第18話 祈りと希望。
俺はたくさんの感情で頭がぐちゃぐちゃになる。西条寺さんが大怪我をした。りんのすけが人を傷つけた。正気な戻った時、あいつは耐えられるのか。誰がりんのすけを止められるのか。俺は何もできない役立たずだ。見てるだけしかできないのか。
「離れていてください!!!」
西条寺さんが叫んだ。
俺は我に帰り、顔を上げ、西条寺さんの方を見る。
「お前こそ無理するな!どこか折れてるだろ!」
俺が駆け寄ろうとすると、床にひざまづいている西条寺さんは、錯乱するりんのすけに蹴りをお見舞いし、間合いを離す。
「誰も怪我なんてしていませんわ。お祓いのお道具が折れただけです。」
あの一瞬の隙に、西条寺さんはリュックを盾にして攻撃を防いでいた。
リュックを俺の方に投げ、キャッチする。俺は荷物を持って、体育館の端に移動した。
りんのすけは、立ち上がるとつま先に力を溜め、一気に蹴り込み、西条寺さんに飛びかかった。
「そんなに、わたくしの事がお好きなんですわね!嬉しくて爆発しそうですわ!」
西条寺さんは喜び、そのままりんのすけを巴投げした。りんのすけは前転し、受け身を取る。肘を床につけたまま、後ろ回し蹴りを繰り出す。
その脚を両腕で掴み、回し蹴りの威力を利用して、りんのすけを放り投げる。
「もっと遊んでいたいのですけれど、お祓いの時間ですわ。」
二人の死闘を目の前にし、俺は呆気に取られていた。動きが速すぎて目で追うのがやっとだ。見ているだけではダメだと思い、俺にできる事を考える。
西条寺さんはお経を唱えながら、りんのすけの攻撃を受け流し続けた。声を出しながら、あの怪力男の攻撃を交わし続けるのには、限界がある。西条寺さんの息は乱れ始めた。
りんのすけは、衰える事を知らず動き続けた。両足で思い切り跳びはね、身体を捻る。頭上を目掛けて、肘鉄を構えた。
西条寺さんは、すんでのところで体を仰け反り回避するが尻餅をついて体勢を崩してしまう。そのまま、りんのすけは西条寺さんの体を上から押さえつけた。
「ああ。後少しで読み終わるところでしたが、りんのすけ様に殺されるのなら本望ですわね。」
西条寺さんは、頬を赤らめりんのすけを見つめる。
「止めろ!りんのすけ!!」
俺は全力で駆け寄り、りんのすけの両脇を押さえ込む。しかし、力が強すぎて、りんのすけは俺を引っ張りながら西条寺さんに頭突きを喰らわせる。
そして西条寺さんは、そのまま気を失ってしまった。
りんのすけは、俺を振り解き、振り返る。お互いの目が合う。そのままゆっくりと近づき、俺の腹に重たいパンチを繰り出した。
「ッカハ!」お腹を抑えながらよろめく。
「……もう、やめろよ。」俺はりんのすけに一歩近づく。しかし、振り上げられた踵を右肩に喰らってしまう。ミシミシという音が肩から伝わる。
それでも俺はりんのすけに攻撃出来ない。傷つけたくない。
俺はそのまま膝をついた。左腕でブレザーのポケットから塩を取り出し、塩をすべて自分の頭上からかける。全身塩まみれだ。
「ちゃんと助けてやれなくて、ごめんな。」
俺はりんのすけに言う。
目の前に立ちはだかるりんのすけは歯を食いしばり、口から息を吐く。上から拳を下ろし俺の顔を殴った。何度も、何度も何度も。
口の中が切れて血の味がする。鼻からポタポタと血が垂れる。両頬の感覚は無くなった。
俺はりんのすけの拳を、弱々しい掌で受け止める。触れた瞬間りんのすけの動きが止まる。手のひらから拳の震えが伝わった。
「りんのすけ、お前泣いてるじゃないか。」
虚な目から、一筋の涙が頬を伝う。
俺は力を振り絞って、フラフラと立ち上がる。俺より少し背の低いりんのすけの体を、抱き寄せた。怪我をした右肩の激痛を耐えながら、右腕でしっかりとりんのすけの頭を抱く。
「元に戻ってくれ、頼む。」抱きしめたまま、膝をつく。りんのすけも膝をついた。
俺は目を瞑って祈り続けた。必死に何度も。何度も。何度も。
必死過ぎてどれくらい時間が経ったかわからない。突然、俺の胸元で「んーー!」と唸り声がした。
胸元にある顔を恐る恐る確認する。と、急にりんのすけは上を見上げた。最悪なタイミングが重なる。
俺のファーストキスはりんのすけに奪われてしまったのである。
すぐに顔を離し、お互いに後ろに身動いだ。そして二人とも全く同じ動きで、お尻を引きずりながら、高速で体育館の端まで退避する。
「お前ふざけんなよ!!!!バカ!!!」
俺は顔を真っ赤にしてりんのすけに叫んだ。
「お前って言うな!!!バカはこっちのセリフだ!!!!頭がおかしくなったのか、貴様!!!」
りんのすけも顔を真っ赤にして叫ぶ。
「貴様って言うなって言っただろ!!!アホ!!!おたんこなす!!!!」
「悪口のレベルが低過ぎて、猿と会話している気分だね!!!!」
正気に戻ったりんのすけと俺は、大声の口喧嘩を始めた。
いつの間にか意識を取り戻していた西条寺さんは、目を見開いて倒れたまま天井に叫んだ。
「お黙りなさい!!!!」
俺とりんのすけは、口を閉ざす。体育館は静寂に包まれた。
西条寺さんは立ち上がり、痛む頭を抑えながら、ズンズンと歩く。俺とりんのすけは首根っこを掴まれ、正座させられる。
そして僻み混じりの長いお説教が始まった。
三人で、三年三組の教室へ入る。
進一は化学実験セットを広げ、薬を作っていた。その近くに、段ボール箱と大きめのドローンが置いてある。
「おかえり。皆んなボロボロだけど大丈夫なの?」手を止めずに、顔だけこちらを向けて進一が聞いた。
「ああ、なんとかな。」
俺はボコボコに腫れた顔をさする。
「まだ状況を説明されていないが、あのSDカードの内容が原因なんだろう?それ以外考えられない。」
りんのすけは、塩まみれになった身体を手で払いながら言う。
「……。ああ、そうだ。」俺は口篭る。
「僕に手伝える事はあるか?」
りんのすけはひざまづいて、進一に聞く。
「うーん。そうだな。この薬の効き目を確実にするには、対象者を眠らせたいんだ。意識がある状態だと、常に記憶が上書きされているからね。」
目線を手元に戻して、進一は言う。
「全員気絶させれば良いのか。僕がやろう。」
りんのすけは立ち上がった。
「ちょっと待て、身体ボロボロだろ!」
俺は肩を掴んで止める。
「僕を誰だと思ってるんだ。」
りんのすけは微笑み、俺の手を優しく振り解くと教室から出て行った。
「完成した。和田に試すよ。」
進一は、作りたての薬の液体を綺麗な白い布に塗布する。和田は何故か呑気に寝ていた。その顔面に押し当てる。
「んんっ臭っ!!何をするのだよ!進一くん!」
和田は目を覚まし、縛られた身体を左右に振って抗議した。
「和田。今朝の事何か覚えてる?」
進一が聞くと和田は唸り、考え始めた。
「つかさが学校に来ていなかった事は覚えているがね。うーむ。」
「うん。成功だ。学校にいる他の人にもこれを使う。このドローンを使って一気に撒くから、一旦屋上に避難しよう。ひゅうがと進一の様子を見て来てほしい。」
「わかった。俺、行ってくるよ。西条寺さんは座って休んでいてくれ。」
俺は教室のドアに手をかける。西条寺さんは、空いている席に座って頷いた。
廊下を出てすぐに、ひゅうがの叫び声が聞こえた。急いで声がした方へ向かう。すると、3階の階段から5階までたくさんの人達が気絶していた。踏まないように気をつけながら階段を登る。
5階に着くと、廊下にもいる気絶して倒れた人の中に、一人だけ立っているりんのすけの姿を見つけた。
「もう終わったよ。」りんのすけは俺に気が付きドヤ顔で言った。
りんのすけの足元に、仰向けで気絶しているひゅうががいた。
「ひゅうがは気絶させなくて良いんだよ!!」
俺はひゅうがに駆け寄って、おんぶで背負う。
「先頭で走っていたから、奴らの同類かと思っただけだが?」
「だが?じゃない。進一が薬を完成させたから、とりあえず急いで屋上へ向かうぞ!」
屋上へ辿り着き、進一にスマホで電話をする。しばらくして、進一は和田と西条寺さんと一緒に屋上に合流した。
進一は、教室で薬散布出来るようにドローンの準備をしたらしい。教室に置かれたままのドローンを、スマホを使って慣れた手つきで操作した。
3階の階段から5階の廊下までドローンを巡らせ、農薬のように撒く。
ドローンについているカメラで、錯乱していた人達が元に戻り意識を取り戻した事を確認する。
皆んなで成功を喜び、抱き合う。
屋上の扉を開けて、校舎の中へ戻る途中りんのすけが俺の腕を掴んだ。他の人達が、階段を降り始める音を聞き、りんのすけは俺に告げた。
「オカルト研究部は、本日で廃部とする。」
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