第85.9話 過保護な守役は贅沢な戦を語る

「魔法でもないのに、どうやってあんな事を……?」


 未だ「ドォ――――――――ッン!」と轟音が響き、爆炎が荒れ狂う中、カサンドラ殿が誰に言うとなく呟いた。


 意図せず漏れ出たような言葉だ。


 ただし、もはやそこに驚きの色はない。


 正体を見抜ぬくおつもりなのであろう。


 眼光鋭く、爆発が続く様を見つめておられる。


「カ、カジタ様? 本当に魔法じゃないんですか? これ……?」


 ハンナ殿が「驚き過ぎで顎が外れそうなんですけど……」と、文字通り開いた口が塞がらぬ様子で尋ねた。


「然り。魔法ではござりませぬ」


 手前の答えに、ハンナ殿だけでなく商人衆も目を剥く。


 とても信じられないと目で訴えていた。


「あの……タマグスリの使い方はテッポーだけじゃないって言ってましたけど……本当に?」


「先のネッカーでの戦にて、ハンナ殿も焙烙ほうろく火矢びやをご覧になられたはず」


「いやでも……ホーロクは投げる人がいたじゃないですか? でも、今回はそんな人いませんよ。サイカ様やテッポー衆だって市壁の上に陣取ったまま動いていないし……。爆発の規模だってもっと小さかったような……。ですよね? クリスさん?」


「あれは魔法じゃない……魔法じゃないわぁ……。間違いなくねぇ」


「えっ!?」


「魔法だとしたらぁ、炎の魔法の一種なんだろうけどぉ、魔法にしては黒煙が多過ぎるものぉ……。魔法は万物に宿る元素に働き掛けて起こす業……。魔法だったらあんなに黒煙は出ないわぁ。きっとあれはぁ、何かを燃やして魔法みたいな現象を起こしているのよぉ……」


「何かって……タマグスリですか? でもどうやって燃やしているんです?」


「ちょぉっと待って。待ってちょうだいねぇ……。今考えてるからぁ……。ママに勝ちたいしねぇ……」


 カサンドラ殿より先に答えを得たいのであろう。


 クリス殿は眉間に皺を寄せ、「うんうん」と唸って腕組みしておられる。


 残念ながら、その努力が報われる事はなかった。


 唸り続けるクリス殿の横で、カサンドラ殿が「分かったわ……」と手を打った。


「カジタ様、尋ねてもよろしいかしら?」


「何なりと」


「タマグスリは火を付ければ爆発するのでしたね?」


「左様にござります」


「土の中に火種を仕込んだタマグスリを埋めておき、敵が通った瞬間に爆発させているのでは? 詳しい仕掛けまでは分からないけれど……」


「さすがは魔法の大家であられる。御明察にござります」


 この短い時間で答えに辿り着いたカサンドラ殿。


 クリス殿が「負けたぁ!」と地団駄を踏んで悔しがる。


 ところが、正答を得たはずのカサンドラ殿も苦々し気な表情だ。


「如何なさいましたか?」


「魔法師でも魔道具師でもない方々に、こんな事をされてはね。おまけに詳しい仕掛けも分からない。ビーナウの災厄が面目丸潰れね」


「左様に卑下なさる事もありますまい。瞠目どうもくすべき御賢察かと」


「お褒め下さるのは嬉しいわ。でも今は、悔しいって気持ちが強いわね――――」


「――――そんな事よりもぉ! あれって結局どうやって爆発させてるのぉ!?」


「クリスちゃん? 『そんな事』ってどういう意味かしら? ママのプライドは『そんな事』呼ばわりされる程度のものなのかしら?」


「えっ!? いや……そう言う意味じゃ…………痛だだだだだだだだだっ! 割れるっ! 頭が割れるぅ!」


 カサンドラ殿をクリス殿の頭を腕で挟み、万力のごとく締め上げ始めた。


 ハンナ殿やマルティン殿が取りなそうとするが「手出し無用」と締め上げる力が一層強まった。


 そしてその態勢のまま「説明をどうぞ」と促される。


 クリス殿が泡を吹き始めているが……まあ良いか。


 魔法の撃ち合いなどと申す、尋常ではない親子喧嘩に比べれば、頭を割る程度の締め上げなぞ、大した話ではあるまい。


「あれは埋火うずめびと申す火器かきにござります」


「ウズメビ? 火を埋めるって意味かしら?」


「左様。人の足が乗る程度の大きさの木箱に玉薬を詰め、火種を仕込んだ蓋を被せて土に埋めるのでござります。誰かが蓋を踏めば、蓋と共に火種が玉薬に落ち、爆発します」


「そ、そんな簡単な仕掛けで……?」


「知ればどうと申す事なき仕掛けにござりましょう?」


「……余計に面目が傷付いた気がしますわ」


「これは失敬」


「だ、誰かが踏まなかったらどうなるのぉ……?」


 苦し気な口調で尋ねるクリス殿。


 カサンドラ殿の締め上げが続いているのだから無理もなかろうが、知りたいと言う気持ちに抗えなかったのであろう。


「誰も踏まずとも、時が経てば火種は玉薬へ燃え落ち、ひとりでに爆発するのでござります。敵が近くにおれば儲けもの。おらねば勿体なき次第にござるが、それも仕方のなき事に…………クリス殿? 聞こえておられるか?」


「お構いなく」


 クリス殿の代わりにカサンドラ殿が答えた。


 声を出したことは、クリス殿にとって墓穴にしかならなかったらしい。


 カサンドラ殿は「ふんっ!」と掛け声一つ、力を込めて締め直し、今やクリス殿は白目を剥いている。


「タマグスリとは恐ろしいものね。使い方次第で様々な戦い方が出来るんですから……」


「日ノ本では望むべくもない使い方でござります」


「どういうことかしら? ウズメビは異世界で作られた道具なのでしょう? どうして望むべくもないなんて……」


「玉薬に欠かせぬ原料の一つが日ノ本では産しないものでしてな。鉄砲のように少ない量で事が足りる火器ならともかく、埋火の如き多量の玉薬を要する火器は、贅沢な火器と申せましょう」


「原料……。そうね。それが道具である以上、原料の制約を受けるわね。魔道具作りも同じだわ。質の良い魔石が大量になければ、質の良い魔道具なんて作れないもの」


「然り。故に此度の隠れた一番手柄はマルティン殿やもしれませぬ」


「うちの夫が? ……まさか硝石が……!?」


「硝石は肥料以外にも使い道があったのでござります」


「硝石を見付けた時から、この戦いを思い描いておられたの?」


「贅沢な戦が出来る、とは思いましたな。敵のおらぬ所で勝手に爆発する火器を、数多揃えられる贅沢な戦が……」


 硝石の話を耳にして、尋常ならざるまでに歓喜した者が二人いる。


 一人は忍び衆の頭領たる左馬助。


 忍び衆の技の幅が広がり、出来る事が増えると喜んでいた。


 もう一人は鉄砲奉行の雑賀殿。


 戦にて使える玉薬の量が増え、使える火器の数も増えると大喜びしていた。


 雑賀殿が手前の元に配され、ビーナウにも赴いたは、雑賀殿が火器に通暁つうぎょうする御仁ごじんであればこそであった。


 此度の戦、かの雑賀衆、根来衆の面目躍如たる戦いぶりと申せよう。


「全く以って贅沢な戦にござります。敵の通りそうな場所には悉く埋火を仕掛け、玉薬の量も倍にしたのでござります」


「それであの爆発の威力……。敵兵は災難ね?」


「人と言わず、馬と言わず、丸太と言わず、吹き飛ばしてしまいましょうぞ。玉薬を湯水の如く使えるとは実に気分良きもの。雑賀殿も興が乗ったのでござりましょうな。一つ埋火を踏めば、周囲の埋火も共に爆発するよう糸や縄を使って仕掛けを施しておりました」


「道理で連動するように爆発していた訳だわ……」


「此度は埋火の中に古釘ふるくぎや錆びた鉄片てっぺんも混ぜ込んでおります。埋火を踏んだ者はもちろんの事、周囲の者も只では済みますまい。埋火の威力が倍加ばいかしようと申すもの」


「それはカジタ様の思い付きかしら?」


「敵兵を悉くほふるには多量の玉薬を爆発させるだけでは足りませぬ。たとえその場は逃れても、やがて傷口は腐り落ち、命を落としましょうぞ。斎藤の御家に弓引いた愚かしさ、存分に味わわせてやるのでござります」


「……恐いお人ね――――」


 ダァ――――――――ンッ!

 ダァ――――――――ンッ!


 ダダァ――――――――ンッ!


 さて、埋火はそろそろ打ち止めか。


 市壁の上に配した鉄砲衆が、残る敵に向かって鉄砲を放ち始めた。


 中にはたけが五、六尺程もある狭間さまづつを放つ者もいる。


 根来杉ノ介を始め鉄砲上手の者共であろう。


 あらかじめ定めておいた通り、魔法師を探して狙い撃っているはずだ。


 あの埋火の爆発の中で如何程生き残っているか知らぬが。


「御注進っ!」


 しばし絶えていた使番が駆け込んで来た。


「敵陣にて火の手が上がっております!」


 埋火の黒煙の向こう、敵本陣に白煙が幾筋も上がっている。


 敵陣に潜り込んだ忍び衆も始めたようだ。


「――――御注進っ!」


「今度は何事か?」


「北に赤備え! 御旗みはた撫子なでしこ! 後詰の衆にござりますっ!」


商人衆から「おおっ!」を声が上がる。


「カサンドラ殿、クリス殿」


「はい?」


「な、なぁにぃ……?」


「後詰の動きに合わせて我らも打って出ますぞ。御両人はその先駆け。魔法にて抗う敵を打ち払っていただきたい。ハンナ殿ら冒険者は御両人の背中をお守りするよう」


 カサンドラ殿は凄絶な笑みを浮かべ、クリス殿とハンナ殿は「任せてぇ!」、「任せて下さい!」と屈託ない笑顔を浮かべた。


 さて、あと一息か。

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