第17話 認めてないから

 エマがわたしにたずねる。

「ソーサクのお父さん、作家だったのか。ユメっち、知ってた?」

「うん」

「なんだ、知ってたんだ。作家の先生が教えてくれるなんて、うらやましいよね」

「そうだね」


 ソーサクくんはさっきからずっと、スニーカーのかかとで地面をけずり続けている。


 わたしは志賀センパイにたずねた。

「森晶先生ってどんな人?」

「すばらしい先生だよ。ぼくらの指導だって手を抜かず、力を入れてくれて」

「どんな指導なんだろ。キビシイのかな」

「正直言って、キビシイよ。先生は完璧かんぺき 主義で、小説をまじめに追い求めているからね。例えば——」

  

 そのとき、ソーサクくんが声をあげた。

「もういいよ。そんな話」

  

「ソーサクくん?」

「父さんの話は、やめてくれ。聞きたくない」

 ソーサクくんがブランコのさくから立ち上がる。


 わたしはソーサクくんが怒ったところをはじめてみた。青白い顔をして、唇をかみしめている。

  

「世間は評価しているかもしれないけど。ぼくは父さんを認めてないから」

 ソーサクくんはそう言うと、歩き出した。

  

 志賀センパイがソーサクくんの背中に呼びかける。

「ソーサク、気持ちはわかるけどさ。ぜんぶ否定するのは、どうかと思うぞ。ぼくらは先生を尊敬している」

 ソーサクくんはそれにはこたえず、公園から出て行ってしまった。

  

 志賀センパイがわたしに言う。

「先生は、実際すごい人さ。でも小説にすべてをかけているから。家族にとっては、辛いことも多いだろうね」


 わたしはふと思いつく。

「あっ」

  

 言っていいか迷ったが、ここまできたら、隠す意味はないだろう。

「志賀センパイ。それって、ソーサクくんのお母さんが入院していることも関係ある?」

「きみも知ってたのか。ソーサクのお母さん、長年の苦労や疲れがたまって、倒れちゃったって聞いた」

「それで、おばあちゃんの家に引っ越したのかな」

「たぶんね。病院へのお見舞いも、おばあちゃんの家からの方が行きやすいみたい」

  

 あぁ、そうだったのか。

 わたし、何もわかってなかった。

 わかってないのに、ソーサクくんに、あれこれ聞いてしまった。


 もちろん心配だったから。

 ううん。でも、それだけじゃない。

 そこに好奇心や興味が、なかったとはいえない。

  

 ソーサクくん、傷ついただろうな。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

  

 志賀センパイが立ち上がる。

「ぼくらもそろそろ行かなきゃ。きょうはこれから部活なんだ」

  

 肩を落とすわたしに、ユイが言う。

「あなたたちは、リレー小説っていっても、遊びでやってるんでしょ。わたしたちは違う」

「遊びじゃなかったら、なんだっていうの?」

「真剣にやってるの」

「真剣?」

「そう。ソーサクは転校しちゃったけどね。わたしたちは、先生の志を受けつぐ覚悟だから」

 ユイはそれだけ言うと、きびすをかえした。

  

 わたしたちは、ユイと志賀センパイが公園を出て行くのを、だまって眺めていた。

  

 なんだろう。このモヤモヤした気分は。


 自分がはずかしい。それに、くやしい。

 いますぐ家に帰ってベッドにもぐりこみたい。

 そして、そのまま寝て起きたら、何もかも、なかったことになっていたらいいのに。

  

 でも、そんなことはありえない。

 それは、わかっている。


 ぼんやりしていると、エマとアラタが声をかけてきた。

  

「ユメっち、いったん学校に戻るか?」

「いや、おれらも家に帰ろうぜ」

  

 そのとき、わたしの頭に、ある言葉が浮かんだ。ピカピカッと、いなずまのように。

  

 ——道路ぜんぶのことを考えちゃだめだ。

 ——つぎの一歩のことだけを考えるんだ。


 そんな言葉だ。


 お気に入りのエンデの小説「モモ」のなかで、モモの友だちのベッポおじいさんが言っていた。細かいところは違うかもしれないけれど。だいたい、そんな内容だ。


 わたしが好きな言葉だった。


 まずは目の前のことをやる。

 できることからやる。

 それしかない。

  

「エマ、アラタ、ごめん。先に帰ってて」

「ユメっち、どうした?」

「やることがあるから」

「なんだよ。ソーサクか? あのイケメンを追っかけるのか?」

「ちがう。追っかけたい気持ちはあるけど」

「追っかけたいって。やっぱりイケメンだからか?」

「イケメンは関係ないし! 確かにイケメンだけど。そうじゃなくて。やることを思いついたから、行かなきゃ」

  

 わたしは、エマとアラタをその場に置いたまま、公園の外へと走り出した。

  

 住宅地を抜け、大通りに出て、まっすぐに走る。

 確か、こっちの方角だ。

 息があがってきたけど、それでも走る。

 走っているうちに頭が真っ白になり、モヤモヤが吹っ飛んだ。

  

 やがて大通りの先に、並んで歩く二人の姿が見えた。

 ユイと志賀センパイだ。

 ドンピシャ。追いついた。

  

「待って待って」

 わたしは追いつきざまに、二人の背中をたたいた。

「うわっ」

「きゃっ」

  

 ユイが振り返ってのけぞる。

「びっくりした。ちょっと、何よ?」

  

 わたしはハアハアと激しく呼吸する。苦しくて、しばらく答えられない。ランドセルから水筒を出し、麦茶をひとくち飲むと、息をととのえた。

  

 志賀センパイが問う。

「ユメちゃん、どうしたの。何か忘れもの?」


 おせっかいなのはわかっているけど。

 でも、ここまできたら、やり通す。


 そして、ベッポおじいさんの言うとおり、まずは最初の一歩から、だ。

  

「お願いがあるの!」

 わたしはユイと志賀センパイに頭をさげた。

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