第44話 「只今より首実検を行う」ミナ達は青ざめた

「若のお成りにござります!」


 若い近習きんじゅうがそう呼ばわり、屋敷の前庭に張った陣幕がまくり上げられた。


 陣幕の内側では、甲冑姿の家臣達が左右に分かれて床几しょうぎに座っている。


 佐藤の爺、左馬助さまのすけ藤佐とうざ、山県、浅利、小幡、雑賀……他にも何人かの姿がある。


 いずれも斎藤家を支える重臣達だ。


 陣幕の内側に一歩入ると、全員が示し合わせたかのように立ち上がった。


「え、えっとぉ……」


「本当に私達も入るんですか?」


「構わん。隅の床几に座っていてくれ」


 クリスとハンナにそう告げる。


 今にも逃げ出したそうな顔をしているが逃がす訳にはイカン。


 ここにはミナの身内と呼び得る者はこの二人しかないのだから。


 今から行うことを考えれば、ミナも一人では心細かろう。


 それに、辺境伯側の人間がミナ一人と言うのはよろしくない。


 たとえ同盟相手であっても、込み入った話をする時は複数人で応じなければならない。


 使者に出た者が相手方に取り込まれる事を防ぐためにな。


 戦国乱世においては当然の配慮だ。


 無論、異界でも同じかどうかは分からんが、余計な諍いを産まぬためにも俺達の流儀に合わせてもらうとしよう。


「さあ、こっちだミナ」


「え? いいのか?」


 陣幕の奥――上座に置かれた二つの床几を指差すと、ミナは戸惑い気味に尋ね返した。


「彼らはサイトー家の家臣ではないか。私が上座に座るのは……」


「良い。形の上では、俺は辺境伯家の筆頭内政官。辺境伯家の家臣だ。ここにいるのは家臣の家臣。主家である辺境伯家のミナが何を遠慮する事がある?」


「……分かった」


 そう言いつつも、ミナは静かに椅子へ進み、俺が腰を下ろすのに合わせて遠慮深そうに座った。


と、その瞬間――――。


「おめでとうござりまする」


「「「「「おめでとうござりまする!」」」」」


 佐藤の爺の音頭で皆が戦勝を言祝ことほぐぐ。


「うむ。大儀であった」


 短く応じると、ようやく皆が顔を上げた。


「只今より首実検くびじっけんを行う」


 俺の言葉に家臣達は平然と頷くのみだが、ミナ、クリス、ハンナの三人は青い顔をしている。


 これから何をするか、事前に伝えた時の事。


 俺が『首――』と言い掛けた瞬間にミナは表情を歪め、クリスとハンナは逃げ出そうとしたからな。


 異界の『ばあさあかあ』が今度は一体どんな恐ろしいことを始めるつもりなのかと喚かれたものだが……まあ、俺達に付き合っておればその内に慣れるであろうよ。


「……ん? シンクロー、この者達は?」


 俺とミナの周囲を近習達が取り囲む。


 左右には槍を構えた者が控え、後ろには刀の柄に手を掛けた者が控える。


 さらに、弓に軽く矢をつがえた者が俺達の斜め前に控えた。


「首実験の作法だ。恨みを抱いた首は飛んで噛みつくと言うからな。万が一の用心よ」


「飛んで噛みつく……」


「首が出てきたら剣の柄に手を掛けよ。敵に相対するのと同様に、しっかり気合を入れてな。それから首を見る時は左の目で、横目で見よ」


「分かった……」


 青い顔のままだが、ミナは力強く頷いた。


 その意気やよし。


 と、そこで、若い男が一人、俺達の前に引き出された。


 所々が血や泥で薄汚れた服を着ているが、町の衆や冒険者が着ていたものに比べて明らかに仕立てが良さそうだ。


 軍目付いくさめつけ竹腰たけごし次郎兵衛じろべえ吉光よしみつが前に出て説明を始めた。


「この者、アルテンブルク辺境伯家家臣、ヨハン・ブルームハルトと申しております。ネッカーの町にて深手を負っておる所を生け捕りにいたしました。討ち取った首の身元を証明する証人になると申しております」


 ヨハンは騎乗を許された身分――異界の騎士であるらしい。


 生け捕ったのはゲルトとカスパルを討ち取った後のこと。


 戦意を失った敵兵が次々と降伏する中で、深手のヨハンは配下の兵十人ばかりに守られつつ、ネッカーの町を脱出しようと試みていた。


 ところが町の門は俺の兵が固めており、進退に窮してしまう。


 門上の櫓にて戦場の検分を行っていた竹腰はヨハン達に気付き、降伏を薦めた。


 ヨハンの兵らは主人が辺境伯家に対する謀反の罪で罰されるのではないかと案じ、降伏を拒んだ。


 ところが当のヨハン自身に降伏を命じられ、泣く泣く降伏したのだという。


 ふむ……。良い所なく醜態を演じたゲルトの軍の中にあって、斯様かように将と兵の絆が深い者達がいたとはな。


 兵が降伏を拒んだのはヨハンを思えばこそ。


 ヨハンが降伏を命じたのは兵を思えばこそ、だ。


 俄然、この者に興味が生まれた。


「ミナ、この者を知っておるか?」


「彼自身は知らない。だが、ブルームハルトの本家は寄騎貴族の一つだ」


「そうか。身分ある者か――――」


「申し上げたき事がございます!」


 突然、ヨハンが声を上げた。


 が、直ちに竹腰や近習達の手によって抑え込まれてしまう。


「許しもなく口を開くでない!」


「待ってくれ! タケゴシ殿!」


 ミナが立ち上がって竹腰達を止める。


「私に何か言いたいことがあるのだと思う。言わせてやって欲しい」


「いえ、しかし……」


「よい。竹腰、ミナの思ったとおりにさせてやれ」


「はっ……」


 竹腰達がヨハンの肩を掴んで引き起こした。


「ヨハン・ブルームハルト、私に言いたいことがあるのだろう? 聞かせてくれ」


「お許し下さるのですか?」


「もちろんだ。家臣の言葉に耳を傾けるのは主君の務め。今、ここにはおられないお父様――辺境伯に代わって私が聞こう」


「……まずはお礼を申し上げます。お嬢様は魔法で私の傷を癒してくださいました。私はお嬢様に救われたのです」


「そうだったか……。すまない、あの時は怪我人が多くて貴公の事は覚えてない」


「分かっております。私の傷を癒すや否や、お嬢様は別の怪我人の元へ向かっておられました。お礼を申し上げる暇もございませんでした」


 ヨハンは深々と頭を下げ、そのままの姿勢で続けた。


「此度の事、許されるとは思っておりません。我らはゲルトとカスパルの専横を知りながら、彼らに言われるがままに兵を出してしまいました。何と言い訳したところで謀反むほんに他なりません。処罰は覚悟しております。しかし、兵らは命に従ったに過ぎません。何卒お許しいただきたく……」


 ほう……。この者、やはり思った通りの人物だ。


 俺の顔を見るミナに、軽く頷いた。


「貴公の心配は不要だ。ゲルトとカスパル以外の者を罰するつもりはない」


「……まさか! ほ、本当なのですか!?」


「もちろんだ」


 ミナの返事を聞いたヨハンはしばし呆然とした後、呟くように語り始めた。


「ゲルトは、お館様、奥方様、お嬢様が、怪しげな者共の手に掛かってご乱心召され、正気を失ったと申しました。戦の前にお嬢様が下品な言葉を口にされた時は何事かと思いましたが……」


 ミナが「うっ……」と小さく呻くと顔を赤くした。


 自分の申したことを思い出したのであろう。


 だが、ヨハンは気付かぬ様子で言葉を続ける。


「その後の我が軍の体たらくを想えば、お嬢様の言動は敵を死地に誘う見事な挑発に他なりません。お嬢様は言葉一つで勝利を呼び込まれたのです。只今の見事なお振舞と言い、アルテンブルク辺境伯家の御令嬢に相応しい、ご立派な態度にございます」


 あの挑発――悪口雑言を褒められるとは思っていなかったのだろう。


 ミナは大いに戸惑った様子だ。


 上手く言葉を出せないでいる。


 助けを求めるように俺を見る。


 仕方があるまいな。


 ここはミナを助けてやろう。


 俺もこの者に興味がある。

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