FACT
榊亨高
プロローグ
「山口、仏さんは?」
六月二十八日水曜日午後十九時十四分、河川敷で女子高生の遺体が発見された。
「永井さん、こちらです」
巡査部長・
現場では初動捜査が開始され、山口以外の機動捜査員たちは、周辺地域の聞き込み、防犯カメラ情報の入手、機動鑑識隊と科学捜査班はブルーシート内で捜査を開始していた。
遺体周りの砂利は、腹部と口から大量に出た血で茶黒く汚れていた。
「仏さんの身元は?」
山口が、透明のポリ袋に入った生徒手帳を永井に手渡した。生徒手帳は血で微かに染まっている。
「夏目リサ、北ノ宮女子高等学校の生徒です」
「第一発見者は?」
永井は、生徒手帳の顔写真を見つめながら質問を続けた。
「発見したのは
「犯人である可能性は?」
「……ないと思います」
「それは何故だ?」
「第一発見者の小鳥遊カンナからの通報でした。とても取り乱していて、犯人の可能性は低いかと思います。といっても勘です」
「山口はいつも素直だな。まぁそこがいいところではある。だが、証拠を集めない限りは第一発見者も犯人の可能性は十分にある。常に疑いなさい」
「承知しました」
山口は背筋をピンッと伸ばした。
「腹部からの大量出血が主な死因か?」
「はい、科捜は、出血性ショックが死因だと判断しています。ただ、凶器と見られる刃物が死体周辺で見つかっておりません。あと、二つ気になる点があります。こちらを見ていただけますか」
山口が胸ポケットから一枚の写真を取り出し、永井に手渡した。
「科捜から先程拝借した左眼の写真です。黒目が白濁し、白目が充血しています」
「ほう、これはまた奇妙な。実物を見ていいかな」
「はい」
永井はスーツの内ポケットから捜査用の薄い白手袋を取り出し装着した。遺体の頭部側で片膝をつき、手を合わせた。「失礼」と言い、閉じている左瞼を右手で慎重に開けた。
「確かに。……科捜は何て?」
山口が科捜の
「左眼について、角膜炎の類かと疑いましたが、違うようです。また、黒眼の白濁原因も不明です。白内障も視野に入れましたがこの年齢ですし……。頭部や眼球近くに損傷がないのにここまで白目が真っ赤に充血するのも例がありません。解剖で調べるしかないです。あと、ここに発見当時の写真があるのでどうぞ」
永井は立ち上がって小野からバインダーを受け取り、挟んである数枚の写真を一枚ずつ確認した。山口から受け取った写真よりもさらに鮮明で拡大された写真だった。
「異常なほど真っ赤だな。右眼は特に何も無しか」
「はい。右眼は特にありません。それで山口さん、永井さんに右足の
山口は首を振って「今から伝えるの」と小野に応えた。
「大腿部?」
永井は遺体の左側へ移動し、遺体のスカートを少し捲り上げた。
「何だこれは」
永井は目を丸くし、小野と山口の顔を交互に見た。
大腿部はガラスのような物質に変異し砕けていた。身体から分離し、光を反射してキラキラと輝いている。山口は大腿部周辺のガラスのような破片を拾った。
「私は最初、特殊メイクかなと思ったんです。でも大腿部の内側まですべてこのガラスのような物質でした」
「山口さんの言う通り、自分も特殊メイクのものかと思いました。とにかく細部を調べてみないと分かりません、左眼の白濁と何か関係しているかもしれませんし。奇病による死亡か、腹部の傷とは別に薬品による他殺原因の可能性も考えられます。どちらにしても解剖や検査をしないと話になりません」
「解剖ができるものなのか? 見たところ硬そうだが」
小野はため息をついた。
「大腿部に関しては、成分の科学分析になると思います。まぁ、内部までの確認だと、砕くか、穴を空けるかでしょうね……とにかく硬いので」
小野は冷たい表情で遺体を見下ろした。永井は小野の表情が人間に向けたものではなく、完全に“物体”として遺体を捉えていることに気づき背筋が凍りついた。
山口が首を傾げ、眉間に皺を寄せた。
「薬品の他殺であった場合、なぜ腹部を傷つける必要があったのか、そこに何か理由があるかもしれません」
永井は腕を組み頷いた。
「そうだな、薬品の他殺なら、わざわざ腹部を傷つける必要がない。ただ、即効性がないものだったのかもしれん。何か理由がありそうだな」
「永井さん、ちょっといいですか」
三人の元へ科捜の一人が駆け寄った。
「何だ? どうした」
「本庁から、その……公安の方がお見えになっております」
「はぁ? 公安だと?」
永井はブルーシートの囲いから外へ出ると、河川敷近くの車道に黒塗りのワゴン車が二台停まっているのを確認した。ワゴン車のスライドドアが開き、白衣を着た金髪の少女と作業着姿の捜査員数名が、河川敷に降りてくる。山口と小野も永井の後ろに立ち、捜査員たちを迎えた。
「公安部特異一課 特別捜査対策室・科学捜査係長の
金髪の少女は、永井の目の前で立ち止まり声をかけた。澄んだ青い瞳で永井をじっと見つめている。
「お疲れ様です。はい、永井は私です」
永井は背筋をピンと伸ばし、敬礼した。係長の階級は警部にあたるため、永井より立場が上になる。だが山口と小野は、公安所属の少女に敬礼する永井を見て動揺し、顔を見合わせた。青木があまりにも警察官としては若すぎるからだ。
「君たち第三機動・鑑識・科捜の初動捜査を打ち切り、本件の管轄を全て特捜対が取り仕切ることになった。速やかに立ち退きと情報の譲渡を実行していただく。また、本件の捜査内容は極秘情報に値するため事件内容・証拠品など一切の介入と関与を禁止する」
「青木係長、失礼ですが打ち切るのは何故でしょうか。理由がなければ納得できません。また極秘情報扱いになるのが分かりません」
永井が真剣な眼差しで青木に問いかける。青木はため息をつく。鋭い目つきをして永井に応えた。
「本件は本庁の指示だ。私の指示ではない。理由を聞くことは一切許されていない。明日から無職になっていいなら話は別だ」
青木のただならぬ雰囲気に、永井はたじろいだ。
「本庁の指示とは、……承知しました。失礼な態度をとってしまい、申し訳ありません」
永井は深々と頭を下げた後、山口と小野に指示を出した。
「山口、機動捜査員に捜査中止を伝達しここに招集させ、特捜対の捜査員に情報譲渡を開始してくれ、小野も同様にだ」
「永井さん、それは」
「山口、いいからやるんだ。どうやらこれは、我々が触れたらいかん事件のようだ。分かるな?」
永井は釈然としないまま山口を諭した。
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