第104.5話 八千代流指南法・貴婦人調教篇

「う……うん…………」


 寝台の上で、年若い娘が苦し気な呻き声を漏らしております。


 目は覚ましていない様子。


 眉をしかめて……うふふふ……。


 悪い夢でも見ているのでしょうか?


 御安心下さい。


 じきに、八千代が涅槃ねはんの夢に変えて差し上げますから。


 うふふふふふ…………。


 さてさて、前置きはこれくらいにしておきましょう。


 娘の名はカロリーネ。


 歳は十五――――ああ、そうでした。数え年ではありませんよ。実年齢だそうです。


 日ノ本では数えで年を数えるものですが、異界では生まれた日を元に歳をとるのだそうです。


 面白うござりますね?


 歳の数え方からして、日ノ本と異界とでは、まるで異なるのですから……。


 ただ……日ノ本でも異界でも、守るべき礼節と申すものに、変わりはないのではないかと、左様に思うのです。


 己の身の程に応じた礼節、長幼に応じた礼節、時と場に応じた礼節……数え上げれば切りはござりません。


 日ノ本では、礼節の誤りは相手に対する侮辱に他ならず、時として戦を招く因ともなります。


 書状一つしたためるにしても、書札礼しょさつれいを守らぬ訳には参りません。


 書札礼にのっとらない書状は、受け取りさえ拒まれるのです。


 事ほど左様に、礼節は蔑ろに出来ぬもの。


 カロリーネ様には、その事を十二分に学んでいただかなくてはなりません。


 お任せ下さい。


 八千代が立派な貴婦人にして差し上げますからね?


「うふふふ……。良い具合ですね……」


 わたくしは静かに香炉こうろの蓋を閉じました。


 香炉からは薄く白い煙がゆらゆらと立ち昇り、甘い香りが室内へ広がっていきます。


 カロリーネ様が目を覚ますころには、部屋の中はこの香りで満たされる事でしょう。


 これを一息吸えば…………うふふふ……。


 窓には幕を巡らし、室内を照らすのは蠟燭の灯りのみ……。


 昼か夜かも分かりません。


 準備は整いました。


 わたくしは余計な音を立てず、カロリーネ様が自ら目を覚まされるのをジッと待ちました。


 半刻程経った頃、寝台に横たわるカロリーネ様は小さく身じろぎなさいました。


「う……ん……」


「御目覚めにござりますか?」


「あなた…………誰……ですの……?」


「八千代、と申します。カロリーネ様の御世話を任されました」


「わたくしの……御世話……?」


「はい……。ところで御加減は如何でしょう? お話の途中で、突然お倒れになったのですよ?」


「そう……でしたかしら? よく……覚えていませんわ……」


「痛いところはござりませんか? 気分はお悪くありませぬか?」


「首筋と……頭が少し、痛いですわ……」


 カロリーネ様は途切れ途切れに受け応えをなさいます。


 記憶は曖昧で、意識も判然とはせぬ御様子。


 うふふふ……。良いですね……。実に良く仕上がっておられます……。


「ああ……。何だか暑い気がしますわ……。今は……夏だったかしら?」


「いいえ。今はもう、秋が深まり冬に向かう季節にござります」


「そう……。なら、どうして……暑いのかしら?」


「御風邪を召されたのかもしれません。そのせいで御熱があるのやも……」


「暑い……。どんどん……暑くなってきましたわ……」


「それはいけません。まあ、こんなに汗もおかきになって……。御召し変えを致しましょう?」


「はい…………」


 カロリーネ様は返事をなさったものの、苦しそうな呼吸を繰り返すのみで動こうとはなさいません。


「お手伝い致します」


「ええ……」


 背中に手を回し、ゆっくりと上半身を助け起こします。


「それでは御召し変えを始めます」


「ええ……お願い…………冷たっ……!」


「申し訳ござりません。わたくしの手が冷とうござりましたか?」


「た、大したことは……ありません……」


「左様にござりますか? では、続けましょう……」


 カロリーネ様の御召し物に付けられた『ぼたん』と申す留め具を一つ、また一つと外します。


 衣を一枚、さらに一枚と脱がせるごとに、わたくしの手の冷たさを感じてか、カロリーネ様は身体を震わせました。


 やがて、カロリーネ様は肌着一枚の御姿になられました。


 たしか『こるせっと』とか申す名だったはず。


 身体の形を整えるために身に付ける肌着で、貴い身分の女性が好んで着用するそうです。


 ちなみに、ミナ様は「身体が締め付けられて動きにくい」と、『こるせっと』を御召しになりません。


 動きやすくて身軽だと申されて、下々の女性が身に付ける上下に分かれた肌着のみを着用しておられます。


 そうそう。下々の肌着――特に胸を支える肌着は実に具合が良く、わたくしもクリス様やハンナ様に作り方を教わって愛用しております。


 胸が揺れませんので、激しく動く時には大変重宝致します。


 ただ、単衣ひとえの着物だと肌着の形が浮き出てしまいますので、少し不格好に思います。


 これが異界の肌着の欠点と申せましょうが、その事が分かった上で身に付けているのですから、欠点を補って余りある便利な品と申せましょう。


 それにしても……『こるせっと』で形を整えているせいか、生来のものか、それとも年齢によるものか、カロリーネ様の御身体は、大変美しい形を保っておられます。


 豊かに実り零れ落ちそうな乳房。


 胴からももに掛けては、程よく引き締まり見惚れてしまいそうになります。


 肌は白く、滑らかできめ細かく、まるで絹織物の様……。


 正に、殿方がよだれを垂らして喜ぶ御身体にござりますね。


 カロリーネ様の御気性さえ気にならなければ、でござりますが……。


 如何致しましょう?


 元々は、常軌を逸した執着にはお眠りいただき、貴婦人とお成りいただくべく調教――――こほん……もとい、御指南して差し上げるだけのつもりだったのですが……。


 せっかくです。


 御気性も少し……ええ、ほんの少しだけ、正して差し上げましょう……。


 そうすれば、良縁に恵まれる事もあるやもしれませぬ。


 うふふふ……。わたくしも甘いですね?


「まあ……。カロリーネ様の御身体、とても……とても火照っていらっしゃいますね?」


「はい…………」


「苦しゅうござりますか? 苦しいのでしょう?」


「ええ……ええ……。暑い……助けて……」


「御安心を……。八千代がお冷まし致します……」


「ああ……。あなたの手……冷たくて……気持ち良い…………」


「はい……。では、今度はこちらに…………」


「あっ……! どうしてそんな……! いや……そこは……ダメ…………」


「動いてはなりません。ここが熱の元なのです。しっかりと、冷まさなければ……」


「で、でも……! なんだかもっと暑く……あ……ん……! あ……!」


「うふふふ……。声音に悦びが混じっておられますよ?」


「そ、そんな……嘘…………。あっ……! ダメッ……! そんなところ……汚い……!恥ずか……しい……!」


「汚くなどございません。とても……ええ、とてもお美しゅうございますよ? 御自身で御覧いただけないのが残念です……」


「あっ…………いやっ……あああああああああああああっ………!」


 カロリーネ様は何度も身をよじらせました。


 薄い意識の中で、必死に抗おうとなされます。


 ですが、箱入り娘の腕力など、わたくしにとっては赤子と戯れるようなもの……。


 苦し気な御声は、やがて悩ましい嬌声きょうせいへと変じていきました。


 悦楽えつらくの底深く沈み、快楽の味に毒されて、八千代の傀儡かいらいと成り果てるのです。


 抗う事すら思い浮かばぬ程に……。


 カロリーネ様の御身体から完全に力が抜けたところで、わたくしは手を止めました。


「うふふふ……。如何ですか? 熱は冷めましたか?」


「…………やめないで」


「……聞こえませぬ」


「……やめないで! お願い……!」


「はしたない御方にござりますね? まだ足りないと申されるのですか?」


「は、はしたなくても……結構です……。やめないで……」


「……いいでしょう。ただし、願い事があるならば、礼節を踏まえた頼み方をしていただかなくてはなりませぬ」


「礼……節……?」


「はい。礼節です」


「……ヤチヨ様、お願いです。止めないで下さい。続けて下さい」


「いけませんね。上の立場にいる者の名を軽々しく口にするとは……。礼節がなっていません。やり直し」


「え……? そんな……。ど、どうすれば……?」


「敬意を込めた呼び方がありましょう? 家臣や領民はあなたをどのように呼びますか?」


「家臣……領民………」


「ようくお考え下さい。わたしくはあなたより上。あなたはわたくしより下。分かりますね?」


「…………」


 必死に考えていますね……。うふふふ……。


 家の者は、わたくしを「姫様」や「御嬢様」と呼びます。


 口の悪い者は「お嬢!」などと呼びますが……。


 この方は何と呼んでくれるでしょう?


 楽しみですね?


 カロリーネ様の苦し気な呼吸の元、呟くように口にされました。


「……………………お姉様」


「お姉様……?」


「はい……。お姉様……。お姉様と……呼ばせてください……!」


 どうして姉?


 義姉妹の契りでも結ぼうと……そういうことでしょうか?


 ……クリストフ様が若を義兄上あにうえとお呼びになっておられるのと同様に、おそらく敬意の念はあるのでしょうね?


 無礼を働く気配も感じません。


 ……おかしなものにでも目覚めたのでしょうか?


 まあ、それはそれで面白そうですね。


 たっぷりと可愛がってあげると致しましょう……。


「……まあ、良いでしょう」


「本当に……。ああ……嬉しい…………」


「今後、あなたはわたくしの指図に背いてはなりませぬ。よろしゅうござりますね?」


「もちろん……です……」


「クリストフ様から手を引きなさい」


「はい……」


「若――斎藤新九郎様には、わたくしと同等……いいえ、それ以上の礼節を以って接しなさい」


「はい……。あっ……! お姉様……また……して下さるのですね……?」


「お静かに……。指図はまだまだ続くのですよ?」


「はい……ああっ…………!」


 わたくしは静かに手を動かしつつ、カロリーネ様の耳元で囁き続けました。


 こうして、新たな配下が生まれました。


 異界で最初の、しのびの配下が、ね…………。


 うふふふ……。丁度、異界の者を配下にしたいと思っていたところです。


 渡りに船、ですね?


 さて、どう使いましょうか?


 クリストフ様を付け狙ったあの能力……きっと忍となっても役立ちましょう。


 刺客にするのは如何でしょう?


 きっと、標的を狙い違わず仕留めてくれるでしょうね?


 草にするのは如何でしょう?


 永い年月としつきを経て、如何なる埋伏の毒となるか楽しみですね?


 それとも…………うふふふふふ…………。




■□■□■ あとがき ■□■□■

読者の皆様へ


 ここまでお読みくださりありがとうございます! 作者です!

 異世界国盗り物語ですが、いつの間にやら「☆」が2,000個、「フォロー」も4,000件に迫って参りました。

 連載開始から早くも1年が経過しておりますが、連載を続けていく上で非常に大きな励みになっております。

 しばらくネタは尽きそうにないので、連載はまだまだ続きます(遅筆で申し訳ありません!)

 これからもよろしくお願いします!


 「フォロー」や「☆☆☆」はあとがきの下にありますので、まだされていない方はこの機会によろしければ……。

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