第24話 ルナを追いし者



 ―――中央政府からの急報 ―――



 北方地区に攻めてきた凶悪な魔人を軍が取り逃し東方エリアへと紛れ込んだ。警戒を強める様にとの通達で緊急の対応。


 今やその極東国アストゥロ政府からも頼られるルナは国境の見回り超高速走を日に何周もしていた。

 それはまるで飛ぶような速さで。


 だが折角せっかく高まっていた士気も今回の任務でこの数日間もアジト潰しに行けなかった。


 次第に気持ちが空回って焦り始める。



 ああ、少しでも多く戦って、救って、徳も上げて……一秒でも早く強くならないと!

 セイカちゃん、無事でいて……


 幾らか魔物の進入を阻止したが、この世界には何万と市街に潜んで居る事を考えると、こんな事に意味を感じられなくなって来たルナ。


 ああ――っ、もうどうしたら……

 お兄ちゃん、助けて……


 焦りが焦りを呼び、高速走にも異様な拍車が。

 秒速数万歩になり限界を越えて……


 ドザザザザザザザザザザザザ――――ッ

 遂につまづきかけてなんとか踏みとどまる。

 ポツンと独り立ち尽くすルナ。



 ひゅう……



 と風が鳴って通り抜け、蒼ざめ、うな垂れる。

 とそこへ余りにリアルな幻聴が。



《―――ルナ、心配しないで。大丈夫》



 ハッ! これはお兄ちゃんの口癖……が不安に陥った時の……これは偶然? いや、何かテレパスみたい。


「誰っ? 誰かいるの ?!……」


 慌てて見回すが無論むろん誰もいない。遂にここまで弱音の焼きが回ったかと失笑するが、その言葉にだけは昔からいつでも安心してしまう。それにより自分を取り戻すルナ。


「でもコレじゃだめだ。こんな弱さがあれを招いた……未だに独りじゃ何も出来ない……」


 首を強く横に振って頬に軽くゲンコツをして自分をいさめ、再び走り出す。




 ―――疾駆しながら抱く一つの胸騒ぎ。


 その過剰な警戒情報がなければ気付かなかったであろう、昨日から自分をつけ狙う様な微かな気配。しかもそれは自分より遥か上の何かで殆んど気配を読ませてくれないものと推し測る。


 更には相当な武力をもつ者しか成し得ない身のこなしで追ってくる様だ……。

 もしや例のニュースの魔人か、と警戒を強め活動倍率を高めて身構え始める。


 そこで、最も急峻なガケに来た所で突如〈千倍速〉を使って、


 ビシュンッ


 途中の崖のアゴ下に身を隠すがそれでも気配が近づく。


 ――スゴい……これでもついて来る!


 と焦りと恐怖混じりの剛挙を絶対不可避の死角から思い切り撃ち込む。刹那、


 フワリッ


 と、いなされて空を滑らされる剛拳に唖然。そしてその達人技の正体に驚愕するルナ。

 ルカにソックリな若干若い子の姿。

 しかし胸が僅かに膨らみ、直ぐ女の子と分かる。だが


「ルナさんっ!」

 と呼ぶ声で確信した。やはりルカだ。




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093075462668840




 サイにより極大化した第六感の予知・読心力。更に最大・千倍にした体術でルナの千倍速正拳突きを御してしまったのだ。


 居る筈の無い存在に凍りつく瞳。


「え……何でここに ?!

 そ、それに女子になった ?!……

 でもあの時助かったはずじゃ……」


 ルナの真っ直ぐな視線を避けるようにして、ごめんなさい、と譫言うわごとの様なものが。


「な……なに謝ってんの……やめてよ……」


 だって……と漏れ聞こえた様な気がした。言葉を失ったまま棒立ちするルカ。


「だって……何?……」


「どうしても……離れられずに……」


「……られ……ずに?

 ―――いや、言うな……それ以上絶対……」


 察した瞬間、鼓動が耳まで伝わりワナワナと手も震え、目から火が出る程逆上し出すルナ。


「…………追ってしまった……」


「…………ふ……

 フザケるなああ――――っ!」


 ドガッ! バキッ! ズシャァッ……思わず手が出て血飛沫が舞う。


「どうしてっ!……どうしてっ!……どうしてっっ!……」


 更に引きずり起こし殴打を続ける。ぐはっと血を吐くルカ。怒りで人相すら変わるルナ。 

 ……どれだけ兄を追いたくても裏切らずにいたあの苦悩は何だった ?! それを容易たやすくもっ!


「だったらボクは何のためにっ! 無意味になったじゃないか―――っ!」


 更に殴られ瀕死状態となるルカ。合気術でいなそうともしないのは贖罪しょくざいの為か。これでサイキックバリアがなければ軽く死んでいる。

 もちろんルナも手応えでその防御を分かっての攻撃だが。


 息も絶え絶えに「気が……済みましたか」とルナに問う。


「済むわけないだろ―――――っ!」


 それでも容赦なく殴ってしまうルナ。


 けど……


 と言ったのか、畏怖と恭順のルカの目が変わり、突然光った。

 サイキックステータス8万のルカの精神攻撃が返される。


「だったらこの気持ち、分かるっていうの――っ!」

《うわあああ……》

 ルカは自ら味わったその慙愧ざんきの念をルナの脳内に直接ブチ込んだ。


 はぐううう!……


 二度と味わいたくないものを注がれて思わずうめくルナ。続けるルカ。


「最も大切な人さえ守れず失ったこの気持ちがっ!……それどころか護りのプロの自分が守られて全てを失ったふがい無さなんてっ!……分からないクセに―――っ!」


 心臓を貫かれた様に刮目し、突如ボロ泣きするルナ。


「……んくうっ……ボクは……ボクはそれでも!……正にその悲しみを………

 越えてきた―――っ!!」


 再びルナに撃たれて瀕死になりながらルカはいぶかしむ。

『ルナにもそんな過去が?』と。


「ガフッ……その……悲しみ?……」


「守れなくて……ボクのために犠牲になった……世界一大切な人……残されて、苦しんで……死のうとして……でもだからって………裏切れないじゃないかぁ―――っ!!」


 ドゴォオッ、ゲホッ、うぐっ……


 せてえずくルカ。こんなに殴る訳を悟った。


 ……あの日感じた心の傷、そう言う事……

「でも裏切らずに耐えて……乗り越えたんだね……

 なのに私はこんな……うっ……情けない……グスッ……」


 ルナの厚意を無駄にした後悔に眉根を寄せ項垂れる。だがそれでも、


「でもね……だったらホントに……ホントにそれで割りきれたと……そう、言えるんだね………?……」


 はっ……とし、短い嗚咽おえつを漏らすルナ。惨めなこれ迄の自分を想い。




―――ダマし続け……誤魔化し続け……

       恨み続け……逃れ続けて――――



 割りきれてたはずもない。膝から崩れ落ち、もう何も出来ず地に諸手を付いて泣き叫んだ。


「はぅ……そ……そんなの……出来なかったぁ―――っっ!! うぐううっ………」


「そうだよ……割り切れっこ無いんだょ…………グスッ……」


 ……残されて……苦しみ抜いて……だからこそ人には悲しませない誓いを……なのに破ってしまった……

「ルカ……ゴメン……それだけ……想ってくれてたん……だよね……」


「そうだよ……一期一会だったんだよ……運命だったんだよ?……でも裏切った事に違いない……だから殺すなら殺して。ルナさん、あなたになら……仕方ない……」


 もはや防備もせず体を差し出すルカ。


「ズッ……出来ないよ。こんな思いをさせるくらいなら……助けないで欲しかったと……そう兄を恨み続けてるには……人をなじる資格なんか、もうとっくに無いんだ……」



「――そんなに大切な人だったんだね……」



 んくぅぅ……

 と喉を詰まらせ鳴らすルナ。答える事さえ出来ず涙を飲み込んで、想いを再び封印する。

『はぁ……』

 と、どうにか息継ぎをして


「ゴメン、こんなに殴って……ボクはこの事には完全に壊れてて……自分を失ってしまう。

 今さらだけど……治癒魔法……させて……」


 赦されて初めて事の大きさに気付くルカ。


「うっ、ル、ルナさん……私……私は……とんでもない事を……

 ぅ、うわあああ―――――――っ」


 手かざしで優しく治癒魔法を浴びせながらルカに囁く。


「……わかったよ……ううん、分かってたんだ……ゴメンね、こんなに感情的になっちゃって」


 ……それだけキミを助けたかった。生きてて欲しかったんだよ。

 

「それに自分には出来なかったワガママ……怒られる事わかってでも、ここまでやり抜いたキミに……実は嫉妬したのかも知れない……」


「……ごめ……ゆ、許し……く…て…ぁあありが……ふううあああぁぁぁぁぁ……」




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093075462661132





「……うん、もういいよ。何も言わなくて……いいんだよ……」




ただ泣き、抱きしめ、ゆるし合う二人だった。










< continue to next time >


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根は優しい少女のはずが兄の事となるとマトモではなくなるトラウマ持ちのルナ。異世界での自分探しにもし応援頂けるなら ☆・♡・フォローのタップにて宜しくお願いします。

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