがわかった。
「……悪戯では済まぬぞ。これが、どういうことか。説明して頂きたいのだが」
シャウラに包丁を向けた子供は、アレスの腕の中でなおも暴れる。
「離せよ!!おれたちがやった!!テオは悪くない!!みんな、こいつら倒せ!!」
アレスの腕の中でもがく少年を助けるか、他の子供たちは迷っている。これで全員がもし武装していれば面倒だ——、魔法を使って、強引にでも切り抜けるかアレスが迷ったその時。
「……もう、いいわ」
倉庫に声が響いた。
視界にひるがえるのは美しいミント色の長い髪。
「……もう、いいわ。ありがとう。ごめんなさい」
テオノーラは静かな声で、二人に向き直る。
「……ご足労をおかけしました、シャウラ殿下、そして騎士アレス様。……血液の提供を主導したのは私です。この占者を殺したのも私です。……どうぞ、罰は私に」
テオノーラがヴェーレ領の帳簿に介入したのは、伯爵夫人──テオノーラの母親の浪費癖のために予算に困窮したヴェーレ伯爵が、どうにか費用を捻出できないかとテオノーラに意見を求めてきたからだ。
帳簿の読み方はすぐにわかったし、その中で無駄を見つけるのも難しいことではなかった。父に褒められるのも、悪い気はしなかった。
惜しむらくは、幼少期は病弱であまり外に出られなかったテオノーラが貴族の見栄や機微に疎かったことだろう。無駄と呼ばれるものを省くには限度があり、両親を使用人の解雇に慣れさせてしまった。
最初こそよかったが、月日が経つにつれ、庭や家の中が荒んでいったのは言うまでもない。これには伯爵も夫人もさすがに焦り、時にはテオノーラに体罰を振るうようになった。逃れるように教会に通い、小遣いどころか自分のドレスも家財も売り払って孤児院の運営に放り込むようになったのは、金目のものなどあればあるだけ両親に奪われてしまうという危機感からだった。令嬢らしくなく働けて、しかも資金の提供も行うテオノーラは孤児院の救世主になり、子供たちは占者よりもテオノーラを慕うようになった。占者に教えられるがまま、汚く狭い孤児院に閉じ込められるように育った子供たちは、やがてテオノーラが来ると笑顔を見せるようになった。ある種の逃避行動に近い状態で始まった慈善事業への介入は、次第にテオノーラ自身の心のよりどころにもなっていった。
そんな生活が何年か続き、一年前、王都に仕事に行った伯爵が、いやに機嫌よく帰ってきた。
……嫌な予感がした。
「星のお導きがあったのだ。星は、我々を許してくださる」
星の神殿が提示した借金の内容は法外に破格だった。当然だ。背負うリスクが重たすぎる。
──金を貸す代わりに、禁止とされている血液の売買を行え、という内容に、ヴェーレ伯爵は頷いてしまったのだ。
(……何を、やっているんだろう)
血液の要求量は、月を追うごとに過激になっていった。伯爵はさまざまな地方から血液を買い集めるようになった。借金が先なのだか利子が先なのか血液の購入が先なのだかもわからない帳簿を、テオノーラは何度も真っ黒なインクで書き換えた。身体は両親からの体罰と自らをもって行う不足分の血液の提供でぐちゃぐちゃになっていた。
……占者の殺害に至ったのは、半年前だった。
酒に浸り、孤児院の運営もろくに行わない占者のことはテオノーラも知っていた。この地方に派遣されている占者を変えることをテオノーラは神殿に嘆願していたが、借金のこともあり、その要求は父に踏み潰され続けて届くことは叶わなかった。
その日は、いつも通り孤児院に赴いたさい、孤児の一人を占者が殴っているのを見てしまったのだ。部屋からは濃いアルコールの匂いがした。子供に馬乗りになって殴り掛かる彼は、どう見ても躾の度を超えていた。テオノーラの生活の、ほとんど唯一の癒しと言ってよかったこどもたちを、よくも!
テオノーラは手近な椅子を掴んで背後から近づき、占者を思いっきり殴った。気を失って倒れ込んだ占者を見て、テオノーラの脳裏はある、怒りとはまた異なった思いに支配された。
(これで)
(どうしよう、これで、払える……?)
……子供たちと、誰にも言わないと約束をした。幸いにしてというか、殴られ続けた子供たちも占者を恨んでいた。子供たちと結託し、テオノーラはいつも持ち歩いていた注射器を彼の肉体へと打ち込んだ。何度も。何度も。
全身の血液を抜いた彼の死体はどうすることもできず、倉庫に隠すことにした。それから、荒れていた花壇を、みんなで協力して薬草に植え替えた。増え続けるテオノーラの傷の治療のためでもあり、倉庫の異臭を隠すためだった。
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