第97話 「同志……ですわね?」母親二人が結託した

「新九郎! これはどういうことなのです!?」


 ビーナウへ移した本陣にてしばしの休息をとっておると、母上が頬を膨らませて怒鳴り込んで来た。


 丸太の如き金砕棒かなさいぼうを肩に担いでな。


 鬼と見紛みまがう御姿に、本陣に集まった者達は上下を問わずにぎょっと肩を揺らした。


 母上に付き従って来た日根野和泉や伊勢兵庫が「どうか気をお鎮め下さい……」と宥めようとするが「鎮まりません!」と聞く耳を持たない。


 佐藤の爺は「こうなっては処置無しにござる」と首を振り、左馬助と八千代は「若がどうにかさないませ」と知らん顔をする。


 仕方がないのう――――。


「母上、怒るとせっかくの美人が台無しでござりますぞ?」


「え? 美人? あらやだこの子ったら…………ってそうじゃありません! 誤魔化すつもりですね!?」


「なんだ。騙されてはくれんのか?」


「当たり前です!」


 金砕棒を「ズシンっ!」と地に突く母上。


 えらく不機嫌そうだ。


 母上がお怒りになるとするならば、理由は一つしかあるまい――――。


「――――どうして戦を途中で止めたのです!?」


「やはりその事か」


「腕をして敵を待ち構えていたのですよ!? せっかく用意した金砕棒が使えなかったではないですか! これなら甲冑の上からでも問答無用で叩き潰せたのに!」


 母上は金砕棒を「ドンドン! ドンドン!」と何度も地に突いた。


「さすがは母上。斯様に巨大な金砕棒を自在に操る者はそうそうおらぬ」


「褒めても二度は誤魔化されませんよ!」


 戦が終わったことが余程悔しいのか、母上は片手で金砕棒を振り回す。


 あの細腕の何処に斯様な力があるのかのう?


 家中かちゅうの者はだしも、異界の衆は手強い魔物を目にしたかの如く口を引きらせておる。


 母上を見知っておるはずの辺境伯やミナ、クリストフ、冒険者の面々も、「まさかここまでとは思わなかった」と言いたげな風情ふぜいだ。


 だがしかし、母上に共感を示す者がたった一人だけいた。


「まあ……。こちらがサイトー様の御母上? なんて勇壮な御方なんでしょう」


 誰あろうクリスの母親――カサンドラであった。


「……もう褒め言葉に惑わされませんよ? あなたは何者です!?」


 母上は金砕棒を片手で突き付けたが、カサンドラは涼し気に微笑むのみで臆した様子は微塵もない。


「失礼致しました。私はカサンドラ・シュライヤーと申します」


「カサンドラさん? もしやクリスさんの母御ははごでいらっしゃる?」


「はい。ここビーナウで夫と商会を営んでおります。サイトー様には大変な御贔屓ごひいきをいただき感謝申し上げております」


「そうですか。私もあなたの御噂はかねがね。何でもビーナウの災厄と称される腕利き魔法師だとか」


「恐れ入ります。奥様には到底敵いませんわ」


「世辞は結構です。そのビーナウの災厄さんが何の故あって口入くにゅうなさるのです? 私と新九郎はとても大切なお話の最中なのです。事と次第によっては……」


「話の腰を折った事はお詫び致します。ですが奥様、私も奥様と同じ気持ちなのです」


「……と申されると?」


「私が愛するビーナウを襲った者達を一人残らず焼き尽くし、ネッカー川の魚の餌にしてやるつもりでした。しかしこれからと言う時に、サイトー様が戦を止めてしまわれたのです。到底納得出来る話ではありません……!」


「成程……。では私達は志を同じくする……」


「同志……ですわね」


 頷き合った二人は「ギラリッ!」と目を光らせて俺を睨み付けた。


 ちなみに俺を助けようとする者は一人もいない。


 触らぬ神に祟りなし、と申す事か。


 左馬助でさえ「あの二人が相手では……」と諦め顔。


 八千代は「くすくす」と面白そうに笑うのみ。


 はあ……己で何とかするしかあるまいな。


「母上とカサンドラの不平は分かった。だがな、逆賊には逆賊に相応しい死に方がある」


「はい?」


「どういうことでしょうか?」


「あのまま戦を続ければ敵はことごとくネッカー川に沈んだであろう。俺はそのつもりで戦っていた」


「ならそのまま続ければ良いではありませんか!?」


「そうです! 私達の勝利は疑いのないものでしたよ!」


「まあ待て二人共。戦には勝てたかもしれぬが、これには一つ欠点もあるのだ」


「欠点?」


「そんなものがあるのですか?」


「ある。あのような戦では誰が如何にして死したか知る事は難儀よ。討死か自害かも分からぬ」


「それはそうでしょうけど……」


「どうせ死ぬのです。死に際の詳細など分からなくても……」


「それではいかんのだ。今後の戒めと成す為に、逆賊には己の成した事を悔やませながらみじめでむごたらしく死んでもらわねばならん。己が心のままに自害なぞ選ばせるのは業腹ごうはらよ。憤懣ふんまんやる方ない。誰が好き勝手に死なせてやるものか。ならば逆賊がこうを乞うたのは又とない好機。左様に思わぬか?」


 二人に問うと、しばしの沈黙の後、口を開いた。


「……いいでしょう。新九郎の成敗、まずは拝見するとしましょう。ですが……」


「私達が十分に納得できるものとしてくださいまし? よろしいですね?」


「分かっておる」


「ほっほっほ! 話は付きましたかな?」


 厄介事が全て済んだ所で、しわがれた笑い声――――丹波が姿を現した。


「若もよくよく物をお考えになって戦をなさるようになりましたな。爺めは感じ入りましたぞ」


「白々しい……。どうせ卵がひなになった程度にしか思うておらんのであろうが」


「よく御存知で」


「分かるわ!」


 その後、日根野和泉と伊勢兵庫から三野の有様ありさまについて注進ちゅうしんがあった。


 三野に攻め入った敵勢は今や四分五裂となり、当てもなく逃げ惑っているのだと言う。


 利暁りぎょうの伯父上、望月信濃、北條常陸、鷲見新兵衛が追い討ちの兵を率い、領内の百姓衆もこぞって参じているとの事。


 復仇ふっきゅうと乱取りに燃える百姓衆に嬲り殺されるか、それとも見知らぬ山の中で飢え死にするか、憐れな末路しか残されてはおらぬ。


 こううて降った敵にしても、辿る末路は悲惨の一語に尽きる。


 エトガル・ブルームハルトのように天運に恵まれた者はともかく、言の葉も通じぬ地で一生を終える事になろうな。


「大儀であった。褒美は改めて取らす」


「「ははっ!」」


「御注進致します」


「竹腰か。ようやくかのう?」


「はっ。敵の大将格を引き立てましてござります」


「分かった。連れて参れ」


「承知致しました――――」


 竹腰が合図を送ると、本陣を囲う陣幕が引き上げられた。


 藤佐とうざ隼人はやと、山県の三人が、後ろ手に縄を打たれた敵大将格二十人余りを引き立てる。


 敵大将格の中には当然ながらブルームハルト子爵もいる。


 髪は乱れ、甲冑は剥ぎ取られ、猿轡さるぐつわまで噛まされ、無様な姿を晒していた。


 余程騒いだのかもしれぬ。


 猿轡を噛み千切らんばかりに激しい唸り声を上げ、憎しみに満ち満ちた目をしていた。


 クリストフが息を飲む。


 だが、その目は俺達には向けられていない。


 縄を打たれた者共の隣を進む、身なりが整い縄も打たれておらぬ一団に向けられていた。


 その先頭には、見覚えのある男の姿がった。


「ようやくお会い出来ましたなサイトー卿! おおっ! 辺境伯閣下と御令嬢様もおられましたか! アルテンブルク辺境伯家筆頭内政官オットー・モーザー、遅まきながら御許みもとに駆け付けましたぞ!」


 返忠かえりちゅうを致した張本人が追従ついしょうの笑みを浮かべた。


 不愉快の念を禁じ得なかった。

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