第35話 「辺境伯のご意思に服さぬは逆賊ぞ」新九郎は不忠者を脅した
「お前が噂の客人とやらか?」
ゲルトが憎々し気な目で俺をにらむ。
一方、突き倒されたカスパルは恨みのこもった目で俺を睨みながら、逃げるようにゲルトの横に控えた。
実にやり込め甲斐のありそうな二人だ。
俺はミナ達に変わって前に出た。
「斎藤新九郎と申す。以後、お見知りおきを」
「サ、サイトーシンクロー?」
おかしな発音にクリスが「クスクス」と笑う。
ゲルトは顔を赤くし、嘲るように口を開いた。
「ふん! こんな珍妙な格好の人間を呼び込むとは……辺境伯家の名が廃るわ!」
「ち、父上の仰る通りだ! 剣の腕が立つからって偉そうに! 僕に手を出していいと思っているのか!?」
「剣の腕が立つ、か。貴公らとは初対面のはずだが、
「へ? あっ――――」
「う、噂で聞いたのだ! 辺境伯家に押し掛けた客人とやらは剣の腕が立つらしいと! そうだなカスパル!?」
「は、はい! そうだ! その通りだ!」
早くも馬脚を現したかと思ったが、ゲルトが上手く助け舟を出しおったか。
少しイジメてやろうかと思ったが、まあよい。
ネタはまだまだいくらでもある。
「辺境伯の世話になっている人間として、この状況は見過ごせん。俺も混ぜてもらおう」
「部外者が口を出すな!」
「そう言えば……異世界から来た、などとうそぶいているとも聞いたな。いけませんな。そんな輩を客人として招くなど……」
こ奴ら……東の荒れ地に現れた俺の領地に気付いておらぬのか?
いや、そもそも荒れ地になど関心が無かったか?
それはそれで好都合だが……カスパルめが「怪しい奴が口を開くな!」と喚き散らす。
実にうっとうしい。
早く話を再開しよう。
「そうはイカン。侍は恩義に報いるもの。これを見過ごしたとあっては末代までの恥。特に、お主ら不忠の臣を見逃したとあってはな」
「不忠だと? 無礼な! この私は辺境伯の後見人として、長年辺境伯家を支えてきたのだぞ!?」
悪行の証拠を隠せていることに自信があるのだろう。
ゲルトが堂々と言い放つ。
だが、証拠など無用。
こ奴らを
やり込める――――言い負かして熱くさせる事そのものが目的なのだからな。
では、始めるとしよう。
「不忠の証拠ならあるぞ」
「ほう……面白い。聞かせてもらおうか?」
「今日になってここへ来たことだ」
「何を言うかと思えば……。我々がここへ来たことは偶然だと言っただろう?」
「僕達がアルバンを害したとでも言うつもりか!? 無礼者め! 許さんぞ!」
冷静に返すゲルトと違い、カスパルは失言したことも忘れてしまったらしく、唾を飛ばして激昂する。
こ奴は辺境伯の従兄弟だが、さすがに辺境伯家の当主を呼び捨てにするのはどうかと思うぞ?
馬脚を露したかと思えば、今度は化けの皮が剥がれてきたな。
「ふん……見た目だけでなく頭の中身まで軽薄とは」
「なっ……なっ……お前っ!」
「俺の言葉をよく聞いたか? 俺は『今日になってここへ来た』と申したのだ」
「は、はあ? 一体何が違って……」
「大地震に巨大な霧、この地が大きな異変に見舞われてから今日で十日だ。その間、
「い、今そんな話は関係ない!」
「大いに関係がある。お主らは家臣なのであろう? 先程己の口で申したではないか。親族であっても辺境伯と対等の立場ではあるまい?」
「何ぃ? それがどうした!?」
「お主らにとって辺境伯は忠義を尽くすべき主君であるぞ。その主君のお膝元で異変が起こっておるのに気付かぬとはな。それで忠義を尽くしたと言えるのか?」
「僕達だって――――」
「まあ待てカスパル。どうやら誤解があるようだ。我々とて事態に気付かなかった訳ではないし、地震で被害を受けたのは我らも同じ。民も混乱していた。領内の平穏を取り戻すため我々は――――」
「言い訳無用。分かっておるならば尚更悪い。この間、お主らは使者の一人も寄越さなかったであろう?」
「だから領内の平穏を――――」
「領内の平穏を口にするならば、まずは主君の無事を確かめるが先決ぞ! 万が一、辺境伯の御身に大事があれば、領内の混乱は否が応にも高まろうが! そんな簡単な道理も分からんか! この痴れ者め!」
一喝すると、カスパルは驚いて尻餅をつき、ゲルトもわずかながらひるんだ気配を見せる。
なるほど……こ奴らのことが分かって来た。
立場の弱い相手に対して
さあ、攻め時だ。
「いや、単なる痴れ者ではないかもしれぬな。もしや……お主ら恐かったのか?」
「恐い、だと?」
「そうだ。お主らは打ち続く異変に肝を冷やし、恐れをなした。異変の中心に近いネッカーの町に近付きたくなかったのだ。だからこそ、異変が収まりを見せた今頃になって現れた」
「い、言い掛かりも甚だしい!」
「臆病者」
「……な、何?」
「もう一度言ってやる。この臆病者め! お主は己の臆病に負けて主君を捨て置いたのだ! これを不忠と呼ばずして何と呼ぶ!? 辺境伯に成り代わり斬り捨ててくれようか!」
左手で刀の鯉口を切ると、カスパルは完全に腰が砕けてしまった。
力の入らぬ両足をかいて何とか後ずさりしようとするが、上手くいかない。
一方、ゲルトの方は顔を真っ赤にして歯ぎしりをしていた。
「…………れ」
「何だ? 聞こえん」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! お前は部外者だ! 部外者が口を挟むな! これは辺境伯家の問題だ!」
「ふむ……辺境伯家の客人は部外者には違いない」
「そうだ! お前に口を挟む権利など無い! 黙って部屋から出ていけ!」
「ならば部外者でなければよいのだな?」
「何を言って――――」
「これを見よ」
ゲルトの言葉を遮り、目の前に巻物を広げた。
辺境伯からいただいた例の巻物だ。
それを見たゲルトは絶句し、覗き込んだ奥方やベンノ殿、クリス、そしてミナ、全員が言葉を失った。
巻物にはこう書かれていた。
誓約書
一 ネッカー川から東の土地をサイトー・シンクローに与え、子々孫々に至るまでその権利を認める。これを害する者は、アルデンブルク辺境伯家が討伐する。
二 サイトー・シンクローをアルデンブルク辺境伯家筆頭内政官に任じ、辺境伯家当主が政務の権を執れぬ時はこれを代行する。
三 サイトー・シンクローを長女ヴィルヘルミナの婿とし、辺境伯家の家督を継承させる。
帝国歴四百二年九月十四日
アルデンブルク辺境伯アルバン
斎藤新九郎利興
「ふ、ふざけるな! こんな落書き――――」
「旦那様の署名です……旦那様の文字です!」
「筆跡に間違いありません! お館様のご署名です!」
奥方とベンノ殿が署名を指差し叫ぶ。
クリスは「うっそ~……」と口元に手を当て、ミナは「む、婿? シンクローが!?」と混乱の極みにある。
では、仕上げといこう。
「書状の真正が証明されたな。ところでゲルト殿? 落書きとか聞こえた気がするが?」
「い、いや……」
「これが辺境伯のご意思。これに服さぬ者は逆賊ぞ? お分かりかな?」
ゲルトの歯ぎしりの音が、ついに途絶えた。
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