第6話 事故 例え神を敵に回そうとも



 死……まさかね。にしても……カレシ?……


 答えが出せず両目をぎゅっとつむり固く握り締めたルナの膝上の手に、小さく柔らかな流火るかの掌が載ると、透き通る様なボーイソプラノが切ない調子で愛を迫る。


「じゃ……じゃあルナさん……ホントに私じゃダメか、キ、キスして見れば本能が答えを出してくれるかもしれない!」


「!!!……キ……」



[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818023213891846822




 その潤んだ瞳でじっと見つめる流火るか。どうみても美少女。思わず吸い込まれる。


「あるいは別の道を行くか、共に歩むか……運命が分かるかも!!」


 運命……ちょっ、そんな目で……なんて可愛いの。もう無理~、それ以上ダメ~!


「……一度だけ……たった一度でいい……お、お願いします……」


 勝手に顔が吸い寄せられてゆく。そして気持ちの抵抗も虚しく唇を重ねてしまうルナ。

 長いキスのあと、陶然と見つめ合ったままつぶやく。


 やっぱりこれは……


「……運……」

『……命……』



 そしてその歯車が回った――――――




 その交差点に突如鳴り響く、その奇声の様な音に切り裂かれる運命。



『キキキキ――――――――ッ!』


 強烈なブレーキ音に即座に振り向く二人。

 とある車の信号無視。直後、


『ガアァァンッ……』


 交差点に響く激突音。弾かれ大スピンする2台。

 ルナ達の眼前で信号待ちしていた数人へ猛然と突っ込んで来た。


〈キミはそっち!〉

〈分かった!〉

 と目配せだけで全てを読み取る二人。


 弟をかばい硬直する姉。その二人をルナが流れる様に両脇に抱えてフワリとかわす。


 一方、流火るかは三人の小さな子達を守る。 護身術の天才は余裕のひと抱えでクルリ。研ぎ澄まされた体術。


 助かった!

 流火るかの方もサスガ大丈夫か、

 と安堵あんどするルナの視界に入るまさかの光景。


「んっ!―――」


 完全に軌道を避けた筈の流火るかと助けられた三人の子。だがもう1台が電柱に激突、急反転して迫る。


 その極めて困難な不測の事態にも神憑かみがかった赤い袴は捨て身で子供達を道路植栽へと突き飛ばす。だが、飛び込んで無理な前傾姿勢となった流火るか自身はもうけきれない。


 刹那、ルナの脳裏を熾烈にぎる無念と後悔。


 とある事故で兄の挺身ていしんにより命を救われ、それにより眼の前で命を落とす最愛の兄。



 蘇る地獄の感情と絶叫の記憶。

『何で私なんか……』

《うあああああああああああぁぁぁぁぁぁ……》



 どうしてボクの大切なものはいつも……

 神は何がしたい ?!


 いや、させるもんかっ、絶対に助ける!

 例え神を敵に回そうとも……


 もう二度とその悔いは受けない!!



 『ボクの、初めての、友達なんだ――――っ!! 』



 地をうような超低空から流火るかと地面の僅かな隙間へ猛突進。

 ルナが窮地でのみ使う一撃必殺技『胴廻どうまわし回転蹴り』 で赤袴を瞬時に弾き飛ばした。



[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818023213891825863



 ダンッ―――



 鈍い音が響く日中の目抜き通り。その全てが静まり返る。


『助かってる ?!』


 と慌てて周囲を見回す流火るか。 自分を蹴り飛ばしてくれたそれはかたわらで大量に血を流し微動だにしない。駆け寄って顔を近づけ、呼吸さえ忘れてヘタり込む。



……ん、流火るか? 良かった……無事で。でもボクにはもう見えないよ。ああ、死ぬ間際ってこんな感じなんだ……なんだかフワフワする。


『あの日』こんな事されて……残されて……死ぬ以上に苦しんだ……。

 なのにあれ程されたくなかった事を人にはするなんて……

 けどこのコだけは絶対助けたかった。


 ゴメンね、流火るか。でもまあ出逢って間もないし、大して悲しまれる事も無いか……

 にしても、苦しみ抜いた人生の土壇場で、生涯で一度は本気で好かれたボクは……


 フッ、これでも幸せな人生だったのかな、結局届かなかったけど。


 ……ああ、もう意識が……サヨナラ、最後に夢をありがとう……



 そしてお兄ちゃん……どれ程この日を待ったか……

 やっと……遂にこれでやっと……



―――― 今、逢いに行くよ―――――




『救急車―っ!』

 と絶叫する流火るか最早もはや正気の沙汰でなく現実を否認する。


 ……初めてありのままを認めてくれた………諦めてた私に希望をくれた……なのに護身のプロの私は何なの……

 この子は人助けの約束を身をもって果たしてくれたのに………約束を破ったのは……私の方……


「ルナさんっ! ルナさんっっ! ルナァ――ッ! ……イヤ―――――ッ!」



 只々茫然自失。

 ほんの今そこにあった偽り無き笑顔。


 ―――やがて襲い来る度し難い狂気。



「有り得ない……有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ないいいィィィィィぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ……あぐうぅっっ」



 その場で舌を噛み切って自害する流火るか



 ルナに重なって崩折れる赤袴。







   * * *


   * *


   *



 ん……んん……



 虚空に浮かび、ふと自分を認識するルナ。

 不思議そうに天を仰ぎ虚しげに呆けている。


 ―――お兄ちゃん、ごめんなさい。命を捨ててまで救って貰ったのに……せめて成長した所を見せて恩返ししたかった。でも、それすらも……


 やっぱりボクは不幸だ……



 広がる宇宙空間。視界には宙から見下ろす老聖者の姿。それが実体か幻影かも不明だ。


「いや、ソナタは幸福だったではないか。今しがたもかけがえのない人を救えたしの」


「あんな自己満足……きっと望まれない事をした……てか誰?」


「私はこの煉獄界で転生を司る煉獄神官じゃ」


 そう名乗るいかにも荘厳な衣をまとった滋味深き眼差しと温もりのある声。


「ソナタにとって自己満足だろうと大切なものを救った。それで満たされないなら人を救う価値に気づいていないだけじゃ」


「相手が求めてないなら意味がない! いや、むしろ迷惑なんだよ! だから……」


 ゆっくり首を横に振る神官。


「いや、結局は自分の価値に気づけぬからそうなる」


「自分の価値?……あんな人生……あの不幸の連続で何に気づけと?」


「そう思うのも仕方ない。あれだけの事があったらのぅ……精神崩壊寸前まで行ったがよく踏みとどまったのう」


「命を救われて……裏切れなかった……」


「故にその隠しきれぬ壊れっぷりも痛々しいのう。じゃがそのままでは成長は望めぬ。魂の修行のやり直し。やはり転生じゃ」


「―― え……転生?」


「ウム。そう、転生じゃ。しかも徳を積んだソナタは記憶を持ち越して転生する権限がある。どうする?」


「じゃあ来世でも恩返しのリトライが出来るって意味? ……なら勿論……ハッ……ちょっと待って! それなら兄は ?! 兄さんはどの様に転生したの?」


「記憶を持ち越したようじゃな……さらなる高みを目指してのぅ」


「本当 ?! なら会いたいっ! お願い! 会わせてっ!」


 確かに前世の記憶をリセットされて普通の輪廻で生まれ変わってしまえば、再び巡り逢おうとそれは完全に他人になってしまう。恐らくこれが最初で最後のチャンスと悟るルナ。必死の形相で喰らいつく。


「ねえっ絶対に会いたいっ!! 兄さんは……どう……かな……」


「知りたいか? では少し待て―――ウム、今、宇宙意識を介して読み取ったがそう、実のところ会いたがってはおらんな」


「うそ、そんな!……世界で唯一の理解者だと……あんなに……優しかったのに……


 ガックリと地に膝をつくルナ。その余りのショックに言葉を失い肩を落とす。


「ソナタよ……命と引換えに救った人間と早々に転生先で会いたいと思う者がおるのか?」


「えっ!……そ……そう言う意味で会いたくない……のか……何だ!……ハ……ハハ、はぁ―っ良かったぁ。……ずっと恨んでばっかだったから、もうキラわれてるのかと」


「ではない。……もう良いか?……余程会いたかったのじゃな」


 想いにふけり、柔らかい眼差しでコクリと頷くルナ。それを見つめる慈愛の表情の神官。


『…………』


 僅かに間を置いた後、微かに相槌あいづちを打った。



 すると満天がグルリと回り、何かが流れ込む。


『?????』 (ナ、ナニコレ?)


「与えられたのじゃ。やり直しの機会を。そして自らが望み、挫けずにやり抜けば、ソナタにとって途轍もなく大きなものをつかみ取るじゃろう」


 魂に来世への力が漲るのを見計らう神官。


「では、準備に入る!」

 





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