第46話 「ゲルトとカスパルの首は獄門に懸ける」新九郎は宣言した

「最後の首にござる」


 竹腰が告げると、近習達が二人分の首を運んで来た。


 首の連続に疲れ果てた様子のミナとヨハンであったが、首を目にして顔付きが引き締まった。


「首の主はゲルト・フォン・アルテンブルク殿。続いてカスパル・フォン・アルテンブルク殿。敵軍の御大将と副将にござります。ネッカーの町門前にて、若が討ち取られましてござります」


 重臣達から「おおっ!」と声が上がる。


 そして首を覗き込み――――一様に顔をしかめた。


 ゲルトの顔も、カスパルの顔も、恐怖と苦悶に彩られ、強く歯噛みしていたのだ。


「これはまた……随分な凶相にござるな……」


 藤佐とうざが口元を押さえ、苦々し気に呟いた。


 この意見に同意する声が続く。


 何人かは、佐藤の爺と竹腰に視線を送った。


 首化粧の指示をしていたのは二人だ。


 ゲルトとカスパルが凶相であったことを知らぬはずがない。


 凶相の首は大将の前に引き出さぬが習い。


 何故そのままで引き出させたのかと問うておるのだ。


「……ふん。憎たらしい顔よな。都合が良いわ」


 ミナとヨハンはギョッとしたような表情になり、離れた場所にいるクリスとハンナは「こいつは何言ってんだ!?」と言いたげな顔をしている。


 家臣達も程度の差はあれ驚いているようだ。


 重臣達は他と比べて平静な様子だが、俺とミナの周囲を固める若い近習達はあからさまに驚いている。


 首を持って来た二人など、すぐさま手放し――――いや、捨て去ってしまいたそうな顔だ。


「俺が命じた。この首はこれで良い」


「……何かお考えが?」


 山県の問い掛けに大きく頷いてみせる。


「他の首は丁重に供養した後、遺族の元に還す。だがゲルトとカスパルは別だ。こ奴らは虚説きょせつを流して主君たる辺境伯を貶め、弓を引いた謀反人である。咎人とがにんとして、首は獄門ごくもんに懸ける」


 重臣達は「致し方なし」と納得顔で頷いた。


 一方、ミナとヨハンは「『ゴクモン』とは何か?」と、不安と疑問が入り混じった表情で俺の顔を覗き込んだ。


さらし首の事だ」


 答えを聞いたミナは「そんなことだろうと思った」とでも言いたげに表情を歪める。


 ヨハンも口元に手を当てながら首を振った。


「……一体何処に晒すつもりだ?」


「領都の門前が良いな。あそこならば数多くの者の目に入る。謀反人の末路が如何なるものか、領内に広まるのも早かろう」


「……穏やかな死に顔より、恨みを残していそうな凶相の方がより効果は増す……ということか?」


「分かってきたではないか。左様だ」


 ミナが嫌そうな顔をした。


 せっかく褒めてやったのにのう……。


「ミナはこんな顔をしておるが、ヨハンはどう思う?」


「……処刑された罪人の遺体を見せしめに晒すのはよくある事です。ただ、首だけ……と申しますのは初めてで……」


「やらぬ方が良いと思うか?」


「……嫌悪する者もいるでしょうが、罪人には相応の罰を下さねばならぬこともまた事実です。加えまして、ゲルトとカスパルの死を確実に知らしめた方がよろしいかと」


「奴らに与する者共の意気を挫かねばならんからのう」


「申し上げるまでもございませんでしたか」


 ヨハンが軽く頭を下げた。


 ふむ……。この者、心映えが良いだけでなく、自分の頭でしっかとモノを考えられる男のようだ。


 このまま帰してしまうのは惜しいな……。


「ヨハンよ。お主、辺境伯のお側にお仕えする気はないか?」


「は? わ、私がですか?」


「そうだ。俺は一応、筆頭内政官とやらになっておってな、人材の登用を辺境伯へ進言出来る立場にある。ミナ、よかろう?」


「シンクローが推した人物なら、お父様もご納得下さると思う。私もあなたのような方がお父様の側近くに仕えてくれるなら心強い」


 ミナも好意的な意見を口にする。


 だが、ヨハンは恐縮した様子で首を横に振った。


「ブルームハルトの本家は爵位を賜っておりますが、私などは分家のそのまた分家の出身。家督も継げぬ三男坊です。私の様な身分の者が辺境伯のお側にお仕えするなど、恐れ多いことです……」


「ふふふ……。その言い方では『身分に自信はないが、己の才には自信がある』と聞こえるぞ?」


「そ、そのような驕った考えは毛頭……」


「身分など気にする事はない」


「……は?」


「身分で辺境伯への忠義が決まるか? 才が決まるか? 違うであろう? ゲルトとカスパルを見てみよ。奴らは親族にも関わらず、辺境伯のお命と地位を狙った。拙い戦を行い、多くの兵を死なせた。今の辺境伯家に必要な者は身分高き者ではない。忠義と才のある者だ。身分に拘泥する心などドブに捨ててしまえ」


 ヨハンはしばし考え込んだ後、静かに口を開いた。


「……一つお願いがございます」


「何だ?」


「部下の兵達も共にお仕え出来ないでしょうか? 私が辺境伯にお仕えすれば、残された彼らが不利益を被るかもしれません。どうか……」


「つくづく兵を慈しむ男だな、お主は。良かろう。まとめて面倒を見る。俸禄ほうろくも住まいも案ずる事はない。必要なものはこちらで用意する。家族がいる者は同行させても構わん」


「は、ははっ! 有難き幸せ!」


「戦の後始末が終わり次第、ネッカーの町に出仕しゅっししてもらうぞ。仔細しさいは追って沙汰さたする。今日のところはゆっくり休め。大儀であった」


「ははっ!」


 返事をするヨハンの声は少しばかりくぐもっていた。


 下を向いたままで分からなかったが、もしかすると泣いていたのかもしれんな。


 近習に促され、ヨハンが陣の外へと退出する。


 すると、竹腰が思い出したように「オホン!」と一つ咳ばらいをし、首注文の末尾を読み上げた。


「此度の戦にて首実検に供した首数百余人、雑兵ぞうひょうの討ち取り千余人、生け捕り千余人、その他追い討ちその数を知らず……以上にござります」


 こうして、首実検すべて幕を閉じ――――、


「――――お待ちください」


 若い男の声が俺の独白を遮る。


 同時に、「ジャラリ」と算盤珠そろばんだまの音が鳴った。


 斎藤家の財布を預かる御蔵奉行おくらぶぎょう松永まつなが弾正忠だんじょうのちゅう利久としひさであった。

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