あれ?奥歯痛いな。

千才生人

あれ?奥歯痛いな。

私は普通の飲食店で働く、普通の人。今日も今日とて仕事を終わらせて、ただ帰るだけとなった。


「お疲れ様でした。お先に失礼します」


今日は雨が降っている。


「傘持ってきて良かった」


スマホの天気予報によると、降水率が50%という降るか降らないかの微妙な確率だったので、傘を用意した。

念の為に用意した甲斐があった。

正直、私は降って欲しくはなかった。

ものすごく疲れた時に月を見ることが私の癒しだから。


そんなわがままを心の奥に閉めて、一人で信号の色が変わるのを待っていた。

すると、背後から猛スピードでコツコツと地面を踏む硬い足音がした。

・・・コツコツコツコツ。

それは徐々に近づいていき、振り向こうとした時にはその足音の正体が真横ににいた。


その正体が私の仲のいい後輩であった。


「先輩、一緒に帰ろ―――――――うわっ!」


奥歯が痛み出した。

彼女は足が滑ってしまった。


「危ない!」


私は、彼女の腕を掴んで引っ張った。

トラックが目の前を通り過ぎた時には、もう既に信号が青になっていた。


「い、いやぁ、間一髪でしたね」


「『間一髪でしたね』じゃねぇよ、危ないだろ」


「す、すみません。助かりました、ありがとうございます」


彼女は頭を下げて、上目で能天気な顔を見せる。


「・・・もう」


二人でだんまりと信号を渡ると、彼女が口を開いた。


「助けたお礼に私の家で食べていきません?」


命の恩人を無意識に傷つける彼女であった。

私は、食費を安く済ませたいがために栄養バランスを疎かにしてしまっている。

久々に暖かな手料理を食べてみたいものだ。


「行くぞ。今すぐにだ」


疲れと空腹のタブルパンチを食らっている私は、そう言った。


・---


後輩の家に着くと、彼女は部屋に荷物を置き、即座にキッチンへと向かう。

私はというと、やることが特にないから適当にスマホを見ていた。


始めて来たが、部屋が綺麗だな。いい匂いもするし、整理整頓がきちんとしている。

私の部屋とは大違いだ。


そう部屋を見回していると、ご飯が出来上がったようだ。


「うおおおおぉ!」


「お待たせしました『ハートフルオムライス』です」


なんだその名前は。オムライスはオムライスでいいだろ。

それはいいとして。

美味しそうなオムライスの匂いが久しぶりに鼻を通った。


「いただきます」


美味しく頂きましたとさ。


・---


後輩の家で食事を済ませ、お礼を言って帰ろうとしていたところ、キッチンから彼女に呼び止められた。


「せっかくなんで、泊まっていきませんか?まだ疲れているだろうから。お風呂も沸かしておいたので」


ああ、全くだ。まだ疲労がとれていない。

今日はお客さんが多かったので、とてもお店が大変だった。

よりによってツーオペだ。


「本当か、助かるぞ。じゃあ、早速だがお風呂に入ってもいいか?」


「いいですよ。こちらで服とか用意するので」


洗い物をしながら、そう言った。


「助かる」


疲れが吹き飛ぶお風呂。私は「はぁー」と大きなため息をつく。


「服、置いときますね」


「りょー」


この子ってやつはっ!なんていい子なんだ。私と遅くまでツーオペで働いて疲れただろうに、私のわがままを聞いてくれて。

本当に、いい子だ。

私が男だったら、惚れてる。


「ありがたやー、あり・・・がた・・・や・・・」


疲れが吹き飛び、瞼がだんだんと落ちていき、視界は閉ざされた。


奥歯が痛み出した。

・・・はっ?!危ない、お風呂で寝てしまうところだった。

昔から奥歯が危機を察知すると痛み出す。おかげでこの方怪我をしたことがない。


・・・あー、もう上がろ。何時だ、今。


風呂を上がろうとしたが、膝の上がやけに重く、立ち上がることができなかった。


「先輩」


はっと寝ぼけた私は我に返る。

そこに広がる光景がはっきりと見えた。

身体が向き合うように膝の上に乗り、頬を紅潮させている後輩がいた。


「私、先輩のことが」


あれ?奥歯痛いな。








          

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