第22話
「ありがとうございました」
馬車を走らせて数十分。ようやくボロッタに着くと、アーセタはお礼を言って馬車を下りた。
ガス弾を打ち込まれて三日。怪我人と中毒者、それと町の復興作業で町中が混乱しているかと思いきや、多少の被害はあちらこちらに見られるものの、町は普段となんら変わりなかった。
ガスの匂いが残っていることもなく、負傷者もほとんどでていないようだ。
なんだか拍子抜けしたが、この様子ならケーニワベレの負担もそれほど重くはないだろう。
それならどうして帰ってこなかったのか気になって、アーセタは彼を探した。
もしも治癒を行っているのなら教会だろう。そう思い、アーセタは教会に足を向けた。
「アーセタ!」
背後から叫びにも似た声を掛けられて、アーセタは足を止めて振り返った。
そこにはブラーリが立っていた。ブラーリは驚いたように瞳を見開いて、体を震わせている。
「ブラーリ、あの人を知らない?」
アーセタが声を掛けて近付くと、ブラーリは倒れ込むようにその場に屈み込んだ。
「ごめんなさい! 私、あの人に酷いこと言って! 私、私……、なんて謝っていいのか……」
ブラーリは地面に座り込むと顔を伏せて、すすり泣きながら嗚咽混じりで言った。
「ケーニワベレ……、あの人に会ったんだ? それで? あの人は今何処にいるの?」
アーセタが問い掛けると、ブラーリは顔を伏せたままで頭を激しく左右に振った。
「分からない! あの日、突然隣国の軍隊が町を囲んで、大砲をいっぱい撃たれたの。家とか建物とか壊されちゃって、みんな必死で避難してなんとかやり過ごせたと思ったんだけど、撃ち込まれた弾丸から煙みたいなのが凄い勢いで出てきて、町の人が次々に倒れていって……。
この国の軍隊の人たちが避難の誘導をしてくれたんだけど、煙の広がりが早くて、私も意識を失いそうになって倒れたの。その時にあの人が抱き止めてくれて『良く頑張ったね。もう大丈夫だよ』って……。その後、すぐに町の中心まで行ってあの光を使ってくれて……。それも、人を癒していたような小さいものじゃなくて、町を包むくらいの大きな光を……。
町からは煙が嘘みたいに消えてなくなったんだけど、あの人の首とか、腕とか、あっという間に木みたいになっちゃって、それでも微笑んで『怖い思いさせてごめんね』って……。
それからも苦しんでいる人を癒して回って、最後にはもう、人の部分なんてなかった……。
その後も倒れている人がいなくなるまで癒し続けて、『僕に出来るのはここまで』って言って、最後に行くところがあるって、森のほうへ行っちゃった。
ごめんね! ごめんなさい! 私……あの人に……」
「彼らしいね……」
ブラーリの言葉に、その時の光景が目に浮かんで、アーセタは小さく笑みを零して囁いた。
最後まで自分の思う通りに生きられたのならば、きっと本望だっただろう。
「森……だね……」
行くところがある、彼はそう言い残して森へ向かったのなら、きっとあそこだろう。
もう彼は分からないかもしれないと覚悟をしながらも、彼がいたと言う痕跡だけでも欲しくて、アーセタは森に向かって歩き出した。
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