「読みたい」から生まれる心の傷への応援コメント
私は社交辞令が大嫌いです。私にはそれが『本音』か『社交辞令』かわからないのです。
ですから「今度ランチに行こう!」と言われると、それが社交辞令と気がつかず、ランチのお誘いをずっと待ってしまうのです。忠犬ハチのごとく。「まだかな?」「いつだろ?」
「時間がなくて」と謝られるのも嫌いです。私のために割く時間がないだけ。そう思うと物凄く悲しくなります。
小説を書いている事もあまり言いたくありません。
「読むね」「面白かったよ」の社交辞令を貰いたくないです。信じて、悲しくなりたくないなぁ。
カクヨムは、書きたい人、読みたい人の集まりで、すっごく気持ちがラクで楽しいです。(すみません、コメントのまとまりがなくて…)
作者からの返信
コメントありがとうございます。
まとまりがないなんてことはまったく無かったですよ!
私もお読みいただいた通り社交辞令が嫌いなので、具体的にどうまとまっていたか丁寧にお話しします。
その方がお互い誤解が生まれずに済むでしょう。
起 まず冒頭で社交辞令に対しての立場を明示
↓
承 そう考える理由と抱えている感情を述べることで読んでいる相手に同じ立場に立って考えてもらう
↓
転 カクヨムは書きたい人、読みたい人が集まっている、と話題を転換
↓
結 みんな心から読みたい、書きたいと思っているので社交辞令で傷つくことがない、と今までの話題を使ってカクヨムを賞賛する
こうしてみるとむしろ見事なまでにまとまっているように感じます。
起承転結がバッチリですからね。
少なくとも起承転結をまったく意識していない私より断然まとまっています。
社交辞令じゃないことが伝わっているといいのですが、あいにくカクヨムは返信への返信ができないので、読んだあなた様が笑顔になってもらえていると願います。
お互い頑張りましょう!
編集済
「読みたい」から生まれる心の傷への応援コメント
年の功なのかもですが、『読みたい』と言われて教えても読んでくれないのが普通だと思ってます。
おそらく商業ベースのプロ作家であってもそれはそう変わらないと思います。
追記:
失礼しました。
そういう意図ではなかったのですが言葉足らずで申し訳ありません。
アマのものだろうとプロのものであろうと、合わなかっただけだろう、と思っている、という意味合いでした。
……すみません、本当に言葉足らず過ぎました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
私も今は読んでくれないのが普通だと思っています。
が、誰しもがそうやすやすと割り切れるものではありません。
追記
申し訳ありません。
結構むかむかした気持ちで書いたものなので攻撃的な発想になっていたようです。
そうですね、あわなかったと考えるのが私ももっとも良いと思います。
どんなに優れた作品でも響かない人はやっぱりいますし、その人が悪いというわけでもないですからね。
訂正してお詫び申し上げます。