第119.5話 反逆者達の密議
「もう一度お尋ね申します。辺境伯は帝室に対する忠義の念、お有りにござりますか?」
尋ねる彼の声は穏やかだった。
いや、優し気とさえ言えるかもしれない。
物騒な話を口にしているとは、とても思えない口調だ。
深刻さの欠片もない。
彼は、自分が何を言っているか分かっているのだろうか?
アルテンブルク辺境伯たるこの私が、帝室に対する忠義の念を持たない――もっとハッキリ言ってしまえば、逆心を抱いているのではないかと、そう尋ねているんだぞ?
それなのに、どうしてこんなに落ち着き払っていられるのか――――。
「…………なぜ」
「は?」
「なぜ、あなたはそんなに落ち着いているのです? 何を問うているか、分からぬわけではないでしょう?」
「もちろん承知しており申す」
「分かっていながらどうして……!?」
「そうでござるな……。逆心、裏切り、返り忠、謀叛……飽きるほど見てきましたのでな。今更慌てふためく必要もない、と申すのが正直なところでござってな」
「飽きるほど? あなたはまだ十七歳でしょう?」
「歳を云々しても意味がござらん。病の我が父に代わり、手前は三歳で初陣を果たし申した。賤ヶ岳に始まり、四国、九州、関東、奥羽と、息つく間もなく戦陣に身を置いてござる。十年ばかりは戦いっ放し。日ノ本は未だ、乱世にござる」
そうだった……。
父親であるサコン殿から何度も聞かされたはずだった。
歳に似合わぬ頼もしさを感じさせる若者だと思っていたが、そもそも「歳に似合わぬ」とか、「若者」などと考えること自体が間違っていた。
彼は十七歳にして、経験豊かな歴戦の将。
人生の半分を病床で過ごした私より、よほど濃密な時を過ごした人物なのだ……。
心の中で唇を噛んでいると、彼は「そうでござった」と付け加えた。
「十七歳と申しましても数え年でござりましてな。異界の如く実年齢で申しますと、十六歳でござります」
「……く……ふふふ」
「如何なさいましたか?」
「いえ……。さらに一歳若くなってしまいましたね。ヴィルヘルミナより年下だ……」
「そうでござった。ミナの十七歳という歳は実年齢でござったな」
「ええ……。ヴィルヘルミナはサイトー殿が自分より年下だとは、まだ気付いていないでしょうね? 気付いたらどんな顔をするかと、想像してしまいまして……」
「なるほど……。それは面白き話にござりますな。間違いなく悔しがりますぞ? 『年下に二度も負けた!』と」
「でしょうね? くくく……あははははは……」
話が逸れてしまう。
だが、サイトー殿は気にした素振りを見せない。
話を止める気配もない。
ヴィルヘルミナがどんな反応を示すかと話が弾み、二人で笑い合った。
…………だが、この和やかな雰囲気に、私は耐え切れなくなった。
話題が尽きれば、否応なく現実に引き戻されることが分かっているからだ。
そして、己の真意を口にせねばならない。
口にするまで、彼は私を解放しない――――。
「…………もう、結構ですよ?」
「左様にござるか」
「ええ。お話します――――」
――――――――――――――――――――――――。
「――――承知致しました」
話し終えると、彼は短く答えた。
私の答えに対する、不満も不信も口にしない。
「……良いのですか?」
「何が、でござりましょう?」
「私の答えに不満はないのですか? その方針で事を進めるのですか?」
「おや? 進めぬ方がよろしいので?」
「そうではありません。ですが、事が事だけに簡単に決められることでも……」
「御大将の御決断にござりますぞ?」
「は?」
「ここはアルテンブルク辺境伯領。御主は辺境伯アルバン殿。手前共は辺境伯に従う身。なれば御大将は辺境伯。御決断に従うが、手前共の務めにござります」
「…………」
「どの道、あの胡散臭い『コボルト皇女』は野放しに出来ませぬ。辺境伯の命は的を射たものかと存じまする。命を下した上は、御大将はどっしり構えていて下され」
「……分かりました」
羨ましいと思った。
私もそれなりにやってきた自負があったが、彼ほど果断に決心出来たことが何度あっただろうか?
どうすれば、あのように振る舞えるのだろうか?
自分の力量に対する自信がなければ無理だろう。
自分の決断に家臣達が着いて来る自信がなければ無理だろう。
私には、その二つがあるだろうか?
「今後の話にござりますが――」
私の物思いを彼が破る。
早速、何かの策を講ずるらしい。
「手始めとして『コボルト皇女』を揺さぶってみようかと」
「どのように揺さぶるのです?」
「辺境伯領内をあちこち連れ回しまする。未だ戦の余韻が晴れぬ故、心が揺さぶられることもあるやもしれませぬ」
「あの皇女殿下に通じるでしょうか?」
「何事もやってみなければ分かりませぬ。下手な鉄炮数撃ちゃなんとやら、にござる。まあ、色々と試しまする」
「分かりました。お願いします」
いつの間にか、彼の話に引き込まれていた。
不安の念はどこかへと消え去り、心が躍る様な感覚を覚えていた。
彼は明日の流れを一通り話した後、「もう一つ、よろしゅうござるか」と身体を乗り出した。
「皇女を我が領内にも招こうかと思うておりまする。お許し下さりますか?」
「私は構いませんが……。よろしいのですか? ミノの様子を皇女殿下やお側付きの目に触れさせても……」
「皇女やお側付きがそれを言い出すやも知れませぬ。言われる前に、先手を打つのでござります」
「なるほど……」
「ちなみに、でござるが、その折の案内に付けたい者がおります」
彼が「入れ!」と言うと、固く閉ざされていた扉が静かに開き、小柄な人物が姿を現した。
「タンバ殿?」
「ほっほっほ。ようやくこの爺めの出番にござるかな?」
いつものように杖を突き、朗らかに笑うタンバ殿。
「どうしてタンバ殿を? 私はてっきりモチヅキ殿かヤチヨ殿かと……」
「二人が忍衆故に、でござりますか?」
「そうです。シノビシューとは間者の役割を果たすのでしょう? 真意を探るのに打って付けかではありませんか?」
「たしかに二人は優れた忍びにござります。が、腹の探り合いでは丹波に敵いませぬ。真に腹立たしき話にござるが」
「ほっほっほ。若様も素直ではありませぬのう? 頼りになる師匠じゃと申されればよろしゅうござりませぬか?」
「たわけ! このクソ爺! さっさと名乗れ!」
彼がタンバ殿に命じる。
だが、それは奇妙な命令だった。
私は既に、タンバ殿と面識があるのだ。
今更何を名乗ると言うのだろうか?
しかし、当のタンバ殿はその命令に疑問を呈する様子も無く、寝台のすぐそばに膝を突いた。
「改めましてお名乗り致しまする。
「そうでしたか。そのようなお名前で……。それで『タンバ』なのですね?」
「はっ。長山は父祖伝来の地、丹波は手柄にて得た所領、光頼は我が一族が代々用いた通り字を組み合わせたものにござります」
「ほう……。そのような由来が――――」
「有り体に申せば、偽名にござる」
「…………は?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
偽名?
偽名と言ったのか?
タンバ殿本人はもとより、彼にも驚いた様子や慌てた様子がない。
「元の名を、
「アケ……チ?」
「日ノ本では名乗れませんのでな。久方振りに口にしましたわい。ほっほっほ!」
朗らかに笑うタンバ殿。
彼が苦虫を嚙み潰したような顔で口を開いた。
「
「おやおや? 珍しきこと。お褒め下さるとは!」
「褒めておらん! とにかく! こ奴の
「ほっほっほ。真っ黒とは手厳しい。とは申せ、
「ふん! 褒め言葉と申しておったのは何処の誰だ!?」
「左様にござりますなぁ。武士にとっては褒め言葉。武士の嘘をば武略と申すのでござります」
「そ、そうですか……」
「辺境伯、ここは大船に乗ったつもりで、どんとお任せ下され。ほっほっほ!」
タンバ殿は、相変わらず朗らかだ。
乱世という時代に、私も生きてみたかった――――。
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