二人きりの世界

坂餅

二人きりの世界

 四時間目終了のチャイムが鳴り響く。

 その音と同時に生徒たちは教科書を片付けて弁当箱を取り出す。先生は授業終了の礼を適当に終えると教室を後にする。

 完全な昼休みの時間が始まる。空腹であんまり授業に集中できなかった。四時間目は空腹で集中できないし、五時間目は満腹で眠たくなって集中できない。昼ご飯は少なめにしようかな? 私がそうやって一人で考えていると。

「ねえ花灯かとうさん、お昼ご飯食べに行きましょう?」

「あ、うん。そ、そうだね」

 隣の席の神乃しんだいさんが、その小柄で可愛らしい見た目通りの声の高さだけど、どこか大人びた雰囲気を感じる声で私に話しかける。

 神乃さんと一緒にお昼ご飯を食べるようになって約一月、私達がお昼ご飯を食べている、二人きりになれる世界、今からそこへ向かう。

 すでに神乃さんの準備は終わっている、私が準備するのを待ってくれているようだ。

 私がお弁当を取り出すと、神乃さんは軽やかな足取りで私の手を取り、教室を後にする。向かうのは校舎の外側、校舎の内側の中庭は昼ご飯を食べる生徒達でごった返しているけど、その逆は靴を履き替えないといけないからか人は少ない。人がいたとしても、いるのは二人の世界に入りたいカップルが数組ぐらいの場所。

 私と神乃さんはそんな外側でも完全に人がいない、人に見られることの無い非常階段でお昼ご飯を食べている。

 完全に二人きりの世界に入った私達は、階段の幅より小さいレジャーシート代わりの敷物を敷いて、その上で肩を寄せ合う。

 ご飯は食べにくいけど、少しでも神乃さんの体温を感じていたいから別に不満ではない。それは神乃さんも同じで、私の肩に頭を乗せてくる。

 ずっとこうしていたい、そう思っても私の腹は空気を読まなかった。ぐぅ~っと腹が鳴る音が聞えた、それは神乃さんにも聞こえていたらしく。

「あら、花灯さんは早くご飯が食べたいのね」

 いたずらな笑みを浮かべる神乃さんに、私は耳を赤くして小さく頷く。

「ふふっ、可愛い」

 神乃さんが耳元でそう囁くと、なに事もなかったかのように弁当袋から小さな弁当箱を取り出す。

 私も神乃さんのものよりも大きめの弁当箱を取り出して膝の上に乗せる。

「ねえ花灯さん、今日も交換しましょう?」

 私と神乃さんのお弁当には確実に入っている二切れの玉子焼き、それを交換するのが私達の日課になっていた。

「あ、うん」

 頷いた私は神乃さんへ顔を向ける。

 すると神乃さんの人差し指が私の唇に当たる。

「今日は花灯さんからね」

「う、うん……はい」

 私は玉子焼きを一切れ箸で摘まむと、神乃さんの口へと慎重に運ぶ。上手く神乃さんの口の中へ入ると、神乃さんは咀嚼して飲み込む。

「次はわたしの番ね。あーん」

 神乃さんから差し出される玉子焼きを私は口を開いて迎え入れる。咀嚼音が聞こえているんじゃないかと、恥ずかしさを覚えながら美味しい玉子焼きを飲み込む。

 毎日神乃さんと並んで昼ご飯を食べているのにいつも気にしてしまう。

 神乃さんは別に気にしていないのだろうけど、私も神乃さんの咀嚼音が聞こえてきても気にしないけど、もしかしたら、と考えると不安になってしまう。

 それでも神乃さんと肩を寄せ合って昼ご飯を食べることを止めないから、私自身本当に気にしているのかどうか分からない。

「食べないの?」

「あ、ごめん。ちょっと、考え事を」

 どうやら箸が止まっていたらしく、神乃さんはほとんど食べ終わっていた。私は慌てて箸を動かして、昼ご飯を空気を読まない腹へと詰めていく。

 なんとか食べ終えて弁当箱を片付けた私が隣を見ると、神乃さんが階段の隙間から空を見上げていた。

「ど、どうしたの?」

「花灯さんが食べ終わるのを待っていたのよ」

「あ、ご、ごめん」

「いいのよ」

 神乃さんは笑うと私に身体を預ける。

 神乃さんの体温が、服で隠れていない部分からダイレクトに伝わる。その心地いいぬくもりに、私の意識は朦朧としてくる。

 やがて私の頭が支えを失って神乃さんの頭とこつんと当たる。

「どうしたの?」

「眠たくなってきた……」

 慌てて頭を離した私は朦朧とする頭を揺らしながらなんとか答える。

「いっぱい食べたものね、少しだけ眠る?」

 眠ってしまうと二人きりの時間を無駄にしてしまう気がする。私は眠気に抗いながら必死に首を振る。

「わたしが眠気を覚ましてあげましょうか?」

 その神乃さんの問いかけに、私は深く考えずに首を縦に振る。二人きりの時間を無駄にしないで済むのなら、神乃さんにならどうされても良かった。

「ありがとう」

 神乃さんの囁き声が聞こえると、私の胸元のが少しスッとする。ああ、確かにそれをされたら私の眠気はどこかへ飛んで行ってしまうだろう。

 続いて左肩が外気へ晒される、私の頭の靄が徐々に晴れていく。

 徐々に覚醒してきた頭で今の状況を整理する。単純に考えると私の左肩が露わになっている。

 私の左肩に深く跡を残している噛み跡。神乃さんが私と一緒にいられるようにつけてくれた噛み跡。

 私の頭の靄は既に晴れていた。代わりに心臓が激しくなっている。まさか学校でするの?

 少し移動した神乃さんがあたしの左肩にゆっくりと口を近づけて、口を開いて、そのまま。

 やって来る痛みに身構えた私だったけど、少しくすぐったいだけで、痛みはまったくやってこなかった。

「目が覚めた?」

 チロリと舌を覗かせて微笑んでいた神乃さんと丁度目が合った。

 期待して損した、羞恥で熱くなった顔の私はブラウスを整え、露わになっていた肩を隠す。

「覚めました……」

 そう言った私は顔を隠すように神乃さんに抱きつく。

 私の背中を優しく撫でてくれる神乃さんに、ここは学校だということを忘れて私は唸り声を上げる。

「ごめんなさい。やりすぎてしまったみたいね」

 見た目とのギャップが凄い、大人の包容力で私を包む込んでくれる。ダメだ、このままだとまた眠たくなってしまう。

 慌てて神乃さんから離れた私は深呼吸。

「ちょっとだけ、期待した……」

 あ、思わず本音漏らしてしまった。私は慌てて神乃の顔を見ると、『あら、そんなこと言ってしまうのね』とでも聞こえてきそうな微笑みを浮かべていた。

「……ふふっ」

 それだけ漏らすと、神乃さんはその場で膝をついて私に近づく。互いの息遣いが聞こえてしまうほどの距離。既に慣れてしまったいつもの距離。神乃さんしか視界に入らなくなる、完全に二人きりの世界に入ってしまう距離。

「続きは、家に帰ってからね」

 私の唇にそっと、柔らかいものが触れた。

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