婚約破棄されそうでしたが、令嬢令息王子殿下を立て続けに『威圧』し、愛を勝ち取りました

アソビのココロ

第1話

「コーデリア・イーストレイク侯爵令嬢。君に問いたいことがある」


 王立学校も今日の講義はお終いです。

 帰ろうとしていたところで、婚約者であるレイモンド第一王子殿下に呼び止められました。

 『コーデリア・イーストレイク侯爵令嬢』だなんて、随分堅苦しい言い方ですね。

 どうされたのでしょう?


「はい、何でございましょう、レイモンド様」


 あれ? クラス中の皆様の注目を集めているではないですか。

 立太子も間近のレイモンド様ですし、何と言っても凛々しくていらっしゃいますからね。

 また身分の上下をあまり気にしない度量の広さも素敵です。

 注目されるのも当然ですか。


「コーデリア、君はドナ嬢を知っておるだろう?」

「もちろんですわ」


 ドナ・ニール男爵令嬢。

 低い身分であるにも拘らず、わたくし達と同じ最優秀クラスに名を連ねている頑張り屋さんですわ。

 それだけでなく、ピンクのふわふわの髪で小動物のような愛らしさを備えていらっしゃるのです。


 レイモンド様が言いにくそうに仰います。


「……ドナ嬢の私物が紛失したり、教科書が破られたりしているのだ」

「まあ!」


 何ということでしょう!

 下級貴族なのに成績のいいドナ様への嫉妬に違いありません。

 誇りある王立学校でそのような醜い行為があるとはっ!

 許すまじっ!


「……わかりました。犯人に繋がる証言を得よとのことですね?」

「えっ? いや……」


 わたくしの魔力は強く、『威圧』という他人を服従させる力を使えます。

 わたくしがごく親しくさせていただいている御令嬢方や、レイモンド様とその側近の方々はもちろん存じているでしょうが、それ以外で知っている方は少ないでしょう。

 わたくしも『威圧』を用いた、などとわざわざ言うことはないですし。

 ドナ様を少々強めに『威圧』します。


「ドナ様に質問いたします。偽りなく答えてください」

「は、はい」

「私物が紛失したり、教科書が破られたりした、というのは本当ですね?」

「はい」

「誰がそんなことをしたか、心当たりはありますか?」

「コーデリア様にやられたのではないか、と考えています」


 何と、わたくしが犯人だと疑われていたのですか。

 これは予想外でした。

 しかしわたくしの『威圧』下でウソなど吐けません。

 ドナ様は本心でわたくしを疑っているのでしょう。

 何ということでしょう!


「わたくしを犯人だと考えるに至った、理由をお聞かせください」

「私のものが被害にあった時に教室にいた方は多くないです。でもコーデリア様はいつもいらっしゃいましたから」

「それだけが理由ですか?」

「コーデリア様が私の教科書を破ったのを見たと、アナベラ様に教えていただきました」


 アナベラ・モリアティ伯爵令嬢が?


「ドナ様、ありがとう存じます。アナベラ様に質問いたします。偽りなく答えてください」

「……はい」


 アナベラ様の顔が真っ青です。

 身体の調子がお悪いのかもしれませんが、ハッキリさせねばならないことです。


「私がドナ様の教科書を破ったのを見たのは本当ですか?」

「う、ウソです」

「何だと!」

「お静かに」


 レイモンド様が叫びますが、私の声で再び場がシンと静まります。


「アナベラ様がウソを吐いた理由をお聞かせください」

「わ、私が悪いのです。下級貴族なのに先生やレイモンド殿下の覚えがめでたいドナ様が妬ましくて……。こ、コーデリア様も絶対にドナ様をよく思っていらっしゃらないと考えて……」


 ……わたくしはむしろドナ様に対しては好印象なんですけれども?

 レイモンド様もドナ様を褒めていらっしゃいますし。


「コーデリア様の名を出せば、ドナ様も出過ぎた行いを反省するかと思ったのです。私が愚かでした。ドナ様にもコーデリア様にも悪いことをいたしました。反省しております」


 アナベラ様も言いたいことを吐き出して、むしろスッキリしたように思えます。


「ドナ様」

「はい」

「アナベラ様は自供しております。罪として裁くことも可能です。しかしここは曲げて、許してさしあげていただけませんか?」

「……」

「人は時には誤った道を歩いてしまうものだと思います。一度の過ちで傷が付くのは可哀そうです。アナベラ様は反省しております。破損ないし紛失した私物を弁償し、皆の前でドナ様に謝罪するということで手打ちにしてはいかがでしょうか?」

「……コーデリア様はそれでよろしいのですか?」


 一番揉めずにすむ方法だと信じます。


「ええ、もちろんです」

「……アナベラ様の真実の吐露を耳にし、自分がどう思われているかを知りました。確かに私はレイモンド様に近づき過ぎていたと、今になって思います。私こそレイモンド様の婚約者たるコーデリア様に謝りたい気持ちで一杯です」

「あらあら、わたくしは何とも思っていないからいいですのよ。むしろドナ様は頑張り屋さんですごいなあと、いつも思っているくらいです」

「何故でしょう? 私は婚約者レイモンド様にまとわりつく邪魔者ではなかったでしょうか?」

「そんなことは考えたこともございませんわ。わたくしはレイモンド様を信じておりますので。レイモンド様が必要と考えてドナ様が近侍することを許したのなら、それは正しいのですわ」


 あら、皆さんが感心したような目で見ていますね。

 当たり前のことですのに。


「アナベラ様、もちろん私は謝罪を受け入れます」

「ありがとうございます、ドナ様。本当に申し訳ありませんでした」


 ああ、よかったです。


「ちょっと待った!」


 何でしょう?

 ええとレイモンド様の側近の一人、宰相令息のガーション・パウエル様ですね。

 綺麗に収まったと思いましたが?


「コーデリア嬢の『威圧』による解決には一つ疑念がある」

「何でございましょう?」


 ガーション様はレイモンド様の知恵袋的な存在です。

 わたくしの仲裁に至らぬところがあったでしょうか?


「『威圧』であれば、相手に言うことを聞かせることができるのであろう?」

「はい」


 『威圧』のことは大っぴらにして欲しくはなかったですけれども。


「では実際にはコーデリア嬢がドナ嬢の教科書をバラバラにし、私物を盗み取った。その罪をアナベラ嬢に押し付けることも可能なわけだ」

「えっ?」


 やろうと思えばできます。

 勝ち誇ったようにガーション様が続けます。


「さあ、コーデリア嬢はどう身の証を立てる?」


 わたくしには王家の影が付けられているはずですから、その報告を聞けば私の無実は証明できるかもしれません。

 でも四六時中わたくしをマークしているわけではないのでしょうか?

 影の存在をこんなことで明らかにしてしまうのもよろしくないですかね?


「どうした、コーデリア嬢」

「いえ、ガーション様……」

「おっとアナベラ嬢、『威圧』の影響下にある者の発言は信用できない。俺はコーデリア嬢に聞いているのだ」


 困りましたね。

 やっていないことをやっていないと証明するのは、案外難しいことだと知りました。

 ガーション様が爬虫類のような目付きで言います。


「大体おかしいと思っていたのだ。『威圧』は男には効果がないのだろう? 女性を支配してやりたい放題なら、罪が明るみに出ることもないではないか」

「ひどい仰りようではないですか」

「ひどいと思うなら自身の潔白を証明してみろ。レイモンド殿下は婚約破棄まで考えておられるようだぞ?」

「えっ?」


 あっ、レイモンド様はガーション様に吹き込まれてわたくしを疑っている?

 今日のドナ様の件も、わたくしを弾劾するためだった?

 何ということでしょう!


「レイモンド殿下の婚約者には、後ろ暗い疑惑のある者より我が妹が相応しい!」


 もしわたくしが婚約破棄されたなら、おそらくレイモンド様の婚約者としてガーション様の妹グレタ様が選ばれることでしょう。

 グレタ様は可愛らしく賢い方ですから、レイモンド様の婚約者は立派に務まると思います。

 しかし現婚約者であるわたくしが犯罪者であった、もしくは申し開きすらできない愚物であったと疑われては、レイモンド様のためにならないではありませんか。

 仕方ありません。


「ガーション様に質問いたします。偽りなく答えてください」


 ガーション様の爬虫類のような目が驚愕に見開かれます。


「い、『威圧』だと?」

「バカな! 男に効果はないはずでは?」


 レイモンド様の側近達が動揺します。

 わたくしが殿方を一度も『威圧』したことがないのは事実ですけれども、『威圧』できないなんてことはありませんよ。


「この状態でウソを吐けますか?」

「つ、吐けない」

「それでは先ほどのドナ様、アナベラ様は真実を語っていたと言えますね?」

「……言える」

「これは証明になりませんか?」

「証明になる」


 ガーション様に対する『威圧』を解きます。

 よかった、これで一件落着ですね。

 レイモンド様が聞いてきます。


「コーデリア。君、男にも『威圧』を使えたのか?」

「はい、もちろんです」

「今まで使ったことはなかったろう?」

「ありませんでした」

「何故だ?」


 と、仰られても。

 『威圧』を使う機会そのものが多くありません。

 令嬢方双方で言い分に食い違いがあり、わたくしが間に入らなければならない時くらいです。


「……図らずもガーション様が言われたように、『威圧』は他人を支配してやりたいようにできる力です。ですのでわたくしは自ら使用に制限を設けているのです。ウソを吐かないように聞き出す、ほぼそれのみに限定しています」

「男に使わない、というのも制限の一つなのか?」

「はい。殿方を『威圧』するのは、淑女としてはしたなく思えますので」


 パチパチと拍手が鳴ります。

 恥ずかしいです。

 自らに課した制限に反して、ガーション様を『威圧』してしまったところですのに。


「コーデリア、僕を『威圧』してくれ!」

「えっ?」


 何ですって?

 どうしてレイモンド様はそんなことを?


「僕は君を疑っていた。ガーションの口車に乗ってしまったんだ。ドナ嬢の件は動かぬ証拠だと思った」

「仕方ないのではありませんか? わたくしが疑わしいのは事実でした」

「いや、僕は婚約者たる君を最後まで信じなければならなかった」

「レイモンド様……」


 もうその告白だけで十分ですのに。


「さあ、僕を『威圧』してくれ。そしてコーデリアに誓おう!」

「わかりました。レイモンド様、偽りなくお誓いください」

「コーデリア。僕は君を生涯かけて愛そう!」


 嬉しいです。

 わあっ、と皆様が祝福してくれます。

 ガーション様だけは複雑な顔をしていらっしゃいますけど。


「レイモンド様、ありがとうございます」

「何を言うか。コーデリアほど高潔な女性が婚約者で、僕は幸せだ」


 レイモンド様に抱きしめられます。

 ヒューヒューと囃されて恥ずかしいです。

 でも随分レイモンド様との心の距離が近くなった気がします。

 ちょっとした、本当にちょっとした事件だったですけれども、巡り合わせに感謝したいです。

 そしてレイモンド様にも感謝と永遠の愛を、なのです。

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