第25話 御札


「着々と捕まってますね」


 物陰に身を隠しつつ携帯端末で状況を確認する。


 残り時間はあと三十分とすこし。


 鬼に捕まった出演者は十人にのぼり、生き残っているのは九人となった。


 時間も人数も残り半分。ここからが後半戦って感じだ。


「おっと、ここでミッションか」


 タレントの木船美優が捕まったという連絡が来てから間を置かず、次のミッションが発生する。


「ミッション。園内のお化け屋敷から悪霊が解き放たれ、貴方に取り憑きました。このままでは呪い殺されてしまいます。今から十分以内に他のプレイヤーから御札を貼ってもらい、悪霊を祓ってください。なお一度使った御札は効力を失い、自分の御札は自分に使えません。と」


 御札なんて渡されたっけ?


 と、ポケットに手を入れてみると、それらしいデザインの御札が出てきた。


 魔術師が使う御札には特別な効力が宿っているのだけど、これにはそれを感じない。


 ただ模様と文字を印刷しただけのモノのようで、まぁ当然と言えば当然か。


 本物を素人に渡すと逆に怪異を引き寄せてしまうこともある。


 それらを遠ざけたいなら持っているだけでいいお守りなんかのほうがいい。


「悪霊に取り憑かれてる、か」


 もちろん、これはテレビ番組的な演出であって本当にお化け屋敷から悪霊が出た訳じゃない。


 お化け屋敷のような人の恐怖が集まる場所には怪異が寄りつき易いから、あながち間違いでもないんだがな。


 ゲームで言うところのフレーバーテキストみたいなもんだ。


「いま生き残ってるのは九人だから……一人余るな」


 他の出演者と会い、御札を交換することでしか生き残れない。


 生き残った出演者の人数が奇数な以上、人数的に一人だけ助からない。


 このミッション中にも鬼は動いているから御札を持ったままの誰かが捕まることもあり得る。


 その場合は奇数になったり偶数になったりするけど、なるべく速く御札は交換したほうがいい。


「呪い殺されるなんて一番嫌な死に方ですからね」


 実際、呪殺された人の最期は想像を絶するほど悲惨なものだ。


 常に死を覚悟しなきゃならない魔術師でさえ、呪い殺されるのだけは勘弁だという人は多い。


 俺も死に方を選べるなら呪殺以外がいい。


 それくらい死に様は凄惨だ。


「急ぎましょう」


 カメラマンさんを連れて行動開始。


 鬼の足音に気を付けつつ園内を移動する。


 ほかの出演者もリスクを承知で歩いているはずだからすぐに出会えると思うけど。


「こっちかな」


 二人分の足跡が耳に届き、そちらに爪先を向ける。


 しばらく歩くと空中ブランコの辺りで見知った顔に出会えた。


「紫雲く――さん!」


「園咲さん。よかった」


 園咲は片手に御札を持ったままだ。


 お互いに駆け寄って安堵の息を吐く。


「大丈夫ですよね? 初めてですよね?」


「大丈夫ですよ」


「よかったぁ。じゃあ、早速。後ろ向いてください」


 御札の裏に仕込まれた両面テープによって俺の背中に御札が貼り付けられた。


 これで悪霊は祓われた。


 今度は俺も同じように園咲の背中に御札を貼り付ける。


「よし、完了」


「お祓い成功! 悪霊に取り憑かれるなんて御免です」


 園咲にとっては他人事じゃない。


 まぁ、実際に取り憑かれていたのはマネージャーさんのほうなんだけど。


「それじゃあお互いに生き残りましょう!」


「生き残りましょう!」


 互いに鼓舞し合って別れようとした直後のこと。


 鬼の足跡が耳に届く。


 ここは見通しがいい。


 園咲と完全に別れ切る前に見付かってしまった。


「鬼が来た!」


「え!? わぁ!?」


 まだ鬼は遠く、追い付くにも時間がかかるはず。


 ただ園咲もダンスは得意でも走るのはそうでもないのか速度が出ない。


 このままだと鬼に追い付かれるかもな。


「園咲さん。あっちあっち」


「あ、あっち?」


「そう、あっちが安全だよ」


「で、でも」


「大丈夫」


「わ、わかりました!」


 頷いた園咲が横道に逸れ、鬼の視界には俺一人だけ。


 鬼は視界に映っている出演者だけを追うように指導されている。


 これで園咲は大丈夫だろう。


「さて、逃げ切るぞ」


 道を曲がって鬼の視界から離脱し、その先にあるコーヒーカップに目を付ける。


 柵に足を掛けて跳び、コーヒーカップに飛び乗って身を隠した。


「ふぅ……またカメラマンさんを振り切っちゃったけど――」


 ふと目が合う。


 それは同じコーヒーカップに乗っていた怪異、窮鼠。


 大きな化け鼠だ。


「食品衛生がなってないな」


 ばちんと稲妻が弾けて窮鼠が消滅する。


 そのせいで鬼の足跡が一度止まったが、すこしして遠ざかっていく。


「逃げ切り成功。アイスコーヒーの気分」


 コーヒーカップの中心に備え付けられたハンドルを掴んでぐるりと回った。

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