第4話 「貴様の体にしがみつけだと!?」ミナは断固拒否した
「ぐぬぬぬ……」
目の前のミナが唸っている。
顔を赤くして唇を噛み、必死に耐えているようだ。
「それくらいにしておけ。いい加減にせぬと血が出るぞ?」
「分かっている!」
「こうなる原因を作ったのはお主自身であろう?」
「それも分かっている! だが……だがっ!」
「愉快な娘だ」
「何か言ったか!?」
「声を抑えよ。馬が驚く。なあ?」
「ぶふっ!」
俺の問いに、そ奴――馬が鼻を鳴らして答えた。
俺達は今、二人で馬に乗っている。
鞍にまたがり手綱を取るのが俺。
ミナはと言うと、俺の目の前に横向きで座っている。
手綱を取るために両腕を前にすると、ミナを抱き寄せるも同然の体勢だ。
これがミナにとってこの上もなく恥ずかしいらしい。
顔を赤くしながら耐え続けているのだ。
堅物そうだからもしやと思っていたが、この娘、勇ましいところがある割に男に対する耐性がほとんどない。
これはこれでそそられる。
思わずいじめたくなる程にな。
「日ノ本の馬は丈夫であろう? こ奴は特に頑丈でな。俺とお主を乗せたところでびくともせん。どうだ? そうは思わんか?」
「分かった。もう分かったから……私が悪かった。だからもう降ろして――――」
「遠慮は不要だ。お主は馬上の旅を楽しんでおればよい」
「むぅぅぅ……!」
さらに顔を赤くして下を向いてしまった。
さて、ミナが静かになったところで話を少し前に戻そう。
森の中で、再び『ごぶりん』が現れた時の話だ。
必死で逃げる『ごぶりん』を追う何者か。
その登場の仕方はなんとも派手なものであった。
ガサガサガサガサッ! ガチャガチャガチャガチャ!
「ブヒヒヒ~ン!!!!!」
ドカカカカカカッ! ドガッ! バキャ!
騒がしい音を立てて現れたそ奴は、先を行く『ごぶりん』に追い付き追い越し、一声大きくいなないて威嚇し、相手が怯んだところを後ろ足で強烈に蹴り飛ばした。
ちなみに、先程聞こえた「ドカカカカカカッ!」は猛然と『ごぶりん』を追う足音。
「ドガッ!」は『ごぶりん』を蹴り飛ばした時の音。
「バキャ!」は『ごぶりん』が木に当たって潰れた音だ。
あの蹴りに襲われてはひとたまりもあるまい。
俺の蹴りが幼子の戯れに思えるほどの強烈な蹴りだ。
二呼吸程度の間に全てを終わらせたそ奴は、太く長い首をグルリとこちらに向けた。
ジッとこちらを見つめている。
四本の足で立ち、長い顔と長い耳につぶらな黒目。
大きく発達した筋肉に包まれた身体は、黒光りする美しい毛皮に包まれている。
見事な
間違いない。そ奴は――――、
「……馬……か?」
ミナが絞り出すように呟いた。
『ごぶりん』を文字通り一撃の元に葬ったそ奴は、どこからどう見ても馬だった。
「いや、馬と判断するのは早計だ。ゴブリンを追い詰め蹴り殺す凶暴性……とても普通の馬とは思えん。新種の魔物かも――――」
「ブヒヒヒ~ン!!!」
ミナの言葉を遮るようにいなないたそ奴は、再び猛然と駆け出した。
俺に向かってな。
「何してるっ! よけろっ!」
ミナの叫びもむなしく、そ奴はあっさり俺に元へ到達し、歯を剥き出しに口を開いて――――、
「――――はっはっは! 止めんか止めんか! さすがに痛いぞ!」
「ぶるるるるるッ!」
俺の頭をガジガジと甘噛みする。
「えっと……知り合い……か?」
ミナが目を点にして、どこかズレた質問をした。
「俺の馬だ。名は
「ぶふっ……!」
首筋を撫でてやるとようやく落ち着いた。
怪我でもしていないかと身体を見てやると、鞍に色々と引っ掛かっていた。
いつの間にか消え去っていた俺の荷物だ。
刀もある。
こ奴が現れた時にガチャガチャ言わせていたのはこれか。
全て取り外してやると、気持ち良さそうに首を振った。
ガサガサガサッ!
「キ――――ッ!」
例の『ごぶりん』がまたぞろ茂みの中から姿を現した。
数は五匹。
さきほど討ち漏らした連中が味方でも連れて参ったか?
まったくうっとうしい!
しかもうち三匹は、
あんなナマクラでは、小枝一本斬り落とすのも難儀しよう。
とは申せ、粗末ながらも武器は武器。
弱卒が武器を手にして強気になったか?
仲間が如何なる目に遭ったか知らぬ訳ではあるまいに。
黒金が「ぶふふッ!」と鼻息荒く向かって行こうとするが、あんな武器でも――いや、あんな武器だからこそ、当たれば傷がひどいものとなるやもしれん。
ここは俺が相手をしてやろう――――。
「――――掛かってこい! 弱卒共!」
「「「「「キ――――ッ!」」」」」
一斉に飛び掛かって来る『ごぶりん』。
だが、その動きに深い考えは感じられない。
ただただ、力押しで襲い掛かろうと申すに過ぎぬ。
なんと好都合。
自ら間合いに入ってくれるとは――――。
「ふっ! ふんっ!」
「ガギャ!」
「グバッ!」
刀が一閃、また一閃とひらめくたび、濁った血が舞い散る。
「ふっ!」
「――――!」
最後の一匹は、
もはや悲鳴一つすら上がらぬ。
『ごぶりん』共が動かなくなったことを確かめて、刀の血を払った。
「手応えのないことよ。刀を汚しただけで終わってしもうた」
「ぶふふふっ!」
黒金が嬉しそうに鼻を鳴らし、俺の顔に鼻面を擦り付けた。
「すごい……」
後ろにいたミナが、思わずと言った様子で言葉を漏らした。
「なんて切味……。一振りで致命傷を……。使い手の腕と剣の質、どちらがかけてもこうはならない……」
『ごぶりん』死体をまじまじと見つめながら、ミナが呟く。
しばらく検分した後、ミナは恐る恐る近付いて来た。
「その……。素晴らしい剣技だった……。そんな細身の剣で、よくもこんな……」
「そうか。お褒めにあずかり光栄だ」
「…………一つ、頼みがある」
「申してみよ」
「私は異変の原因を調べるためにここまでやって来た。だが、目立った成果は何一つない。貴様と出会ったこと以外にはな」
「俺を成果とするつもりか?」
「……否定はせん。異変が起こった場所で、異世界からやって来たかもしれない人物と出会ったのだ。事態を収める手掛かりになるのではないかと考えるのが自然だ」
「道理ではあるな」
話しつつも、ミナはどこかムスッとした表情だ。
剣技は褒めたくせをして。
そう簡単に素直にはなれないらしい。
もちろん配慮などしてやらん。
その方が、きっとこの娘は面白い反応をするだろうからな。
「私に付いて来てくれ。お父様と話せば、こうなった原因が分かるかもしれない」
「どうかな? 俺は我が身に起きたことを何一つ理解出来ておらんのだぞ? 成り行きを説明する事しか出来ん」
「構わん。いずれにせよ、このまま別れる選択肢などない。実に不本意だがな」
ミナは俺の目を真っ直ぐに見据えた。
絶対に逃がす訳にはいかないと、固い決意が読み取れる。
二度も負けたくせに、良い覚悟をしている。
「いいだろう」
「……礼を言う」
「そうと決まれば、このような場所に長居は無用」
「ああ、また魔物が出て来るかもしれないからな」
ミナに先導されて進んでいくと、四半刻もせぬ内に森を出た。
そこは見渡す限りの草原で、遠目に川と、川向こうに町らしきものが霞んで見える。
「あれが目的地か?」
「ああ。ネッカーの町だ。当家の屋敷がある。手前の川はネッカー川。辺境伯領の中央を南北に流れ、東西を分ける境だ。魔物を防ぐ役割も果たしている」
「ネッカー……ネッカー……うむ。今度は口にしやすいな」
俺が呼び方を練習している横で、ミナが何かを探している様子で辺りを見回していた。
「探し物か?」
「私の馬だ。森に入る直前、地震に驚いてどこかへ行ってしまい、それきりだ。戻って来ていないかと思ったのだが……。仕方がない。探す時間が惜しい。今は一刻も早く町へ戻ろう」
「では、お主も黒金に乗るか?」
提案するとミナは疑わしそうに顔をしかめた。
「貴様の馬に無理させるのではないか?」
「心配ない。こ奴は抜きん出て丈夫な奴でな。俺とお主を乗せて歩く程度、造作もない」
「本当か? この小さな馬が?」
「小さい? 黒金がか? そんなことを言われたのは初めだ。うちにいる馬の中でも大きな方だぞ?」
「我らの馬に比べると頭一つ分は小さいぞ。ずんぐりむっくりで体型も良くないな。筋肉は付いているようだが、二人も乗れば潰れてしまうのではないか?」
「ぶふっ!!!」
「わあっ! 何をする!?」
黒金はミナに向かってくしゃみをすると、服に噛みついて引っ張り始めた。
「こ奴は頭が良い。自分がけなされていると理解したようだぞ?」
「けなす!? わ、私は冷静に馬体の評価をしただけ――――ひ、引っ張るな!」
「ぶふっ! ぶふっ!」
「乗れ、と言っているようだな」
「わ、分かった! 分かったから止めさせてくれ!」
という訳で今に至る。
ちなみに、ミナが俺の前に座っているのは「貴様の体にしがみつけだと!? ば、馬鹿を言うなっ!」と、俺の後ろに座ることを断固拒否したからだ。
その結果、今はこうして耳まで真っ赤にしているのだがな。
俺に斬り掛かって来た時と言い、やることなすこと裏目に出る娘だ。
さすがに気の毒か……。
黒金の腹を軽く蹴り、歩みを早めるよう促した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます