第14話 「斬られる覚悟ある者は前に出よ」新九郎は睨みつけた

「すごい……」


 静まり返った広場で、ミナの呟きだけが聞こえた。


 左馬助さまのすけから鞘を受け取り、抜刀と同様に曲抜きの技で納刀する。


 口を半開きにしたままの商人に歩み寄った。


「どうだ?」


「え? は?」


「上下真っ二つに両断して見せたぞ? 腕試しは成功であろう?」


 商人は俺の顔と案山子かかしを何度も見返す。


 何度かそれを繰り返した後、とんでもない事を口にした。


「ダ、ダメです……」


「何?」


「こ、これはダメです! 失敗です! 冒険者の皆さんはワラ人形を真横に斬ろうとしていたでしょう!? 真横に斬り裂いてこその上下真っ二つです!」


 行商人の言い訳に、俺より先にミナが怒りをあらわにした。


「見苦しいぞ! そんな条件は口にしていなかったではないか!」


「さて……手前は存じませんね……」


「貴様! 詐欺で捕縛ほばくされたい――――」


「今のは無効だ!」


「そうだ! 真横に切ってねぇ!」


 捕えようと手を伸ばしかけたミナを遮るように、冒険者達が行商人の肩を持ち始めた。


 『無効! 無効!』の大合唱だ。


「なっ……! どうして……?」


「ミナ、今は引いておけ」


「シンクロー!?」


「行商人と冒険者達は無言の内に結託したのだ。己の益を守るためにな」


「己の益? …………あっ!」


「そうだ。行商人は賞金、冒険者は賭けた金を守ろうとしている。銭金ぜにかねの絡んだ人間は恐ろしいぞ? 俺達三人では収拾がつかん」


「しかしそれでは……」


「任せよ。これで終わらせるつもりはない」


 この場の全員に聞こえるように声を張る。


「分かった! 今のは無効でよい! だが、こちらも銀貨を払っているのだ! 一度で構わん! 腕試しのやり直しをさせよ!」


 行商人はしばらく考え込んでいたが、間もなく答えを出した。


「……分かりました。こちらも一度は料金をいただいた訳ですからね。やり直しくらいは認めましょう。皆様もよろしいですか!?」


 冒険者達は文句を言いつつも、とりあえずは自分達の損が帳消しになったことに満足したのか、行商人の提案に歓声で答えた。


 すぐさま新しい案山子が用意され、俺の前へ引き出される。


「さあ、準備は整いましたよ? オーダチをご用意ください」


「いや、今回はこちらでいく」


 腰の刀を抜くと、周囲の空気が緩んだ。


「おっ……あのデカい剣を使わねぇみたいだぜ?」


「デカい剣に似た刃だが……ずいぶん細いな」


「あんなので斬れんのか?」


「折れたりして」


「しまった! 『斬れない』に賭けときゃ――――」


「――――――――ふっ!」


 バシュ! …………ボトッ


 冒険者達の戯言ざれごとに付き合ってやる必要はない。


 無視して刀を真横に振り抜き、今度こそ、条件通りにワラ人形は真っ二つになった。


 広場が静寂で満たされる。


「今度こそ上下に真っ二つ。相違そういあるまい?」


「いや……その……」


「何か?」


 殺気を込めて睨みつける。


 ついに、行商人の口から言い訳が出てくることはなかった。


「では、いただくぞ」


 ろくな返事も出来ない行商人の手から、金貨一枚と銀貨百枚が入ったザルを、何の抵抗もなく取り上げた。


「次はそちらだ。賭けは合計百三十四口――いや、俺の分を入れて百三十五口か。しめて銀貨百三十五枚。こちらもありがたくいただくぞ?」


 口を半開きにしている胴元の冒険者から、銀貨で一杯のザルを取り上げる。


「ミナ、左馬助、行くぞ」


「あ、ああ……」


「はっ」


 俺達が歩き出そうとすると、冒険者達から盛大な罵詈雑言ばりぞうごんが噴き出した。


「インチキだ!」


「あんな細い剣で切れる訳がねぇ!」


「辺境伯家は不正の片棒を担ぐのか!」


「くっ……! こいつら……!」


「往生際が悪い連中だな……。これを頼む」


「心得ました」


 左馬助に銀貨の入ったザルを渡し、斬ったばかりのワラ人形に歩み寄り――――


「――――ふっ! ふっ! ふんっ!」


 バシュ! バシュ! バシュ! ボトボトボトッ!


 残った胴体を三つに斬り裂いてやった。


 後にはもう土台しか残っていない。


「……異議のある者は前に出よ。己が案山子となる覚悟があるならばな」


 誰も返事をしない。


「俺は恥辱を与えた者の顔を忘れん。この場にいる者は――――」


 睨みつけつつそこまで言うと、冒険者は先を争って逃げ出し始める。


 蜘蛛の子を散らすとはよく言ったものだ。


 この場にこれほど相応しい言葉もあるまい。


 行商人の姿もいつの間にかなくなっていた。


「ようやく終わったな」


「お見事にござりました」


「すまなかったな。ずいぶん我慢を強いた」


「溜まった鬱憤うっぷんはすべて晴れました」


「はっはっは! ならば良い!」


 俺達が笑っていると、ミナがゆっくり近付いて来た。


「驚いた……本当に驚いた……。貴様には驚かされてばかりだ……」


「惚れ直したか?」


「なっ……!」


「冗談だ。それはそうとミナ、一つ尋ねたい。この町の門は、俺達が町へ入る時にくぐったものだけか?」


「門? どうしてそんなことを聞く?」


「理由は後でゆっくり話す」


 ミナは不可解そうな顔をしつつも「あの一か所だけだ」と答えた。


 答えを聞くや否や、左馬助は大太刀と銀貨の入ったザルを俺に手渡すと、門の方向を目指して駆けて行った。


 あっという間に姿が見えなくなる。


「モチヅキ殿は何処へ?」


「ちょっとした使いだ」


「同行しなくてよかったのか?」


「あ奴の足の速さは今見ただろう? 一人で行かせた方が早い。俺達は用を済ませながら待つとしよう。だがその前に――――」


「どうした?」


「案山子を道の端に片付けるのだ。辺境伯の娘と客人が町を汚したとあっては聞こえが悪い。このままではよい濡れ衣だ」


「…………剛胆なのか、繊細なのか、貴様はよく分からん男だな」


 ミナはぼやきつつも、率先して片付けを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る