第116話 「サイトー様ってお強いんですか?」騎士達は疑いの目を向けた
「行きますよ~!」
ヘスラッハ殿は木剣を右肩に担ぐように振りかぶり、横薙ぎに振るう。
豪剣と申して差し支えない。
まともに受けては木剣ごと吹き飛ばされるやもしれぬ。
ミナは一歩分後ろに飛んで剣を避け、隙を突こうとするが……。
「ダメダメ! 攻撃させませんよ~!」
ヘスラッハ殿はすぐさま剣を返し、ミナを近寄らせない。
力任せの大振りでは、決してない。
最初の一振りで相手を仕留めきれなかった時の、次の一振りについても考えた上で力を加減しているに違いない。
皇女お側付き騎士の名に恥じぬ技量と言えよう。
良き武人だ。
「おっしゃ! いいぞ、ドロテア! そこだ! 行け!」
「攻めろ攻めろ! ヴィルヘルミナ様はうちのもんだ!」
「「「「「ヴィルヘルミナ様~! お早くこちらへ~!」」」」」
あちらの声援にも熱が帯びる。
半分以上はミナに誘いを掛けるものだがな。
しかし、ヘスラッハ殿の同輩はなんとも血の気が多いこと。
見目麗しき騎士服の麗人が、あたかも喧嘩を煽る雑兵の如く声を上げておる。
主君たるシャルロッテ皇女の『コボルト振り』が移ったのではあるまいな?
まあ、畏まって利口ぶった顔をされるよりも居心地は良いがな。
こちらの側には執事のベンノ殿、女中のマルガ、馬丁頭のシュテファンと、辺境伯家の家人達が顔を並べ、立合の行方を見守っている。
ミナに声援の一つでも送るか、と思いきや「大切な我が家の姫様がお怪我でもなさったら……」と気が気ではない様子で拳を握っている。
ミナが強いことは存じていようが、それとこれとは別らしい。
強かろうとなんだろう、大切な姫なればこそ、その身を案じておるのであろう。
只一人、女中のマルガのみはあちらに負けず劣らず「斬れ!」だの、「叩け」だのと、歳に似合わぬ大声で声援を飛ばしておる。
左馬助と近習衆もおるが、こちらは御役目――俺の護衛だ――優先のため、立合の様子は時折目に写すのみで、静かにしておる。
さて、立合に目を戻せば、展開は一方的なものとなりつつあった。
豪剣を振るい続けるヘスラッハ殿に対し、ミナはひたすら避けるのみ。
あちらの声援は一層高まりを見せる。
「う~ん……。さすがはヴィルヘルミナ様です。やりますねぇ……。でも、あなたの狙いは分かりましたよ?」
剣を振るいつつ、ヘスラッハ殿は幾分挑発的な口調でミナに話しかけた。
「私の狙い? 何だそれは?」
「惚けないで下さいよ? 私が疲れるのを待っているんでしょう? こんな大振りをいつまでも続けられるはずがないって……」
「…………」
「でもね? それは無駄な努力です。私って体力に自信があるんです。『ペル』の打ち込み稽古もいくらだって。この前は二千振り出来ました。ヴィルヘルミナ様は何回出来ますか?」
「ははは……。私の完敗だな。私はせいぜい千回だ」
「やった! 私の勝ちですね! うちに来ませんか?」
「お誘いは有難いが……お断りする!」
「頑固ですね……。このまま続けても、ヴィルヘルミナ様の方が先に体力が尽きると思いますよ? あなたの狙い通りには疲れてあげませんから!」
「さて? どうかな?」
珍しく不敵に笑うミナ。
あくまで勝負を捨てるつもりはないらしい。
ヘスラッハ殿の剣が速さを増した。
空を裂く音が、こちらにも聞こえて来る。
「あっ……!」
何かに足を取られるミナ。
右膝が「ガクンッ!」と崩れる。
その場に倒れることは免れたものの、大きな隙が出来る。
ヘスラッハ殿は当然この好機を見逃さない。
剣を真上に振りかぶり、トドメの一撃とばかりに振り下ろす。
ミナの体勢では、あの豪剣を避けることは出来まい。
かと申して己の剣で受けようとしても、振り下ろされる豪剣の重みには耐え切れぬ。
家人達から「お嬢様!」と悲鳴が上がる。
皇女の側付き達から「そこだ!」と歓声が上がる。
勝負あったかに見えた。
だが――――。
「えっ!? 嘘っ――――!」
ヘスラッハ殿が動揺を露わにする。
ミナを打ち据えるかに見えた豪剣が、「カンッ!」と高い音が響いた直後、狙いが逸れた。
続いて「ガッ!」という音。
豪剣が空しく土を穿った音だ。
そしてミナはと言えば、いつの間にかヘスラッハ殿の間合いの内に入り込み、隙だらけの喉元に木剣を突き付けていた。
「――――さて? どうする?」
「ま、参りました……」
ヘスラッハ殿は、苦しそうな声音で降参を告げる。
ミナの勝利を喜ぶ歓声、ヘスラッハ殿の敗北を嘆く嘆声、そのいずれもない。
何が起こったのか、理解出来た者がほとんどおらんからだ。
特に皇女の側付き達は、肝心な場面がヘスラッハ殿の身体に隠れてしまい、何も見えておらぬはず。
わずかに、左馬助が「お見事」と呟き、近習衆が「良しっ!」と拳を握り締めるのみだ。
「ふう……。ヘスラッハ卿、見事な剣だった」
「あ、ありがとうごいます――――じゃなくて! え、えっと……その……何をなさったんですか!? どうして私の剣が……」
必死の形相で己の敗因を尋ねるヘスラッハ殿。
技を仕掛けられた側は、何が起こったのか瞬時に理解出来なかったはずだ。
互いの距離があまりに近過ぎ、なおかつ全力で剣を振っている訳だからな。
一瞬の僅かな動きを目で捉えられずとも致し方ない。
俺達のように離れた場所にいた方が、分かりやすかったかもしれぬ……。
ロール殿とフルプ殿も二人の元に駆け付け、今のは何かとミナを質問攻めにする。
「わ、分かった分かった! 話すから……」
興奮気味の三人を宥めつつ、ミナが説明を始めた。
「ヘスラッハ卿、あなたの木剣に私の木剣が当たったのはお気付きになられたか?」
「あっ……! ヴィルヘルミナ様の木剣が私の木剣と一瞬だけ交錯したような気がしたんです! それで何か衝撃があったと……。で、でも! 私の木剣を受けた訳じゃないですよね!?」
「あなたの木剣を真横から叩いたんだ。ほんのわずかだが……」
「剣の腹を剣の腹で叩いた……ってことですか!?」
「そうだ。あなたは剣を振り下ろそうとした。当然ながら、力は上から下に向かって掛かっている。一見すれば何物も寄せ付けない豪剣だが、振り下ろす最中に真横から力を掛けられたらどうなる?」
「横からの攻撃には……無防備と言わざるを得ません。それで木剣の軌道が変えられた……?」
ミナが頷く。
「振り下ろした剣は途中で止めることも、途中で向きを変えることも出来ない。横から掛けられた力に従って僅かに軌道を変え、あらぬ場所へ振り下ろす事になる。その過程で剣の持ち手は体制を崩し、隙も生まれる」
「ヴィルヘルミナ様が体勢を崩したのも……狙ってなさったんですか!?」
「ああすれば、真っ直ぐ真正面から振り下ろしてくれただろう? あなたの剣は十分に見せてもらったから、剣の軌道も予想はつく」
「じゃ、じゃあもしかして、私は誤解させられていたんですか!? ヴィルヘルミナ様は私が疲れるのを狙っているって……!」
「そうだ」
「なっ……!」
お側付き騎士は、三人揃って目を丸くした。
「あなたの剣は凄まじい。魔法が使えれば別の戦い方もあったが、純粋に剣と剣とで戦えば、私の不利は避けられない。まともに打ち合うなど論外だ」
話を聞き終えた三人は呆然としている。
侍女達は今一つ分かっておらぬようだが、お側付き騎士が圧倒されていることは理解したらしい。
ミナを見詰めて瞳を輝かせている。
辺境伯家の家人達は、ようやく安堵した顔になった。
マルガだけは「さすがはお嬢様です!」と歳に似合わず意気軒高だが……。
「ヴィルヘルミナ様……。もう一つ、お尋ねしていいですか?」
「ああ、もちろん」
「どうやってこんな剣術を? 私達が習ってきた剣術とは、どうも戦い方が違う感じがするんですが……」
「……帝国の騎士剣術は、右手に剣、左手に盾を持つことを前提に組み立てられているだろう? 至近距離からの魔法攻撃に備えようとすれば、盾は欠かせない。今のように剣だけで戦うこともあるが、基本は剣と盾を使った戦い方だ」
「そうです。盾で相手の攻撃を防ぎつつ、剣を打ち込んで相手の体勢を崩して急所を突きます」
「剣は相手を圧倒するためにある。だから、技巧を凝らすよりも、如何に鋭く、如何に重く振るかが重視される」
「ですね。荒々しく剣を叩き込まないと、相手を崩すことは出来ません。『ペル』の打ち込み稽古も、体力と根性を鍛えるためのものですし……。でも、ヴィルヘルミナ様の剣は全然違いました。すごく技巧を凝らしていますよ」
「ああ。盾を使わず、両手で剣を構えて戦う剣術だ。剣一振りを攻防一体に使うが故に、相手との駆け引きや細やかな剣の技がものを言うんだ」
「ヴィルヘルミナ様ご自身で編み出されたんですか?」
「いいや。あいつに教わったんだ」
ミナがこちらを指差す。
「サイトー様? そう言えば異世界から来たとか何とか……。だから見覚えのない剣術ってことなんですか?」
「そういうことだ」
「えっと……。それって本当なんですか? 箔付けに盛った話とかじゃなく?」
「ちょっとドロテア! はっきり言い過ぎ! す、すみません、ヴィルヘルミナ様!」
「辺境伯家の陣代様を侮辱するつもりは毛頭ないんですよ? でも、まさかそんなこと……」
「そのまさかだ。私は異世界の剣術を教えられたんだ」
三人は疑わしそうな目で俺を見詰めておる。
まあ、当然の態度であろうな。
俺が日ノ本におったとして、ミナが突然現れて「神隠しに遭って異界から来た」告げられても何の虚言かと疑うだけだ。
「あの……。ヴィルヘルミナ様に教えるってことは、サイトー様ってお強いんですか?」
「認めるのは少々癪ではあるが……強い。初めて出会った時、私は剣と魔法で戦った。でも、素手のシンクローに負けてしまった。それも二度……。今思い出しても悔しくて夜も眠れない……」
「ヴィルヘルミナ様を……」
「素手で倒した……?」
「それも二度……?」
疑念に満ちていたはずの三対の瞳は、獲物を捉えた狼の如く、ギラリと輝いた。
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