僕の仕事はカウンセラー

一文字零

僕の仕事はカウンセラー

 僕はこの病院でずっと働き続けている。病院のお仕事と言っても色々あるけど、僕はお医者さんや看護師さんではなく、患者さんと対話するカウンセラーというお仕事をしている。他のみんなと一つ違うのは、住み込みで働いているということ。ちょっと不思議だよね。僕もどうしてなのかはよく分からない。

 病院はとても広く綺麗で、一緒に働いている人達はみんな優しくて、非の打ち所がない環境。毎日とっても楽しくて、幸せをいつも感じてる。

 毎週土曜日と日曜日はエージェントさんから外出許可が出る。お休みの日だ。そうそう、僕の行動や衣食住に関しては、全部エージェントさんが管理している。でもそれって、裏を返せば楽ってことだよね。話は戻るけど、お休みの日はいつも同じ散歩道を通って、同じレストランでご飯を食べる。変化は無いけど僕はこの環境で生きる事に慣れてるし、この環境を変えたいとも思わない。エージェントさんから「あまり遠くへ行くな」って言われてるから、行きたいと思ったとしても行けないんだ。でも次のお休みの時、ちょっと違う道を歩いてみたいと、多分初めて思った。エージェントさんから「新しい刺激を受けてみないか」って言われて、遠くへ行く許可を出してくれたから気になったんだ。こういうのは「挑戦」って言うんだよね。なんだか人生で初めてする気がするよ。昔のことはよく覚えてないけどね。

 僕は休みの日を心待ちにしながら、ずっとずっと患者さんをカウンセリングし続けた。患者さんから聞く話は色々あって、最近の病状の事、趣味の事、最近特に面白いのは、外の世界の事。海とか山とか、行った事ない場所の話は、想像するだけでワクワクしてくる。今までは行く気になれなかったけど、今は行きたくてたまらない。明日はついにお休みの日、たくさん楽しむんだ。

 カウンセリングの時間はあっという間に過ぎていった。今日は待ちに待ったお休みの日! 僕は胸の高鳴りを押されられずに、朝早くから急いで外出した。まずは山を見に行った。とってもおっきい緑色! 登山してみたいと思ったけど、今日は沢山巡るからそんな時間は無かった。その代わりロープウェイで頂上まで上がった。上からの景色は圧巻だった。その次は海。とっても広い青色! 誰に言われた訳でもなく、誰の為でもなく、ただこっちに近づきたり離れたりする波の音を聞きながら、ひたすらに水平線を眺めていると、自分がちっぽけな存在だと言うことに気付かされる。世界はこんなにも面白いんだって、感動した。お昼はいつもと違うカフェでご飯を食べた。いつもレストランで食べるご飯とは全然違ってびっくりした。午後はいつもと違う街を歩いて帰った。沢山歩いて今までに無いくらい疲れたし、知らない事がたくさんあり過ぎて、僕の脳みそはパンクしそうだったけど、とっても楽しかった。

 病院へ帰ると、エージェントさんは、僕の知らない男の人達と変な話をしていた。刺激がどうだの、実験がどうだの、自我がどうだのって、僕の事を話しているみたいだけど、結局なんだかよく分からなかった。そしてエージェントさんは僕に「このヘルメットを被ってくれないか」と言って、面白い形をしたヘルメットを差し出した。なんだか見覚えがあるような無いような、不思議な感じ。僕はこれも新しい刺激なのかなと思って、被ってみる事にした。

 う、なんだこれ。

 変な感触。

 気持ち悪い。

 脳みそが溶けそうだ。

 なんだ?

 あれ?

 僕今日何したっけ?

 僕って昨日は何してたっけ?

 面白い?

 面白いってなんだ?

 はぁ……

 頭が真っ白になる……

 心地いい……

 ……

 僕はこの病院でずっと働き続けている。病院のお仕事と言っても色々あるけど、僕はお医者さんや看護師さんではなく、患者さんと対話するカウンセラーというお仕事をしている。ただ、他のみんなと一つ違うところがあって、それは住み込みで働いているということ。ちょっと不思議だよね。僕もどうしてなのかはよく分からない。

 病院はとても広く綺麗で、一緒に働いている人達はみんな優しくて、正に非の打ち所がない環境。毎日とっても楽しくて、幸せをいつも感じてる。

 毎週土曜日、日曜日は外出許可が出る。お休みの日だ。その日になると、色んな散歩道を通って、色んなレストランでご飯を食べる。外の世界では人との関わりはほとんど無いけど、僕は居心地が良いここの人間関係に慣れてるし、エージェントさんから「外の人とは関わるな」と言われているから、関わりたくても関われないんだ。でも次のお休みの時に、外の世界で友達を作ってみたいと思った。僕は友達が沢山いる。でも、病院の人達だけ。患者さんはあくまで患者さんだから、友達じゃない。けど、ある日エージェントさんが「患者さんの中で貴方と友達になりたいと言ってきた人がいる」と話してくれた。それで今度のお休みの日に、その患者さんと遊ぶ事になった。エージェントさんから「新しい刺激を受けてみないか」って言われて、友達を作る許可が降りたから、気になったんだ。こういうの「挑戦」って言うんだよね。人生で初めてする気がするよ。昔のことはよく覚えてないけどね。

 僕はお休みの日を心待ちにしながら、ずっとずっとずっと、患者さんをカウンセリングし続けた。患者さんから聞く話は色々あって、最近の病状の事、趣味の事、最近特に面白いのは、思い出話。友達と遊んだ時の記憶を話してる患者さんは、とても生き生きとしていて、こっちもワクワクが止まらなかった。今までは外の世界の人と関わりたいとは思わなかったけど、今は色んな人に会いたくてうずうずしてる。

 カウンセリングの時間はあっという間に過ぎていった。今日は待ちに待ったお休みの日! 待ち合わせ場所に着くと、とてもおしゃれな女の患者さん(もう友達、でいいのかな)が立っていた。それから二人で色んな場所を巡った。ショッピングモール、神社、駅、公園……一瞬だった。友達は「今度は私の友達も紹介するね」と言って、お互いの電話番号を交換してその日は終わった。それからお休みの日になると、いつもその友達と遊んだ。電話でしか話した事なかった友達の友達とも遊んだ。どんどん輪が広がっていって、本当に楽しい日々を過ごした。

 友達と仲良くなってきたある日、エージェントさんは僕の知らない男の人達と変な話をしていた。刺激がどうだの、実験がどうだの、自我がどうだのって、僕の事を話しているみたいだけど、結局なんだかよく分からなかった。そしてエージェントさんは僕に「このヘルメットを被ってくれないか」と言って、面白い形をしたヘルメットを差し出した。なんだか見覚えがあるものだった。あれ、なんか、これについてはとっても嫌な思い出がある気がする。「嫌だ。被りたくない」と僕は言った。するとエージェントさんは「そうか。お前の深層意識の中に蓄えられた記憶が、少しずつ表に出てきているのだな。まぁ良い。いずれお前は役目を終える」と言って、無理やり僕にそれを被せようとした。僕は必死に抵抗した。抵抗したけど、無理だった。

 う……

 あ……

 忘れたくない。

 みんなの事を。

 い、痛い。

 頭が痛い!

 こんなのって……

 嫌だ……

 ……

僕はこの病院でずっと働き続けている。病院のお仕事と言っても色々あるけど、僕はお医者さんや看護師さんではなく、患者さんと対話するカウンセラーというお仕事をしている。ただ、他のみんなと一つ違うところがあって、それは住み込みで働いているという事。ちょっと不思議。僕もどうしてなのかはよく分からない。

 病院はとても広く綺麗で、毎日とっても楽しくて、幸せをいつも感じてる。

 毎週末は外出許可が出る。お休みの日だ。その日になると、色んな散歩道を通って、色んなレストランでご飯を食べる。発見がいっぱいだ。でも今日は、エージェントさんから「色々なことを学んでみないか」と言われて興味が出てきたので、博物館へ行く事になった。ちょうど今週の初め、科学や歴史が好きな患者さんと話した時があって、患者さんはすごい熱量で僕に沢山の知識を披露してくれた。ちょっと置いてけぼりになったけど、面白かった。今日も色々な発見があるだろう。

 博物館へ着くと、動く機械の魚のオブジェがあった。来て早々変な物を見た。それから科学についてのエリアや、歴史についてのエリアなんかを色々見学した。僕がよく知っているのは心理学だけだから、その他の学問に触れるのは目新しく感じた。そういえばこの日、この前カウンセリングした女の患者さんも何故か僕に着いてきて、一緒に行動していた。なんだかおしゃれな人だった。体験型の展示物や、楽しい実験ショー等、色々回るうちに、よく分からない気持ちになってきた。この気持ちはなんだろう。体が熱ってくるけど心地いい。心臓が踊ってるみたいだ。なんだか不思議だけど、あの患者さんにまた会ってみたいと思ったのは確かだ。

 一日があっという間に過ぎ去っていった。帰り際にお土産屋さんで恐竜のフィギュア二つ買った。一つは僕に。もう一つは女の患者さんにあげた。なんでこんなことしようと思ったのかは自分でも分からないけど、あの患者さんには、自分とお揃いのものを持っていて欲しかった。

 患者さんと別れる時、僕は「電話番号交換しませんか?」と言った。伊達にカウンセラーをやっていないから、人と積極的にコミュニケーションをとるのは得意だ。相手は「いいよ」と言って、お互いの電話番号を教えた。でも何故か既に患者さんの電話番号は登録済だった。不思議な事もあるんだなと、僕は対して気にしなかったけど。

 帰ってきたら、急に眠たくなってきた。今日一日遊びまくったから疲れたんだな。僕はエージェントさん達に「おやすみ」と言って自室に戻ろうとした。でもエージェントさんは背後から僕の肩を掴んだ。「お前の役目も後少しだ」エージェントさんはそう言って、僕にどこかで見たような面白い形のヘルメットを被せようとしてきた。僕はそれを見た瞬間、なんだか怖くなって必死に抵抗した。やめてよ。僕は早くベッドに入って眠りたいんだ。生憎エージェントさんは力が強い。抵抗虚しく、僕の頭にヘルメットが覆い被さった。

 う……

 なんだこれ。

 あぁ……

 はぁ……

 はぁ……

 ……

 僕はこの広くて綺麗な病院でずっと働き続けている。病院のお仕事と言っても色々あるけど、僕はお医者さんや看護師さんではなく、患者さんと対話するカウンセラーという仕事をしている。ただ、他のみんなと一つ違うところがあって、それは住み込みで働いているという事。ちょっと不思議だよね。僕もどうしてなのかはよく分からない。

 毎週末は外出許可が出る。お休みの日だ。その日になると、色んな散歩道を通って、色んなレストランでご飯を食べる。最近は友達を作って一緒に遊ぶようになった。刺激がいっぱいだ。

 僕は今日、患者さんさんとビデオゲームをして遊んだ。内容は簡単なシステムのパズルゲームだった。患者さんとはほぼ互角。ビデオゲームなんて初めての事だったから、とっても楽しかった。

 夕方になると、患者さんはゲームをリセットした。セーブしたままで良いのに、ちょっと変だ。スコアボードか全部デフォルトになっているゲーム画面を見て、僕は少しの既視感を覚えた。なんだか不安になる。なんて言うか、今まで蓄えられてきたものが、全部台無しになってしまう所に、そこはかとなく恐怖を感じる。

 ちょっと待てよ。そういえば、僕は昔の事を全然覚えてない。既視感の正体はこれか。そもそも、僕はなんでここで働いているんだ? 学校って、行ってたっけ? 僕の親は何してるんだ? 死んじゃったのかな? 僕は何も知らないな。いや、忘れてる。何を忘れたかは忘れたけど、確実に僕は何かを忘れている。エージェントさんに訊いてみた。「僕は何か忘れているのかな」って。そしたら、次の日から僕は面白い形のヘルメットを差し出してきた。そして僕はすぐに気付いた。このヘルメット知ってる。知ってる……? 確か、これを着けると……全部忘れる。そうか。僕が色んな事を忘れているのは、このヘルメットのせいか。「嫌だ。被りたくない」と僕が言っても、エージェントさんは無理やり僕にヘルメットを被せてきた。

 う。

 この感触。

 気持ち悪い。

 まただ。

 痛い。

 ……

 僕の仕事はカウンセラー。この病院で、ずっと住み込みで働いている。実は最近、不安なんだ。自分が過去の出来事や経験をほとんど忘れてしまっていることに気付いた途端、嫌な汗がダラダラと垂れてきて、僕は今までどうやって生きてきたんだろうって怖くなったんだ。僕はこれからの事も、経験しては忘れ、経験しては忘れを延々と繰り返すのかもしれない。そんなの絶対に嫌だ。何をしても、何を食べても、多分、全部忘れてしまう。僕は一生このままなのかな。思い出せないまま、全部、全部忘れてしまうのかな。何を忘れたのか分からないから、エージェントさんや病院の人に「僕は昨日何してたっけ」と訊いても、誰も何も答えない。変だ。みんな僕の友達だったじゃないか。

 不安でしょうがない。またあのヘルメットを被るの? この前、せっかく初めてできた外の友達に「また会おうね」と言って別れたばかりなのに。嫌だ。嫌だ。忘れたくない。忘れたくない。忘れたくないのに、全て忘れてしまう。今までもずっとそうだったんだろう。そんな風に考えてみたら、僕は生きる意味がだんだん、よく分からなくなってきた。蓄積できない記憶に、価値はあるのか。自分なんて、そもそも無いのではないか。分からない。やっぱり僕は一生このままなの? 生きていてもしょうがない。もう、いっそ、死にたい。

 その日から、僕はカウンセリングの仕事を休んだ。ご飯を食べる気にも、外出する気にもなれなかった。多分、全部忘れちゃうから。

 一カ月くらいの時間が過ぎたのかな。ある日、エージェントさんが僕に言ってきた。「ご苦労だった。お前の用は済んだ」ってね。最初は何言ってるのか分からなかったけど、銀色の銃の、丸い銃口が目に入ると、エージェントさんの言っている意味がようやく理解できた。僕は死ぬんだ。でも、なんで? そういえば今日、僕に話しかけてきた知らない女の人が「この間は楽しかったよ。これからは人工知能が君の代わりだから、君はもう終わりだけどね」と言ってきた。この間ってのはよく分からないけど、多分忘れてしまったんだろう。とにかくみんなが言うには、僕の役目は終わるらしい。

 カウンセラーという僕の唯一の役割が果たせない今、僕はゴミ同然だ。と言うか、最初から誰も僕の事を好きになんかなってないんだ。みんなに騙された。みんなに裏切られた。そんな気がするよ。

 不思議だな。銃を向けられると、あんなに死にたかったはずなのに、撃たれるのが怖い。

 僕を撃たないで欲しい。

 やめて。

 僕は誰だったの?

 みんなはなんだったの?

 怯えて震えが止まらない。

 そして「パァン」と、大きな爆発音が聞こえた。

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