第5話 影女
※YouTubeで本作の朗読動画を視聴可能
リンク:https://youtu.be/aVT_vHjKVsA
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【影女(かげ-おんな)】
実際には人がいないにも関わらず、月に照らされた女の影が障子や窓に映り込むことがある。このような事象は、影女の仕業とされる。
<●月3日>
夜遅く、ベッドに寝転んだままスマホをいじっていると、車のヘッドライトに照らされるたび窓に女の影が浮かぶことに気が付いた。
だからといってどうということもないので、掲示板でくだらないスレを漁り続ける。
気付いたら寝落ちしていた。
<●月4日>
夜になって明かりを消すと、また窓に女の影が映り込んだ。
何か動いているみたいだけど、車が来るタイミングでしか影が現れないのでよく分からない。
スマホのライトを床において窓をライトアップしたところ、狙い通り影が安定して映り込むようになった。
それで分かったのは、窓の女の影がどうやら踊っていたらしいということだった。だけど、その踊りは控えめに言って上手くない。
というか下手だ。
それは日本舞踊とどじょうすくいの間にロボットダンスを挟むみたいな、何とも言えないぎこちない動きだった。
シルエットを見る限り若い女の子っぽいのに、なんでそんな踊りになってしまったのか。
あまりに可哀そうなので、YouTubeでダンスの初級動画を探して見せてやる。
影の女の子は最初はとまどっていたようだけど、そのうちボクの背中越しに夢中になって動画を見始めた。
<●月5日>
夜になると、影の女の子はさっそく学習の成果を披露してくれた。ぎこちないながらもちゃんと音楽に合わせてステップを踏んでいる。
すごいすごい。
ボクが拍手を送ると、影の女の子は照れたように両手で頬を押さえた。
その後、また二人並んでダンス動画を見た。この調子なら、もっとレベルアップしても良さそうだ。
ボクは女の子に、昨日見たものよりもっと難易度の高いダンスの動画を見せてみた。女の子のやる気は十分だ。身振りで次々動画をリクエストされた。
<●月9日>
このところの特訓の成果で、影の女の子は基本のステップを完璧にマスターしたみたいだ。
ちょっと前までどじょうすくいのような動きをしていた子と同じとは思えない。
そう言うと、影の女の子はそのことは忘れろ、と言わんばかりにぶんぶんと頭を振った。
<●月10日>
今日はボクの推しのアイドルグループの踊りを見せてみた。ちょっと複雑な振り付けだけど、今の彼女なら大丈夫だろう。
動画を見た瞬間、彼女の目はアイドル達の姿にくぎ付けになった。といっても目の場所が分からないから、雰囲気でそう思っただけだけど。
無理もない。今までの動画はダンスの学習のための、どちらかといえばお固めの内容だった。だけど今見せているのは、本物のアイドル達の煌びやかな世界だ。
影の女の子が飽きる気配がないので、ボクは携帯を充電器につなぎ、動画を自動再生にして窓のそばに置いておいた。
ボクは先に寝たけれど、女の子は明るくなるまで動画を見続けていたみたいだった。
<●月11日>
影の女の子の服装が変わっていた。
昨日見たアイドルを参考にしたみたいで、シルエットからしてぴったりとしたTシャツにミニスカ、ブーツといった出で立ちのようだ。
「可愛いけど、ちょっと露出が多すぎないかな?」
そう言うと、影の女の子はぷんぷんと怒ってどこかへ行ってしまった。
<●月18日>
あれ以来、影の女の子はちょくちょく夜遊びに出るようになった。
スマホのライトを向けても窓に影が映らない日が多い。映った時も、服装は日に日に過激になっていく。
どこに行っているのか聞いたけど、ほっといてよ、とばかりにツンと顔を背けられた。そういう態度をとられると、ボクも黙って見守っているしかない。
ろくでもない場所で遊んでいなければいいけれど。
<●月25日>
その日、ボクは遠出をして帰りが遅くなっていた。
すっかり暗くなった家の中に入ると、窓で影の女の子が泣いていた。慌てて駆け寄ると、彼女はさめざめと泣きながら身振り手振りで語ってくれた。
どうやら悪い男にもてあそばれて、捨てられたらしい。
ほら、言わんこっちゃない。
当然ながらボクはそう思った。だけど傷ついている女の子にそんな言葉を言うのは野暮ってものだ。
ボクは女の子に少し待つように言って家を出た。ちょっと歩いたところの雑貨店に行き、アロマキャンドルを買う。五百円したけど、たまの贅沢くらいいいさ。
家に帰ってもまだ影の女の子はうずくまって泣いていた。
ボクは黙ったままスマホのライトを消して、買ってきたアロマキャンドルに火を灯した。
キャンドルの先に灯った火が揺らめいて、辺りに甘い香りが広がる。キャンドルの明かりに照らされて、女の子の影が顔をあげた。
それからしばらくの間、女の子はあたりに漂う柔らかい香りと光に身を委ねているようだった。
ようやく女の子が落ち着いたのを見て、ボクは初めて声をかけた。
「ボクは君のダンス、結構好きだよ」
それから続けて言った。
「久しぶりに、ボクだけのために何か踊ってくれないかな」
影の女の子は少しの間ボクを見つめた後、小さく頷いた。そっと立ち上がり、ポーズを決める。
ボクがスマホで音楽を流すと、彼女はその曲に合わせて最初のステップを踏んだ。
女の子の踊りは、最後に見た時よりずっとずっと上手くなっていた。彼女はアンコールに応えて次々踊り、ボクはそのたび立ち上がって大きな拍手を送った。
やがて彼女を照らすキャンドルの火が小さくなっていく。
火の消える間際、彼女がボクを窓の方に手招きした。
「どうしたの?」
ボクが窓に近づくと、彼女は身振りでボクを横に向けさせた。キャンドルの光が彼女の影の横に、ボクの影を映し出す。
それから影の女の子は、ボクの影の口元に自分の口元をくっつけた。ちょうど影どうしがキスをするみたいに。
「わっ」
ボクが驚くと、女の子はけらけら笑うように身をくねらせた。
知らなかったけど、彼女は結構いじわるなタイプらしい。
キャンドルの火とともに女の子の影が消え、部屋に一人でとり残されたボクは小さく肩をすくめて笑った。
<●月28日>
影の女の子はもうばっちり元気になったみたいだ。
今日は新しくフラメンコの動画を要求された。動画を見せるとすぐに、女の子の影は見よう見まねで腰をくねらせ始める。
さすが。既にそれっぽい動きになっている。
どうやら、今度女友達と一緒に窓伝いにスペインまで行って、本場のフラメンコを鑑賞するつもりらしい。楽しんでおいで、とボクは答えた。
人間だろうと影だろうと、女の子は強い。
ボクは力強いステップを踏む彼女の影を見ながらそう考えた。
―第5話 影女 【完】
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