超新星★涅槃寂静生地獄(ねはんじゃくじょういきじごく)
湿布汁
第1話 蕩けた少女を、練って削って。
「あっつい!」
この一言を最後に、私は夏の暑さに溶けた。
文字のごとく、肉は流体となり、骨はだらしなくしなり、命ある水たまりのように、私は溶けた。
放課後、日照る灼熱のアスファルトの上。
徒歩で下校その最中、私にとっての帰宅の最たる手段である脚は、二本ではなくひと塊となってしまった。
先程まで着ていた夏服が、軟体的な私の身体から離れていく。
まずい。このままでは己の裸を公道に晒すことになってしまう。今のこの、人であってヒトならざる姿をもってして、それを裸と言えるのかは知らないが。
兎にも角にも、私は花をも恥じらう、恋する乙女の16歳。己が素肌は、最愛の
私は急いで、身体から離れていく夏服をつかもうとする。
どこで?何で?どうやって?
知ったことか。自他の境界すら溶けて消えた今の身体でも、意地と意思だけははっきりとしているのだ。
数秒前まで使いこなせていた四肢の感覚を思い起こし、その水たまりは、何かを伸ばそうとした。
その瞬間である。
私は、その尋常ならざる身体を、自分の意志でピクリとでも動かすことができた。
その感覚を理解した、まさにその瞬間だった。
誰かが私の身体をスライム玩具のように練り上げ、絞り上げたではないか。
「やめろ!誰だ!乙女の身体をみだりにこねくりまわすんじゃあないよ!」
ドロドロになった身体の、一体どこからこんな声を上げられたのかは知らないが、私はその不躾な何者かに最もな苦言を呈する。
気付けば、あの鬱陶しい陽射しを全く感じない。
なんだどうした、周りは真っ暗闇ではないか!
お前は誰だ!なんでそんなに手が多い。なんでそんなに腕が多い!
それよりなにより、その礼儀のない真っ白な手を止めないか!
そのせいで私の身体は、心と肉体がすっかり混ざり合ってしまったぞ!
耐えきれない、このわけのわからなさ。
ぐねりぐねりと、謎の存在になおも捏ね続けられる私の、空想の三半規管がとうとう悲鳴を上げた!
「く、くきぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
どこからか込み上げてきた、何かを吐き出す感覚。
歪な私はやがて膨張し、破裂すると、びしゃびしゃ、ばしゃ、と、汚らしい水音を立てて飛び散った。
辺りの暗闇に撒き散らされたのは、虹色に輝く憧憬。
破裂した私の中から現れたのは、煌々と赤く輝く私の原石だった。
白い手の連中が、すかさずノミと槌を振って石の私を彫刻し始める。
削りに削られ、しばらくして生まれた、「整った」私。
艷やかな長い白髪。燃えるような赤い肌。鋭利な百二十八本の牙。
つぶらな第三の目。高鳴る六つの心臓。堕落を誘う極上の女体。
正確にはそれは私ではなく、同時に、私の念願でもあった。
もう何がなんだか。
そういうふざけた性分に成り果てた。お節介な腕々のせいで。
「始めまして、
誰がための挨拶を、憎たらしい暗闇に告げてやる。
途端、弾けて消え失せる黒い天蓋。
夏の日差しが、一回り大きくなった私の身体を照らし、長い影を車道に伸ばした。
太陽から注がれる光熱が、私の肌によく馴染む。
私は夏服を拾い上げると、その場で着直して、改めて歩み始めた。
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