第3話 「ゴブリンは素手で退治できる」新九郎は実行した

「ゴブリン!」


 ミナが剣を構える。


 茂みから姿を現したのは、幼子くらいの背丈の生き物だ。


 猿のように「キーッ! キーッ!」と耳障りな鳴き声を発しているが、猿と違って毛皮は一切なく、肌はどす黒く濁った緑色。


 何より特徴的なのは、尖った耳とカエルのような目。


 耳元まで裂けた口元からは、汚らしくよだれを垂らしている。


 本能的に嫌悪感が湧く。


 醜悪という言葉がお似合いの姿形だ。


 こ奴らは次々と姿を現し、その数は十匹にもなった。


 こんな異形いぎょうが出てくるあたり、いよいよ神隠しを否定出来なくなった。ここは現世ではない。異界なのだ。


「こいつらを『ごぶりん』と言ったな? どういう生き物だ?」


「魔物の一種だ。群れると手強い……」


「これが魔物? 道理で気色の悪い姿をしている訳だ。ところで、こ奴らに触れることは出来るか?」


「触れる? もちろん可能だ」


「物の怪の類ではないのだな。すり抜けたらどうしようかと思っていた」


「すり抜けることはない……な」


「最後にもう一つ。群れると手強いと言ったな? ならば一匹一匹は弱いか?」


「退治に苦労することはない」


「結構。ではミナ、背中を任せたぞ。新手あらてへの警戒も怠るな」


「何? どうするつもりだ!?」


「こうするのだ!」


 応えるや否や『ごぶりん』どもに向かって駆けだす。


 醜悪な魔物共が戸惑ったように見えた。


 武器を持たぬ者が真っ先に動き出すとは思ってもいなかったようだ。


 狙いはどいつにするか。


 左側の奴ではない。右側の奴でもない。


 ちょうど真ん中あたりにいる奴だ!


 一気に距離を詰め――――、


「――――ふっ!」


≪グゲッ!≫


 頭を容赦なく蹴り飛ばしてやった。


 身体が小さいだけにあっさりと吹き飛び、木に当たって動かなくなる。首がおかしな方向に曲がっていた。


 奴の様子を横目で確認しつつ、動きは止めない。


 混乱する『ごぶりん』共を手近な奴から次々と蹴り飛ばして黙らせていく。


 足を軽く上げたあたりに奴らの頭があるのだ。蹴り飛ばすのは難しくない。


 四匹目を倒したところで、ようやく『ごぶりん』共が反撃に転じた。


≪キーッ!≫


 猿のように飛び上がって俺の顔を目掛けて迫って来るが――――、


「――――っ!」


≪ゴバッ!≫


 頭を殴りつけ地面に叩き落とす。


 背後から向かってきた奴は、頭を掴んで未だに動けないでいる奴へと投げ付けてやった。


 これで合計七匹。


 新手がいなければ残るは三匹だ!


≪キ……キーッ!≫


 だがしかし、残った連中は不利を悟ったのだろう。


 仲間を見捨てて逃げ出し、あっという間に茂みの中へ消えてしまった。


 無理に追うことはないか。


 奴らが逃げる「ガサガサ」という音が遠のいていく。


 振り返ると、ミナが目を丸くしていた。


「まだ警戒を解いてはならん。呆けている暇はないぞ」


「わ、分かった……」


「何か刃物は持っておらぬか?」


「……剣ではダメなのか?」


「警戒を続けるのに必要であろう? それはミナが持っておけ」


「なら、このナイフを使え……」


ミナが腰の袋から手の平大の刃物を取り出した。


「初めて見る刃物だな……ナイフと言ったか? 小さなものだが、奴ら相手には十分だな」


「何に使うのだ?」


「トドメを刺す。心の臓は左側でよいのか?」


首がおかしな方向に曲がった奴を含め、一匹も漏らさずトドメを刺していく。


 心臓と思しき位置に刃を立てると、奴らの肌と同じ色――どす黒く濁った緑色の血が流れ出した。


 血の色まで気色悪いとは……。おまけに鼻が潰れてしまいそうな酷い臭いだ。


 歯を食いしばって耐える。


 結局、七匹全部にトドメを刺すのに大した時はかからなかった。


 ナイフには血がベッタリとついている。人間の血に比べ、粘り気が強いように感じた。


 簡単には落とせそうにない。


 これをそのまま返すのは気が引けるな……。


 懐から手拭いを取り出し、血を拭う。


「ミナ、すまぬ。お主のナイフをひどく汚してしまった」


「いや……。そんなことより、貴様に尋ねたいことがある」


 ミナが険しい表情のまま、俺の顔を覗き込んだ。


「私を組み伏せた技と言い、ゴブリンを倒した手並みと言い、認めたくはないが、貴様の体術は見事だった。そこらのならず者やゴロツキが扱えるものではない」


「褒め言葉と思っておこう。比べる相手がならず者とゴロツキなのは残念だがな」


「一体どこで身に付けた? ゴブリンは強くはないが、素早い動きと小さな身体が相まって攻撃を当てづらく、数がそろうと厄介な相手だ。十匹も集まれば、経験豊富な騎士でも手を焼くほどにな」


「騎士? 騎乗を許された者のことか?」


「そうだ。剣技に優れ、兵を率いる力のある者が馬へ乗ることを許され、騎士となる。未熟とは言え、私も騎士の端くれだ。貴様の実力が分からん訳ではない…………」


 女子おなごが騎乗の士となるとは珍しい。


 まるで巴御前ともえごぜんだが、異界ではこれが当たり前なのだろうか?


 いや、女子と侮ってはならんな。


 魔法とかいう、恐ろしい技も使えるのだ。


「褒められて悪い気はせぬが、この程度大したものではない。槍や刀があればもっと楽に退治出来たであろうしな」


「槍は分かるが……カタナ?」


「お主の剣と違い、反りのある片刃の剣だ」


「……ちょっと待て。貴様は体術を修めた武術家ではないのか!?」


「武器を使った戦いの方が得意だ。体術はたしなみ程度に過ぎん」


「あれほどの体術がたしなみっ!?」


「そうだ」


「私はそんな相手に負けたのか……くっ……!」


 ミナが拳を握って悔しがる。


 古傷をえぐられたような顔をしている。


「そう気を落とすことはない。お主は剣だけでなく、あの魔法とやらも使えるのだろう?」


「魔法を知らないのか?」


「教えてくれるか?」


「……魔法とは、己の内に宿る魔力を使い、あらゆる現象を起こす技。風だけなく、炎を起こし、雷を走らせ、水を生むことも出来る。怪我を癒す魔法もある」


「なんと! そんなことが出来るのか! 誰でも使えるのか?」


「魔力は誰にでもあるが、魔法を使う感覚を掴むことが難しい。使いこなせる者は、百人に一人とも、千人に一人とも言われる」


「ならば、お主は得難い才を持っているのだ。気を落とすことはあるまい」


「その私に貴様は勝ったのだぞ? それも二度。怪我一つ負わせずに……。もしや、貴様は高名な武人ではないのか? 私が及びもせぬような……」


「高名ではないが武人は武人だ。侍だからな。幼い頃から武芸は厳しく仕込まれた」


「サムライ?」


「ようやく俺の話に興味が出てきたか? 一から話そう」


 日ノ本のこと、領主であること、神隠しに遭ったのかもしれぬことを話した。


 最初は信じてもらえなんだが、さて、今度はどうか?


 話が進むにつれ、ミナは口元に手を当て考え込み始めた。


「これはまさかホーガン様と同じ? いやっ! そんなはずはない! このような男が……」


「ホーガン? 何者だ?」


「……四百年前、シュヴァーベン帝国の建国に力を尽くしたお方だ。あらゆる武器を使いこなす一流の武人だったと伝わるが、出自しゅつじが謎に包まれている。異世界より渡り来た人物だったとも言われている」


「ほう……四百年前のホーガンか」


 もしや、朝廷ちょうていの官職である判官ほうがんの意味であろうか?


 四百年前と言えば、日ノ本では源平合戦の頃。


 その時代の判官で有名どころと言えば――――九郎判官くろうほうがん源義経みなもとのよしつねだが……。


「……まさかな」


「何だ?」


「いや、何でもない。ところでこの後のことなのだが――――」


≪キーッ!≫


 ようやく落ち着いて話が出来ると思えば、またしてもあの『ごぶりん』が一匹姿を現した。


 もしや、先程逃した奴が舞い戻って来たのであろうか?


 だが、俺達に目をくれることなく一目散に走り去ろうとする。


 まるで何かに怯えているようだ。


 そして、答えはすぐにやって来た。

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