第22話 俺の大切な友達。
お屋敷を出る前に、サソリさんはりんのすけのお母さんと話をつけてくれた。学校を辞める話は、元々両親にはしていなかったらしい。心配症の母親に言ったら、直ぐに辞めさせられてしまうから、と言う事だ。
「決断力の早いりんのすけ様が、ここまで悩むのは珍しいです。大人の階段を登ってるんですね。」とサソリさんは俺にこっそり教えながら一人で感動していた。
りんのすけと俺は、有名なスクランブル交差点まで徒歩で戻って来た。
「なあ、せっかく東京まで来たんだから、ちょっと寄り道しないか?」俺はりんのすけに提案した。
「寄り道って、どこか行きたいところでもあるのか?僕は特に無いが。」
りんのすけは、片腕だけ腰に手を当てる。
「行きたいところとかは、特に思いつかないけどさ。でも、東京にしかないモノが見たい。」
俺は目を輝かせてりんのすけを見つめた。俺にジト目を向けた後、小さくため息を吐く。
「もう夕方だぞ。観光地を回る時間はない。」
「うっ。確かに。それなら、東京駅にある漫画グッズ屋で我慢する!」
「漫画グッズ屋……?」
りんのすけの表情が明るくなった。そういえば、見た目に寄らず少年漫画好きだったな。自分の部屋に単行本を揃えるくらいだし。
俺達は電車に乗り込む。まだ夕方の5時くらいだが、物凄く混んでいた。東京の人からしたら空いている方なのかも知れないが。
俺とりんのすけは、空いている吊り革に捕まる。観光客も多いのか、隣に並んでいるりんのすけと常に密着してしまう。
「暑苦しいから、離れろ。」と無茶を言われる。
「勘弁してくれ。女性に囲まれてるんだ。痴漢を疑われたくない。」
俺は吊り革を両手で持つ。
電車が揺れ、体勢が崩れる。さらに、りんのすけとの距離が近くなった。
「こんな事になるなら、車を出してもらうんだった。」
りんのすけは俺の左腕に顔を埋めながら、小さい声で文句を言っている。身動きが取れない。
「庶民の生活は、良い経験値になると思う。」
「ううう!」イラついた様な唸り声を上げる。
電車から降りる時、人混みで逸れないか心配な俺は、りんのすけと手を繋いで出た。
「勝手に僕に触れるな。」
りんのすけは俺を睨む。
「こんなところで迷子になりたくない!仕方ないだろ。東京観光気分を台無しにしたくないんだよ。」
俺は手を繋いだまま、改札に向かう。
「僕はつかさを見失ったりしない。信じろ。」
りんのすけは手を解いた。
「つかさは、恥ずかしくないのか?」
少し顔を赤らめ、目線を逸らしながら言った。
「恥ずかしいけど、りんのすけと離れ離れになる方が嫌だ。」
「だから、そう言う恥ずかしい事を真顔で言うな。」
りんのすけは俺の膝裏に、蹴りを入れた。普通に痛い。でも、今ならちゃんと手加減してくれてるのがわかる。
東京駅の地下街へ行き、目的のお店を見つける。
「すごい!原作絵のグッズがたくさんある!」
俺は興奮してお店の商品を眺めた。
りんのすけは黙っているが、顔はとても嬉しそうだった。
「りんのすけはどの作品が1番好きなんだ?」
「1番好きな作品は選べないが、小さい頃に使用人が見せてくれた守護霊みたいな物で戦う冒険シリーズは、思い入れがある。後は忍者が里の長を目指すバトル漫画も。そういうつかさは、どれが好きなんだ?」
「俺は……女の子にラッキースケベを発動させる奴。」
「つかさは変態なのか。」りんのすけは真顔で感心する。
「その雑な解釈はやめてくれ。男の夢が詰まってる作品なんだよ。結構バトルシーンもあって面白いんだからな!」
しばらく店内を見て回ると、りんのすけが一つのグッズを手にした。緑色のカエル型がま口財布だ。
「こんなグッズまであるのか!僕はこれを買う。」
幼い少年の様な、キラキラした笑顔を俺に向けた。
「へえ、それかわいいな。俺も何か買おうかな?」
棚の中にある、招き猫の様なぬいぐるみと目が合う。
「このぬいぐるみ、りんのすけに似てる。」
俺が指を指して、りんのすけに見せる。
「それ、オカルト系の漫画のキャラだな。それに似てると言われると、複雑な気持ちなんだが。」りんのすけは、眉間に皺を寄せた。
「俺これ買うわ。」
俺はぬいぐるみを手に取った。
「人の話聞いてたか?まあいい。好きにしろ。」りんのすけは、呆れた顔をする。
二人で買い物を終わらせ、新幹線の切符を買った。
早めに乗り口まで行き、並びながら漫画についての話で盛り上がった。
静丘駅まで着き、電車に乗り換える。辺りはもう暗くなっていた。帰り際に、俺はりんのすけに伝える。
「明日一緒に学校行かないか?」
りんのすけは、少し驚き、少し考えた。その様子を見て、俺が補足する。
「西条寺さんは、りんのすけに好かれていないって気が付いたらしい。謎のりんのすけファンクラブを立ち上げてた。だから、もうストーカーはされないと思う。」
「ほっ。そうか。それなら、家で待つ。僕を待たせるなよ。」りんのすけは偉そうに言った。
「あ!そういえば、写真撮ってなかった!」
俺は思い出し、大きな声が出た。同時に、電車はりんのすけの降りる駅に停まってしまう。
「どうするんだ?」りんのすけは立ち上がり言う。
「俺も一緒に降りる!」と、慌てて電車を出た。
駅のホームで、俺はりんのすけに頭を下げた。
「西条寺さんに、りんのすけの元気な姿を見せてくれって頼まれたんだ。一枚だけ写真撮って良いか?」
「……。心配かけた分の責任は果たそう。」
りんのすけは渋々了承してくれた。
俺は自分のスマホを取り出し、インカメラに切り替える。自撮りを構えると、りんのすけは俺にくっついて近づいた。
「ムスッとしてないで笑顔作れよ、りんのすけ。」俺はりんのすけに肩を回して、空いている右手でりんのすけの頬を引っ張った。
「何をする。無礼者め。」
りんのすけも俺と同じ様に頬を引っ張ってきた。
パシャリ。
シャッターボタンを押してしまった。
「あ!」俺はスマホで、写真を確認する。
りんのすけも、俺のスマホ画面をのぞいた。
物凄くぎこちないが、笑顔の二人が写っていた。ぎこちない笑顔が面白くて、俺は吹き出してしまう。
「これは良い写真だな。」俺は笑いを堪えながら言った。
りんのすけは、後ろを向いて肩を振るわせて笑っている。しばらく二人で笑い合った。
「その写真、僕にも送ってくれ。じゃあ、また明日。」
りんのすけは、手を挙げ去って行った。
「おう。また明日な。」俺も手を挙げた。
再び電車に乗る。座席に座りながら、西条寺さんにさっき撮った写真を送り、
『明日からまた学校来てくれるから、安心してくれ。』と送った。
すると、直ぐに返信が返ってきた。
『何でツーショットなんですか?頭悪いんですか?』と、怒ってる文が届いた。
確かに、ツーショットじゃなくて良かったな。
続けてまたメッセージが届く。
『まあ、りんのすけ様を連れ帰ってきてくれた事には感謝します。』
黒猫がお辞儀して、『ありがとう❤︎』と言っているスタンプも付いてきた。
その日の夜。寝支度を整えて、ベッドに入った時にふと考えた。
(今まであんなに、友達と喧嘩したり、笑ったりした事ないな。必死になったり、落ち込んだりしたのも初めてだ。ああ、りんのすけに会えて、本当に良かった……。)
俺はそのまま、眠りに着いた。
次の日、俺は早めに家を出て、りんのすけを迎えに行った。
俺の家からだと、最寄駅から学校前の駅を通り過ぎて行かなければならない。
一駅の違いだから、あまり気にならなかった。
学校まで続く緩やかな登り坂を、りんのすけと一緒に歩いた。
入学式の時に、ヘリコプターから飛び降りて来たりんのすけが、遠い昔の様に思えた。実際は一月しか経っていないが。
後ろから騒がしい足音が聞こえる。
「おっはよーーーう!!!」
ひゅうがは大きな声で挨拶しながら、俺とりんのすけにら肩を回して飛びついた。
瞬間りんのすけは、ひゅうがの頭を鷲掴みにして地面に叩きつける。「んべ。」とひゅうがは声を上げる。
「朝から騒がしい。気安く触るな。」
りんのすけは手を離して腕組みをする。
「おはよう。大丈夫か?」俺はひゅうがを起き上がらせた。
「つかさ、りんのすけがまたおれをいじめる。」
ひゅうがは俺にしがみついて助けを求めた。
「りんのすけ、ひゅうがが可哀想だろ。優しくしろよ。」
俺がりんのすけを咎めると、ひゅうがはりんのすけに向かって舌を出した。
りんのすけの額に、血管が浮き上がる。
その後、りんのすけとひゅうがは口喧嘩をしながら校舎に向かって歩き始めた。
俺は二人の喧嘩を止めようと、必死に言葉をかけるが全く止まる気配がない。
高校に入学したら、女友達ができると思っていたが、俺は男友達に振り回されている。
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