第16話

 モニタの前に座るアルエ。ビデオチャット越しのシオネとリリシア。三人の姿を横から見ながら、配信が始まるのを待つ私。いつか見た光景だが、誰もがどこか落ち着かない様子を浮かべている。待機画面で時間を待つ視聴者たちも、常にはない緊張感を湛えているように見えた。


 ≪今日はなんの告知すんの?≫

 ≪謝罪配信? 引退宣言?≫

 ≪お気持ちブログに謝罪する必要ある?≫

 ≪いいから待ってろよ≫

 ≪騒動起こしたんだから誠意ある対応は必要でしょ≫

 ≪誠意ってなんだよお気持ち厨が≫

 ≪ブログに謝罪はいらないと思うけど、なんらかの説明は欲しいかな≫


 いつになくピリピリとした言葉が飛び交い、少しでもきっかけがあれば即座に大炎上に発展しそうな雰囲気が満ち満ちている。辛うじて例のブログに批判的なコメントも見られるのは、牽制が間に合ったと思うべきだろうか。普段の配信でも見かけるアカウントは、全体的に擁護してくれるコメントが多い。逆に野次馬根性で謝罪だの引退だの書き込んでいるのは、初めて見るアカウントばかりだ。


 だったら、大丈夫。アルエはこんなことで負けたりしない。


 いよいよ時間だ。配信画面に三人の姿が映る。


「みんな、はろーっ! 鳥羽アルエだよっ!」


『七倉シオネです』


『やあ、リリシア・ランカスターだ』


 ≪はじまた≫

 ≪はろーっ≫

 ≪はろー。いつも通りで安心した≫

 ≪ブログ騒動についてコメントして≫

 ≪アルエ大丈夫?≫


『ほら、さっそく心配されてる』


「うわあああああん、ごめんねみんなっ! でもこの通り、わたしは元気ですっ」


 ≪元気ならよかった!≫

 ≪アルエ落ち込んでるかと思ってた≫

 ≪アルエーーーー私は味方だよーーーーーー≫

 ≪元気なのは分かったんだけど、今日はどういう配信?≫


『ほらアルエ、まずは趣旨を説明して』


「うん、えっと……まずは、この間の配信でのこと。知ってる人も多いと思うけど、わたしがいつもやってるイラスト紹介コーナーで、タグの付いていないイラストを紹介してしまいました。そのことでみんなにたくさん心配をかけてしまったと思います。本当にごめんなさいっ!」


 ≪あ、そこは触れていくのね≫

 ≪大丈夫だよ!≫

 ≪まあ、やっちゃったもんは仕方ない≫

 ≪創作界隈はセンシティブだから難しい≫

 ≪今後はタグなしには触れないって方向かな?≫


「いろんな人にすっごく怒られました……本当のことを言うと、これまでタグが付いてるついてないって、そこまで深く意識したことなかったんだ。でもそれじゃダメだって教えてもらって、今後は、タグの付いていない作品は配信では取り上げません。ここははっきりさせておくねっ」


 ≪妥当なところ≫

 ≪変なお気持ちブログは気にしないで、これまで通り元気に配信してくれたらいいよ!≫

 ≪そうせざるを得ないわなー≫

 ≪失敗から学んでいけばいいと思う!≫

 ≪怒られたのねwww≫

 ≪シオネとか厳しそう≫


『めちゃめちゃ怒りました』


 ≪怒ってたwwww≫

 ≪ひえ≫

 ≪ガチおこのやつだこれ!≫

 ≪ダメなものはダメってキッパリ言わないとね!≫

 ≪シオネママ……≫


『ママじゃないから』


『いやあ、あの時のシオネの剣幕と言ったら。さすがの私も震えてしまったよ』


『ちょっと、やめて』


 ≪お、不穏な空気≫

 ≪喧嘩はやめてくれ~~~ふりしょの喧嘩とか見たくない~~~~≫

 ≪いやむしろもっと聞かせてオフでの三人≫

 ≪喧嘩を振り返れるほど仲がいいやつ!≫


「それを言ったら、一番怖かったのはリリシアかも……?」


『いやいや、ははは。まあ、どんな時でも、頭に血が上ったまま言い争うのはよくないということだね』


『……悪かったって、思ってるから、本当に』


「気を付けます……」


 ≪格付け完了してる……≫

 ≪どうやら序列ができているらしい≫

 ≪無駄に騒がせたお気持ちブログに怒るべきか、三人の素顔を垣間見せてくれてありがとうと言うべきか≫

 ≪ガチギレしたリリシア様気になります≫


『いや、違うからね! 少したしなめただけで、ガチギレとかしてないからね!』


『はいはい、もうその話はいいから』


 よし、ここまでは順調だ。


 謝罪は簡潔に誠実に。アルエのやらかしそのものは否定も誤魔化しもせず、ただしブログに関しては一切触れず、やってしまったことだけを謝罪する。さらにはユニット内で決着がついていることもアピールして、もうこの話は不和の目にならないと強調しておく。


 しでかしたことへのリカバリはこれで十分かもしれない。


 けれど、まだだ。火種そのものを、徹底的に消し飛ばしてしまわなくては。


『そう! 今日はもうひとつ、重大な発表があるのだよ諸君! もちろん私たち三人集まったということは』


「【ふりーくしょっと!】としてのお知らせだよっ!」


 ≪キターーーーー≫

 ≪いい知らせか!? それともすごくいい知らせか!?≫

 ≪騒動の責任とって引退とか言われたらどうしようかと思ってた≫

 ≪さすがにそれはない。けど1周年配信お休みとか言われるかと≫

 ≪なになになになに?≫


『今回、【ふりーくしょっと!】の1周年に向けて、ユニット公式イラストレーターが就任してくれることになりました』


 ≪うおおおおおおお≫

 ≪公式イラストレーター!≫

 ≪なにするの?≫

 ≪誰だ誰だ誰だ誰だ≫


「ではでは、こちらのイラストをどうぞっ!」


 アルエのキューで表示される、三人の少女たちのイラスト。マイクに向かって歌うシオネに、台本を握り締めたリリシア。そしてコントローラを振り回すアルエ。ほかでもない、【ふりーくしょっと!】の三人を描いた集合イラストだ。いつも通りの衣装で、それぞれの得意分野をモチーフにした、ユニットの看板をイメージして描かれている。


 ≪うおー、ふりしょの集合イラスト!≫

 ≪それぞれの持ち味が出てる感じ≫

 ≪なんか絵柄に見覚えがある気がする≫

 ≪というか、問題の配信で紹介されてた人じゃね?≫


「描いてくれたのは、イラストレーターのSaYaKaさんっ! 実は、私のママでもあるんだーっ!」


 もちろん、描いたのは私だ。正直いま死にそうである。


 ≪???????≫

 ≪なんて??????≫

 ≪どういうこと?≫

 ≪待ってイラストレーターさん側からもコメント出てるんだが≫


 同時に、私のSNSアカウントにコメントを投下している。『この度、【ふりーくしょっと!】の公式イラストレーターを務めさせていただくことになりました、SaYaKaです。同時の発表になりますが、鳥羽アルエのママでもありました。よろしくお願いします。』簡潔なあいさつ文と共に、配信で表示されているイラストも張り付けてある。


「もうずーっとサヤカを紹介したくてしたくて、うずうずしてたんだからっ! それで、ちょっと先走っちゃったりしたけど……」


『いっつも言っていたからね。アルエのママは、すごく素敵な絵を描いてくれる人なんだって。ふふ、愛があふれ出していたよ』


『もう少し反省して』


 ≪んんんんんんん?≫

 ≪つまり、公表されてなかったけど、問題のイラスト紹介された人がアルエのママだったってこと?≫

 ≪認知されたくなかったのに晒されたイラストレーターなんて存在しなかったでおk?≫


 いや、存在はしたんだけれどね。けれど、この騒ぎを収めるために、消えてもらうことにしたのだ。認知されたくなかったけど晒されたイラストレーターには。


「それにそれに、ママだけじゃないんだよーっ! じゃじゃんっ」


 画面が切り替わり、ちらりと少女の姿が見切れる。ふわりとしたプリーツスカートに、一瞬だけ映り込むブロンドの髪。わずかにしか見えなかったが、その少女は確かに動いていた。


 ≪新モデル!? 新衣装≫

 ≪待って待って待って情報と供給が多すぎる!≫

 ≪新アバターなの!? どういうこと!?≫


「えへへーっ! いまちらっと見えたのは、ママがデザインして、パパが新しく用意してくれてる、わたしの新衣装だよ! もちろん、わたしだけじゃなくて、二人の分も用意してもらってるからっ!」


『1周年配信でお披露目の予定だから、待っててね』


 ≪うおおおおおおマジかああああああ≫

 ≪パパさんも未公表じゃなかった!?≫

 ≪パパさんママさんありがとうーーーーー!≫

 ≪なんだかよくわからないが供給がすごい≫

 ≪脳みそ追い付かないよお≫


『いやあ、私も今からお披露目が楽しみで仕方がないよ! ところでこの場合、私とシオネもアルエと同じ両親を持つ……つまりアルエと姉妹ということになるんだろうか?』


「待ってダメそんな、サヤカたちはわたしのパパとママで……あれでもそれじゃあ、わたしが二人のお姉ちゃんになるってこと!?」


『どう考えてもアルエが妹でしょ』


「えーっ!?」


 ≪キマシ……キマシタカ……?≫

 ≪情報量が多すぎてなんだかよく分からなくなってきたけど三人が幸せならいいかなって気がしてきた≫

 ≪ツッコミどころが多すぎて追っつかないよお!≫

 ≪細けえことはいいんだよ!≫


 こうして。


 私の公式イラストレーター就任&アルエのママであることの公表、真央が手掛ける新衣装の発表で、長文お気持ちブログに端を発する騒動は、文字通り皆の記憶から吹き飛んでいった。アルエのやらかしも『ママを紹介したい気持ちが逸ってしまった』と皆の認識がすり替えられ、そもそも端緒となったお気持ちブログ自体、結局晒された本人でもなんでもない無関係の第三者だった、として相手にされなくなっていったようだ。


 私の環境は激変した。SNSのフォロワーは、騒動のときに輪をかけて爆発的に増え、過去に描いたイラストもまとめて衆目の的だ。生きた心地がしない。それでも、私の羞恥心を犠牲にアルエたちの笑顔が守れたのであれば、安い買い物だろう。


 ただし。


 環境の変化はこの後、私の想像以上の勢いでもって、私の身に降りかかってくることになるのだった。

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