第18話 一番星の追憶


 召喚の村。


 重い足取りで戻ったルナは屋根の上に出て赤い夕暮れから蒼い夜へと移り行く空を眺めて物思いに耽る。

 その低い空にはポッカリと大きな満月が。



 セイカちゃん……ゴメンね。

 ちゃんと守ってやれなかった……


 所詮ボクは壊れた女の子だ……


 溜め息を一つ。髪を撫でたそよ風も今は隙間風としか感じず……


「あ、一番星……」


 この世界にも星も月もあるんだね…………

 でも『私』の中にだけ……星が灯る事はもうない……


一星いちせお兄ちゃん……会いたいよ……」


 ふと涙を溢すルナ。瞬間移動で助けてくれたあの男の面影が記憶を疼かせる。


 ファスターさん……何で命がけで助けてくれたの?……

 顔も雰囲気もあんなにお兄ちゃんに似てる。只の偶然? それともいつもの神の嫌がらせ?……

 いや、それなら前世であんなに良い人を遣わしてくれなかったはず。なら今回は?



 お兄ちゃんが他界したのは14才。

 あれから4年、もしあのまま転生をフォアードで選んでたら今18才位で丁度あんな感じ。

 でも背も違うし、声変わり前しか知らないから何とも……

 ホクロの一つもであれば分かったのに……


 けど今日、まるであの人に試されてる様だった……


 ああ、出来ることならあの日に戻ってあの人生をやり直したい。



  * * *



 ――― 幼い頃のこと ―――


 親の虐待の毎日。


 度重なる暴力、食事抜き、etc……


 そのせいで対人恐怖症とコミュ障に。学校ではその怯えた様子からとことん虐めの対象になった。

 やがて何もかも諦め癖がついて……


 そんな私にとって唯一の救い、お兄ちゃんが事ある毎に助けてくれた。

 優しくて優秀で思いやりがあって……でも元からじゃない。人一倍気弱だった。


 なのに必死に守ろうと努力してくれてそうなった。


 だってあんなにもいつも死にそうな顔で怯えまくってて……小さな頃、どれほどの虐待に遭ったのか想像もつかない。きっと私以上にひどい目に遭ってたはず。


 それなのに必死に助けてくれた。

 だからこそ、そんな姿に感謝し、尊敬し、そして何よりも憧れた。




「お兄ちゃん、人前でちゃんと話すのも出来ないこんなダメな子……何でいつも助けてくれるの?」


「ルナは『ボク』に希望を、そして勇気をくれた。それに『、ルナが教えてくれたんだよ』 ―――だからさ」


 上唇の辺りに人差し指のルナ。目を白黒させてハテナマークを飛ばす。



「だからボクは約束する。ルナの事、絶対に守りきってみせるよ。……」



 魂の約束―――刻まれる胸熱の一言。

 でも答えにはなっていない。キョットリとするルナ。それを見て兄は、


「フフ、それにルナ、可愛いんだもん」

「『私』、可愛いの?」

「うん、スッゴク可愛いよ」




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093075290704609



 茜色に染まる耳朶みみたぶ。小恥ずかしくも嬉しくて仕方無いルナ。

 再び魂に刻まれた。


「じゃぁお兄ちゃんの為にもっと可愛くなったら嬉しい?」


「モチロンだよ」


 そうかっ! だったらなる!

 そしてお兄ちゃんが好きなら私も好き!

 可愛いのがいいに決まってる!



 『可愛いことこそ、正義なんだっっっっ! ! 』



 酷い生いたちによる未熟な人格形成。

 壊れた少女の歪んだ価値観の生まれた瞬間。



 回想を続けるルナは膝を抱いて腕の中に顔を埋める。空には暗雲垂れ込めおぼろ月。見上げる瞳は相も変わらず潤む。


 ……学校でのイジメに気づいてからは時間の許す限り守りに来てくれたお兄ちゃん。

 でもそのせいでいじめっ子達の兄や上級生やらがお兄ちゃんにも矛先を向けた。

 イジメも親の虐待もどんな目に合っても長い間支え、守りきろうと努力してくれた。


「もういいよ、こんな事してたらお兄ちゃんがもっと損する。私なんかそんな価値ない」


「ううん。人より優れてるからって価値がある訳じゃない。劣っててもいい。とっても優しくて、そして少しでも誰かの、ボクの勇気になれるルナは、それだけで十分なんだよ」


 いつもそう励ましてくれた。だからせめてそうなって恩返しをしたかった……

 その為に必死に、ただひたすらに努力したカラテ……

 遂に褒めて貰える迄に。でも胸など張れなかった。

 だっていつも自分を差し置いて全部教えてくれたから。

 そう言ったら、


『―――それでも僕の自慢の妹だよ』


 ……その一言がどれだけ支えになったか。

 そして『運命の日』 あの交通事故に遭遇。


 ――― 今が正に恩返しの時!


 この世で最も大切なもの。絶対に助ける、それが出来る! だってこんな時の為にして来たあらゆる努力、いや、その為に生きてたとさえ思えたあの頃……


 満心、油断、至らなさ……


 あろうことか逆に助けられてしまった……そして最期まで私の無事を気にしながら旅立っていった。


 残された者の後悔……


 来る日も来る日も喉から血が出るほど発狂して泣き喚めいた。


 何度も何度も死のうとした……その度にそんな事したら……


『無意味になったじゃないか』


 正しい事が好きなお兄ちゃん。きっと叱られる、嫌われる、悲しませる。……そう思うと結局実行しきれなかった……

 悲し過ぎて感謝さえする気にもなれなかった……



   * * *



 こんな『愚鈍な劣等種』が何故救われねばならなかったのか。あの人こそ生きる価値が有ったのに。

 それどころか最期の言葉は……


『今まで沢山くれてありがとう』


……いまだ解らない。だって何一つ返せてなかった。


 自分が虐められてなければ助け癖がついてなかったかも……

 もっと強ければ助けてあげれたかも……

 もっとしっかりしてればそもそも助けられる必要さえ無かったんだ。


 全ては自分がダメだからこんな事になった……

 あの日以降廃人と化し、引き籠もり続けた日々の中でそんな自問自答に明け暮れた。



 ―――― やがて



 それでもお兄ちゃんならこんな時……どうする?……

 きっとどんなに苦しくても向上する道を選んでた……

 守ってもらうだけの可愛い女の子、そんな存在じゃダメだったんだ。



『本当に優しい人ほど強く、真に強い人ほど優しい』



 お兄ちゃんの様な《真のおとこの強さ》を手に入れたなら……

 きっともうあんなに悔いる事などないんだ……


 ならば気持ちだけでもそう生まれ変わって、あの人の様に強く在らねばならない。

 私は。


 いや、『ボク』は!




 そうして身にまとった元気印。


 お兄ちゃんと一緒に通ってたカラテ道場

  ――――死ぬ気で鍛えた!


 お兄ちゃんが助けてくれた

  ―――― 見習って虐められっ子を助けた。助けまくった!


 お兄ちゃんの好きな可愛い存在

  ――――なりたかった。自分にも他人にも要求した!



 ……更に頑張って、頑張って、走り抜いて……

 いつか私が死んだ時、死後の世界でお兄ちゃんと再会して……よくやったねって褒めて貰えるように……


 ―――そんなキレイ事……。


 本当の自分は単なる空虚なカラ元気……

 不器用な私が陽キャやっても不自然なだけ。



「陰キャ不登校女が復活ぅ? とか思ったらいきなりウソ臭い元気っにキャラ変とか。 更に『ボク』とか言い出してマジ引くわ―。つ―か似合ってね~し、キメーんだよ」


「その上 正義ヅラで出しゃばって何様~?! 小学校の時みたいに虐められて引っ込んでろ」


「でもキレると空手。ウチの兄貴もやられてマジムカツク。シカトしてボッチにすっか」


「んな事しなくても今も昔もボッチじゃ―ん」


「「「「ギャハハハハハ……」」」」



 そうやって後ろ指を指され続けて裏で泣いた……


 でもそんなのは耐えられる……寧ろ私を独りにしたあの日の事を……


    今も恨み続けてる。


 どうして? どうして恩返しさせてくれなかったの?

 ……もう、絶対に、絶っ対に文句を言いたくて……




『こんなに苦しむ事になるなら……

   助けないで欲しかった!』……と。




 兄の事になると結局いつもこうなってしまうルナ。私はなんてバチ当たりなんだろう、と自戒するも止められない。そして行き着く先はいつもこの約束だ。

 


『絶対に守り切って見せる』

 ……確かに約束は守ってくれたかも知れない。

 でもこんな風に守って欲しかった訳じゃない……

 これじゃ永遠に感謝なんか出来ないよ。


 ――― お兄ちゃんの……んくっ……

    っバカ――――――ッ……



 ううう……お兄ちゃん……会いたいよ……

 それでも会いたいんだよぉ……


 死後の世界で逢えると思ったのに……私、なんでこんな所に居るんだろう……



  * *



 眠れぬ夜。

 熱く頬を伝うものが枕を濡らし、それに頬が触れてやたらと冷たく感じる。

 そこへまた熱いものがと繰り返す。



 結局明け方まで、傷心の枕は乾くことが無かった。








< continue to next time >


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もしよろしければルナの立ち直りを祈って☆・♡を灯して頂けると浮かばれます。

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▼推奨BGM  (youtube) 『再会のテーマ』

https://youtu.be/CRMi4Sk2kiU

(この曲ほど、この時の傷心と憂いを現せるものは無いでしょう。わかり易くも美しいメロディ。)


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