第34話 大吾、助ける 後編
もしあなたが消防隊員でもないのに、炎上するビルの中に閉じ込められた人が三人いるから助けてこいと命令され、必死の思いで救出し、やっとこさ自分も出られると安心した瞬間に、あと二人いるんでなんとかしてねと言われたらどうするか。
「最悪だ……」
呑気に古城を眺める親子連れを見て、大吾は絶望し、頭を抱えた。
それは視聴者も同じ。
『まだ人がいる……』
『はい終わりませーん』
『これで大吾っちも帰れない』
『もう逃げりゃ良いじゃん』
『ここで帰れる人じゃないのは、もうわかってるだろ?』
コメントの一部はこの親子連れを非常識だとなじるが、それは無理がある。
この家族は決して馬鹿ではない。
せっかくの祝日。
眺めの良い景色、綺麗な川、マイナスイオン、花火代わりに鬼道で遊べる。
車は一台も通らない。危険な動物(敵)もいない。
ここでバーベキューしようと考えたところで罪になろうか。
それに。
誰も彼もが大吾の配信を見ているわけではないし、誰も彼もがダンジョンにいる自分をネットに公開しているわけでもない。
上記のようなアウトドアを楽しみたいだけの家族、純粋にダンジョンを味わいたい探検家、車が通っていないから安心かつ自由に散歩ができると愛犬と一緒にやって来る人、ウォーキングあるいはランニング愛好家。
それはもう様々な人がいる。
ライセンスさえ手に入れれば、ダンジョンで何をしようが自由なのだ。
大吾とあずさがモバイルバッテリー目当てで人を探していたとき誰にも会えなかったのは、そこいら一帯がゴランズのせいで治安が悪くなってるという噂が広まっていたので皆が避けていただけの話。
だが今の状況はよくない。
ここに残っている人たちのなかで、大吾を除くすべてが、この階層が危険な状態にあることを知らないのである。
「逃げて!」
大吾は叫んだ。
「今すぐ逃げて! 今すぐ帰って!」
「なんで?」
きょとんとする父親に対し、
「この人知ってる~」
珍しい動物を見つけた的なノリで大吾を指さす息子。
そして大吾の顔は真っ赤、
「早く鍵を使って! 取り返しの付かないことになる前に! お願いだから!」
「……」
変な奴だなあと感じた父親。
こういうのとは関わりにならない方がいいと防衛本能が働いたのか、息子の手を取って、鍵を取り出す。
しかし。
「あれ、効かない」
おかしいなと何度も鍵を握るが、いつものことが、いつものように起きない。
鍵をトントン叩いたところでやはり無反応。
「全然ダメだ。バッテリーかな」
「帰れないの~?」
「歩いて帰るしかないかもな」
「歩くのやだ~」
のんびり会話する親子とは正反対に、大吾は絶望に襲われている。
「鍵が使えないって……」
頭を抱え、ついついスマホを見た。
これ、やばいやつだよねと、百万を超える視聴者に目で訴える。
『やばい』
『鍵使えないと、ほんとに……』
『投獄されたのと一緒だからな』
『このままだと大勢死ぬ、ってか』
『最悪の災害になるぞ』
『いや、人災だ』
チュートリアルをクリアして手に入れる鍵さえあれば、いつでも帰れるし、いつでも同じところから再開できた。
あまりに便利だからあっという間に浸透し、当たり前のように皆が使った。
だが考えておくべきだったのだ。
これを作ったと思われる人物の気持ち次第でどうにでもなることを。
そして、地面が揺れた。
古城があった場所から黒煙が高々と湧き上がる。
もはやあの城は黒煙を吐き出す火山になってしまった。
「第二波……!」
大吾は焦った。
第一波と比べて明らかに煙の量が多く、黒が濃い。
さらに湧き上がる煙から雷のようなものがバチバチ光っている。
さらにさらに、黒煙が勢いよく噴き上がったせいで、古城にあったガレキが空中に巻き上げられ、隕石のようになってあちこちに落下するのである。
大吾と親子がいる場所にも容赦なくガレキは飛んでくる。
「まずいまずいまずいまずい!」
叫ぶ大吾、口を大きく開ける父。
泣きわめく子供。
「逃げて逃げて逃げてっ!」
大吾の悲鳴と共に一斉に走り出す。
逃げたときのドタバタで父はカメラを落としてしまったようだが、気にしてはいられない。
あと数秒逃げるのが遅かったら死んでいたかもしれないほどの巨大な石が大吾たちがいた場所に落ち、地面に大きなくぼみを作った。
「俺の
ショックに打ちひしがれる父。
カメラは巨大な石の下敷きになってしまったに違いない。
『ああああ』
『これは辛い』
『カメラとレンズで総額百万越え……』
『悲しい』
『いや逃げろって』
『さっきのと洒落にならんレベルのやつ来てるぞ!』
大吾も必死に呼びかける。
「できるだけ遠くに離れて、可能なら自力でここを出てください! 近くに誰かいたらその人にも声をかけて! このままだとみんなあのカメラみたいになります!」
叫ぶ大吾の視線は、泣きじゃくる子供に向けられている。
「わかった!」
カメラよりも大事な息子を抱え上げ父は走り出す。
大吾たちが置かれた絶望的な状況に視聴者もショックを隠せない。
『最悪だ。何回この言葉使ったかな』
『死んで配信が終わりなんて冗談じゃないぞ』
『ああ、もう見てられない。抜けるわ』
「あいつ!」
大吾は怒りが収まらない。
「こんな事が起きるなんて一切説明してなかったじゃないか!」
波は三つ来る。
それぞれに発生する時間が決まっている。
耐えきれば煙は出なくなる。
そしたら戻ってこいと、あの女は言った。
しかし、第一波が消えた後で鍵の効果が制限されるとは聞いてない!
これはフェアじゃない!
「他にもまだ誰かいる!?」
周囲をキョロキョロ見回しても人は見えない。
「どうする……?」
第一波は三十分逃げ切ったら消えてくれたが、第二波は一時間だ。
しかも第一波と比べて質量共に暴力的になっている。
古城から噴き出した第二波は大地をゆっくり這いつくばりながら、徐々に、それでいて着実にこの階層全体に広がっていく。
通り過ぎた草や木をことごとく枯らしていくので、緑と青に輝いていた巨大な公園が錆びた赤色に変色していく。
『死んだあとの世界みたいだな』
と視聴者の一人が書き込んだが、まさにそんな感じ。
そんな中に放り込まれた大吾の焦りと緊張たるや、尋常ではない。
「どうする……」
制限時間は一時間。
その間ずっと逃げ回れるだろうか。
そもそも一時間逃げ回れるだけのスペースがこのダンジョンにあるのか?
仮に逃げ切ったとしても、次の第三波は九十分だぞ。
「詰んだ……?」
思わず吐き出した言葉に視聴者はなにも言えない。
『やれるだけのことはやった』
『そういう言い方は止せ』
『でもどうにもならないだろ』
『とにかく遠くに逃げるしかない。それだけ』
「だめだ、ここでやられたら……」
壱予を一人にさせるわけにはいかない。
あいつが自立して生きていくためにはもう少し時間が必要だ。
それまでは近くにいてやらないと……。
だがどうすればこの状況を打開できる?
立ち往生していると一組の若夫婦が近づいてきたので大吾はハッとした。
「ここにいちゃダメだ! できるだけ遠くに!」
叫んでも二人は下がらない。
「猫がいなくなってしまって」
「茶トラなんですけど……」
「はあ……?!」
「一緒に散歩してたら、煙を見て怖くなったみたいで、暴れてどこかに行っちゃって……」
「猫は見なかったけど……」
悲しそうにうつむく男女。
「私達にとって大事な子なんです……」
ちぎれたリードを見せてくる夫婦。
両者、泣きそうな顔をしている。
「お、おおう……」
『これまた最悪な展開……』
『なんで猫を外に連れ出すんだよ……』
『リードとハーネスに慣れさせれば意外といける』
『猫の散歩動画は可愛いし面白いぞ』
『こんなことになるなんて誰も想像できないよ』
『確かに残ってる連中責めるのは筋違いだな』
視聴者が冷静な判断を続ける中、大吾は思いがけぬ形で覚悟を決めた。
「猫か!」
思えば、猫を探しに出かけたのに、裸の女の子を拾ったことで俺の人生は大きく変わった。
最初の配信で猫に関わる人たちに暴言を吐いたことをいまだ悔いている男である。
そう、始まりは猫だったのだ。
ここで猫を探すことができれば、俺の配信は完成する(意味不明)
画竜点睛を欠いていた俺の配信が……(意味不明)
猫と決着を付ける時が来たのだ……!(意味不明)
「俺がなんとかします。だからできるだけ遠くに行ってください」
やけに力強くなった大吾に視聴者はいやな気配を察する。
『なんとかするって、なにするの?』
『諦めろとは言いたくないが……』
『なんか変なスイッチ入ったぞ』
大吾は視聴者に熱く訴える。
「ダンジョンにあるすべての障害物には答えがあるって壱予は言ってた。だからあの煙だってきっと答えがあるはずなんだ。それが猫なんだ!」
『途中まではわかるけど!』
『猫じゃないだろ!』
『テンパりすぎて思考が逆回転してるぞ!』
このまま逃げ回っても埒が明かない。
歩みは遅くとも、いずれ黒煙はダンジョンを覆い尽くすだろう。
ならば、もう黒煙から逃げるのは止める。
黒煙を潰すのだ。
煙さえ無くなればバーベキューは再開できるし、キャッチボールもできるし、猫だって探せる。カメラはもう駄目だろう。
「行かなきゃ」
大吾は走った。
黒い煙に背を向けるのではなく、立ち向かっていく。
『やっぱりおかしくなった!』
『勝機あるのかよ!』
止せ止せと皆が静止する中、
『旦那さま、煙を逆に利用するのです!』
壱予が必死で呼びかける。
『おい、壱予ちゃんがなんか言ってるぞ!』
『大吾、気づけ!』
『だめだ、見てない』
『気づかないよ、そりゃ』
『砂漠の中で金の粒を探すのと同じだからな』
壱予の声は届かない。
大吾はスマホに背を向けて走っている。これでは無理だ。
『ダメか』
『俺らの声が届きゃいいんだがなあ』
大吾の急変の理由はなんなのか、答えは簡単だった。
『疲れたんだろ』
『体力15だ。無理ない』
『なんだかんだ中年のおっさんだからな』
『こんな無茶苦茶な状況で冷静でいる方が無理だよ』
それでも視聴者は気づいている。
『逆転できるチャンスがあるとしたら、やっぱりあのおっさんしかいない』
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