第26話 未来への第一歩

「シンデレラ」


 ①太宰里


 シンデレラの目から、ハラハラとなみだが落ちました。喜びよりもおどろきが大きいです。でも、幸せのぜっちょうにいると、ようやく気づきました。シンデレラはうれしなみだをふきます。王子様に言いました。「ああ、王子様。あなたは運命の人。ようやくようやく出会えたのですね。がんばって生きてきました。これからもがんばって生きていきます。けれど雨は降ります。雪の日も、嵐の日もあります。毎日が辛くて、人生をあきらめそうになりました。死んでしまうかもしれないと、かくごしました。それでも、あなたといたら、のりこえられる気がします」。そんなシンデレラに、王子様は言いました。「シンデレラ、安心してください。明日からは幸せな毎日がずっとずっと続くのです。共に生きましょう」。リンゴーンとかねが鳴りました。シンデレラはガラスのくつをはくと、自らつかんだ未来へ、第一歩をふみだしました。


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 観客が首をひねっている。文林小のみんなも。


 森晶先生は言った。

「ひぐらし小の皆さん。念のために聞きますが、これが一話目で、間違いないですね」


 わたしは胸をはって答えた。

「そうです。これがわたしたちの一話目です」


 ユイが言う。

「これって、シンデレラの最後の場面だよね。四話目の間違いじゃないの?」


 志賀センパイは、わたしたちのねらいに気づいたらしい。

「ふふ、面白い。リレー小説でこれをやるのは、初めて見たなぁ」


 森先生は最初から察していたようだ。

「これは、結末から先に書く『倒叙とうじょ』ですね」


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 話は三日前にさかのぼる。

 作戦会議のときだ。


「ねぇ、ソーサクくん。もしも同じ題材を同じように書いたら、文林小に勝てると思う?」

「無理だね。彼らの実力は本物だよ」

 ソーサクくんは即答した。

「だよね。だとしたら、何かアイデアが必要だよね」

 エマも言った。

「そうそう。飛び道具とか、裏ワザみたいなやつ。何かないかな」


 ふとアラタが言った。

「ところで順番はどうするんだ?」


 わたしは、サトちゃんを一番目にしたいと思っていた。サトちゃんの、さっきの言葉がまだ耳に残っている。「ハッピーエンドがいい」と話した言葉が。


 そのときだった。わたしの頭にアイデアが浮かんだのは。

 ミステリーで読んだことがある、あのやり方を使うことはできないだろうか。


「ソーサクくん、逆回転ってダメかな?」

「どういうこと?」

「えっとね。ケツ・テン・ショウ・キ」


 アラタがまゆをひそめた。

「ユメ、何言っているんだ?」

「だからケツ・テン・ショウ・キだよ」


 ソーサクくんがわたしに顔をよせた。

「ユメ。それ面白い」


「わ、近い近い」

 わたしは、ソーサクくんの顔のアップにたえられず、いったん距離をとる。


「どういうことだ?」

 アラタはまだわかっていない。

 ソーサクくんが言う。

「起承転結ではなく、結転承起か。その発想はアリかもしれない」


 わたしは説明する。

「一話目を書くのはサトちゃんがいいと思う。そして、サトちゃんは、どんなお題が出ても、ハッピーエンドを想像してラストシーンを書くの」

「どんなお題でも?」

「そう。そして、二話目からは、ラストシーンにいたるまでを、順番に、さかのぼりながら書いていく」


 エマもポンと手を叩いた。

「ミステリーであるよね。犯人が先にわかっているやつ」

「そう。文林小は絶対に起承転結の順番で書いてくるだろうから。どんなお題が出ても、裏をかけると思うんだ」


 こうして、わたしのアイデアが採用されたのだ。


 しかも、この一話目は、サトちゃんにしか書けない名文だ。わたしはそう思う。


 まいにち病気とたたかっているサトちゃんの、思いが、がんばりが、希望が、文章からにじみ出ている。


 ユイが感心して言った。

「なるほどね。そんな手があったのね」


 さぁ、問題は次のアラタだ。エマと同じく、わたしも最大の不安材料だと思っていた。それでも、サトちゃんからバトンを受け取れるのは、アラタしかいない。


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 ②谷崎新


 シンデレラはたくさんの苦労を、のりこえました。自分の力とこぶしでのりこえました。つい昨夜も、大切なガラスのくつを、まま母にうばわれそうになりました。シンデレラはガラスのくつを守るため、右手のこぶしをつきだしました。こぶしは、まま母のほおにバキバキとめりこみ、まま母が「ふぐうう」と声をあげました。すると、まま姉がさわぎました。「まあ、なんてらんぼうなむすめザマショ」。まま姉がカナボウでおそいかかってきました。シンデレラはカナボウをかわすと、ガラスのくつで、まま姉の頭をたたきました。まま姉が「ぐへえっ」とさけびながら倒れました。ガラスのくつがこなごなにくだけました。「あら、やってしまったわ」。でも、ノープロブレム。こんなことで、へこたれるシンデレラではありません。こなごなにくだけたガラスのはへんをひろい集め、ひとばんかけて、松ヤニでつなぎ、みごとに直したのでした。


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 報道席からエマがつっこみを入れた。

「アラタ、ふざけるな。シンデレラがこぶしなんか使うか」

「いいじゃん。胸がスカッとしただろ」

「まま姉のカナボウも、意味わからん」

「コンボウの先にトゲトゲがついた武器だよ。説明する余裕なかったんだよ」

「説明しなくてよかった。っていうか、ガラスのくつでたたくな!」


 わたしもアラタの話を最初に読んだとき、笑いすぎてお腹がよじれそうだった。


 でも、正直言って感心もした。

 シンデレラが、受け身ではなく、自分の力で困難をのりこえている。「自らつかんだ未来」というサトちゃんの言葉を、アラタなりに受けた内容になっていたからだ。

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