第24.5話 ヴィルヘルミナの独白 その参
「斎藤家当主、
シンクローの父上が自己紹介した。
やはり異世界の名前は耳にしても口にするのは難しい。
とりあえずサコン殿と呼ぶことにしよう。
「こんな格好のままで申し訳ござらぬな」
「いえ、ご無理なさいませんよう……」
サコン殿は病床に身体を横たえていた。
先程は支えられながらも立っておられたが、身体は本調子ではないらしい
私の父上も長らく病床にある。
どんな思いでお話になっておられるのか、多少は分かっているつもりだ。
長居してお身体に障ってもいけない。
私達は手短に挨拶を済ませて退室する。
別室へ向かう道すがら、私は気なったことをシンクローに問い質した。
「父君はご存命じゃないか」
「死んだなどとは一言も申しておらんぞ?」
「父上と面会した時の口振りを忘れたのか? 『病床で政務を執っておりました』と過去形で言ったんだぞ?」
「今は俺が政務を執っているからな。それにしても気付かなかったのか? 家臣達は俺のことを『若』と申していただろう? 『お館様』でも、『殿』でもなくな」
「少し変だとは思っていたが……」
「お~い! こっちだよぉ!」
廊下の向こうで手を振るクリス。
私達が話している間にさっさと先へ進んでいたらしい。
部屋を覗くと、シンクローの母上と、ヤチヨと呼ばれていた女性が控えていた。
一礼して部屋に入ると、シンクローに問い掛けられた。
「
「いや、遠慮しよう。畳の上へ直に座るのも悪くない」
「思った以上に悪心地が良かったもんねぇ」
「お主ら本当に畳が好きだな……」
シンクローは苦笑いする。
「新九郎。お話してもよろしいかしら?」
なぜかは分からないが、待ちきれないといった様子のお母上。
シンクローが「どうぞ――――」と言い切らぬ内に、身を乗り出して名乗られた。
「お初にお目にかかります! 新九郎の母、
「モチヅキ殿の?」
「我が兄がお世話になっております。八千代にござります。以後お見知り置きください」
丁寧な所作で挨拶をするヤチヨ殿。
言われてみれば涼やかな顔立ちが望月殿とよく似ている。
濡れたような長い黒髪と切れ長の瞳が美しい女性だ。同性の私でも思わず溜息が出てしまう。
褒め言葉の一つも口にするのが貴族の礼儀だと口を開きかけるが――――、
「お二人のお話は山県殿と望月殿から話は聞いておりますよ! 私もミナ様、クリス様とお呼びしてよろしいかしら!?」
――――ヤチヨ殿が言い終えるや否や早口で捲し立てるミドリ殿。
口調や態度から友好的であることは間違いないのだが、あまりの勢いに圧倒されてしまい「わ、分かりました……」としか返せない。
鉄砲を撃ちかけられた時はこんな女性とは思わなかった。
もっと
私やクリスが何か反応を示す度に目を輝かせる様は十代の娘と変わらない。
いや、そもそもこのお方はお幾つなのだ?
シンクローのような歳の子がいるとはとても思えない若い容姿で――――。
「ミナ様? ミナ様? どうかなさいました?」
「い、いえ。何でもありません」
「そうですか。ところで――――」
お母上がさらに身を乗り出した。
「――――どちらが新九郎に嫁いでいただけるのですか!?」
「は!? と、嫁ぐ!?」
シンクローが「母上!」と止めに入るが「あなたは黙っていなさい!」と一撃で撃退されてしまった!
あのシンクローがだ!
ゴブリンを素手で退治し、デニスをカタナの柄だけで倒したあのシンクローを……。
やはりこのお方は
この容姿も相手を油断させるための?
異世界なら何があってもおかしくない!
私が身構える中、クリスはのほほんと尋ねた。
「あのぉ、アタシはただの庶民なんですけどぉ、本当にお嫁さんになっていいんですか?」
「もちろんです! 傷を負った家臣達を癒していただいたあの術、まさに神仏の御業です! 否と言う者は殿であろうと家臣であろうと私が叩き伏せます!」
さらりと物騒な言葉が聞こえた。「説き伏せる」ではなく「叩き伏せる」とおっしゃるあたり、どう考えても武闘派だ!
クリスはのん気に「やったぁ! 領主夫人!」なんて喜んでいるが、知らぬ内に獰猛な肉食獣に追い詰められているような気がしてならない。
ミドリ殿はさらにとんでもないことを口にされた。
「クリス様が乗り気で嬉しいわ! ミナ様は
「えっ!?」
「ここは異界の地! 生き残るには頼れる親族や家臣が必要です! 新九郎の弟、新五郎はまだ九歳ですし、殿に気張っていただくのも難しいでしょう! いえ、私は全然どんと来いなんですが! ならば新九郎には気張ってもらうしかないのです! 親しくしている娘さんがいらっしゃるなら渡りに船! そのお方が有能な方ならなおのこと逃がす訳にはいきません!」
「お、お気持ちは理解しましたが、私は別に――――」
「いいえ! ミナ様は新九郎を憎からず思っておられますね? 私には分かり――――ぐえっ!」
翠殿がカエルの潰れたような声を出す。
いつの間にか背後に回ったヤチヨ殿がミドリ殿の首に腕を回し、私達から引き離したのだ。
ミドリ殿ほどの女傑をこんなに簡単に?
「お方様? ミナ様がお困りです。お控えください」
「で、でもね八千代? 新九郎のお嫁さんがようやく見つかるかもしれないのよ? ハゲネズミの腰巾着がガタガタ言うせいで決まらなかったお嫁さんがようやく――――」
「太閤殿下をハゲネズミと申してはなりません。ハゲネズミに失礼です。それから奉行衆を腰巾着と申してもなりません。腰巾着に失礼です。それから若の事をお考えなら無理な縁組もいけません。いらぬ苦労をさせるだけです」
「それなら八千代がなってくれても……」
「…………はい?」
「だってあなた達幼馴染でしょう? 気心知れているじゃない? 望月殿は家中の信頼も厚いし誰も文句は……」
「これ以上おっしゃるなら締めますよ?」
「も、もう締めてる! 締まってる……!」
「若? 若? 起きて下さい。いつまで眠っておられるのです? お方様は押さえておきますので、ミナ様とクリス様を連れ出してください」
「う、うむむ……わ、分かった……」
ようやく気が付いた新九郎によって私とクリスは部屋の外へと連れ出された。
名残惜しそうな声が聞こえたが戻る気にはなれない。
その後、再び新九郎の弟妹から襲撃を受け――――。
この屋敷に、私の心が休まる場所はない。
間違いない。
異世界は狂戦士の国。
それも女子供関係なく、だ。
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